鳥将軍の二合殺しは深い闇
鍼灸院に戻ると、爺ちゃんが来ていた。真剣な顔で美織となにか話をしている。
俺の姿を見た瞬間、ふたりは会話をやめた。
最近、こういうことが多い。内緒話をしているようなのが気にかかる。
でも、深く考えないのが俺流。
「狩嶋さん、顔色悪いですね、何かありました?」
「バイト代のことなんだけどさ、とりあえず三万で勘弁してくれないか」
「治療費、値切られたんでしょう?」
「正解」
「まあ、三万円でも、いいでしょう。そのかわり、キャタピラちゃんたちは、ここで育てますからね」
「おお、そうじゃ。今日は美織ちゃんに土産があったんじゃ」
「うれしい! 何ですか、お土産って?」
「これ」
爺ちゃんは、ビニール袋を美織に手渡した。俺には土産なんて持ってきたことないくせに。
「珍しい! アカボシゴマダラの幼虫じゃないですか。関東にもいるんだー」
「どうじゃ。大きいじゃろう」
「そうですねー。ふつうの二倍くらいありますよ。どうして?」
「風水じゃ。気の流れが良いところでは、生き物もスクスク育つ。この鍼灸院もわしが風水を見て選んだ土地じゃ。イモムシの成長が、他とは違うじゃろう?」
「それが……」
「ん? どうした?」
「去年はスゴク大きくなったのに、今年は成長が遅いんです」
「そりゃ、おかしいのう。見せてくれんか?」
「ちょっと、待ってて下さい」
美織は裏庭に走って行き、虫かごをもって戻って来た。
「これです」
「アゲハの幼虫じゃな。確かに小さいのう」
「エサは、いっぱいあげてるんです。でも、まだこんなに小さくて……」
「奇妙じゃな。こんなはずはないのじゃが。気の流れが変わったかのう」
「気の流れって、変わるんですか?」
「龍脈の上で工事をしたり、建物を立てたりすると、気の流れが変わってしまうことがある。最近、この近所で工事がなかったか?」
「ないと思いますけど……」
「まあ、よい。次に来るときにでも、羅盤を使って調べてみよう」
「何かわかったら教えてください」
美織はぺこりとお辞儀をして帰って行った。
バイト代の領収書を受け取っていないけど、ウチの鍼灸院は税務署から相手にされていないから問題ない。
「伸、ちょっとこっちへ来い」
「何ですか?」
爺ちゃんは俺の耳を引っ張って、耳の後ろの髪を掻き上げた。何のつもりかわからないけど、さいきん爺ちゃんは俺に会うたびに、これをやる。
「まだだな」
「いつもそれをやるけど、何がまだなんですか?」
「今言うても、どうせわからん。それより、ツボの名前はおぼえたじゃろうな?」
「おぼえたんですけど、忘れました」
「またそれか。勘だけで鍼を打っておると、いつかは限界が来るぞ。鍼師は一生勉強じゃ」
一生勉強! 聞いただけで、逃げ出したくなる。