鳥将軍の二合殺しは深い闇 その3
三年前、俺はパン職人になろうと思って、軽井沢のパン屋で見習いをしていた。
パン作りは基本が大切。
生地を捏ね上げたときに、もう味が決まっている。その後の加工がどれだけ上手でも、生地が悪いとダメなんだ。
パン生地は生き物だ。だから気の流れに反応する。
生地を捏ねる時に気を入れると、酵母がちゃんと反応して、ふっくらとした仕上がりになる。
俺はそれがわかっていたから、他の仲間よりもていねいに生地を作った。
それが師匠に通じたときはうれしかった。
俺はほめられると上達するタイプだ。
師匠にほめられるからパン作りがうまくなり、上達するからほめられる。
パン作りが面白くて仕方なかった。
ところが、今年の春に突然爺ちゃんから電話が入った。
鍼灸院が留守になるから家に戻るようにという話だった。
パン作りを続けたかったけど実家を廃業するわけにはゆかない。だって、患者さんを放り出すわけにはゆかないから。
俺が戻ったときには、父さんも、母さんも、もういなかった。
爺ちゃんの言うには、父さんは中国に行ったらしい。母さんも父さんについて行ったそうだ。
父さんは若いころ中国で鍼を勉強していた。
中国の各地には鍼の達人がたくさんいるらしい。日本人が知らないスゴイ鍼術もあるって話だ。
父さんはいつも、時間があればまた中国で鍼の勉強がしたい、と言っていた。
だから父さんが中国に行ったと聞いたとき、俺はぜんぜん驚かなかった。
父さんと母さんは、息子の俺から見ても気持ち悪いくらいラブラブだから、母さんが中国について行ったのも不思議じゃない。
だけど、この三年間、ぜんぜん連絡が来ないのはおかしい。
爺ちゃんは何か知っているみたいだけど、何も教えてくれない。
まあ、父さんも、母さんも、子供じゃないんだから、大丈夫だろう。
深く考えないのが俺流……でも、ちょっと心配。