表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

狩嶋鍼灸院は今日もヒマ ③

 三波さんは腕をじっと見ている。こういう時はスバヤク打つのが鉄則。


 ゆっくり鍼管を近づけるとお客は怖く感じる。恐怖感があると、効き目が悪くなるから、それを避けるわけ。


 いつ打つのかな、と思っているうちに鍼の頭をポンと叩いてツボに届かせる。俺の得意の早業だ。


「おっ、これは、また来るね」


「でしょう?」


「首まで響くよ。腕から首に冷たい水が流れ込むみたいな感じ」


「それですよ。もうひとつ、これで最後」


 さらに早業を使おう。最初のモーションをゆっくり。鍼を打つ直前の動きをスバヤク。


 そうすると、最初のゆっくりしたモーションが続くと勘違いしているうちに、もう打ち終わっているというわけ。


 怖いなんて感じている時間はない。


「ひえー、何これ? 首が軽くなった。まるで、何もないみたい」


「これが鍼の効果です。スゴイでしょう?」


「スゴイ! 伸君、親父さん超えしちゃったんじゃない?」


「え、そうですか?」


 三波さんはさすがだ。俺の腕のスゴさをわかっている。


「いやー、まいったなー。それほどでもないですけど。父さんの腕を超えちゃったかもしれないです」


「鍼、ちゃんと抜いてね」


「あ、すいません。すぐ抜きます」


「もう、ぜんぜん痛くない。それに何だかスッキリしたよ」


 それは当然だ。俺はただ痛みを治すだけのセコイ鍼は打たない。


 痛みを消して、そのついでに、気のめぐりにドライブをかける。


 気が経絡に溜まった毒を洗い流せば、体は軽く、気分は爽快。これだけの鍼は、なかなか打てるものじゃない。我ながら、いい鍼打っている。


「おいくらだっけ?」


「五千円ですけど、三波さんの打たれっぷりがいいので、半額でいいですよ」


「ホント? 悪いね」


「いえいえ、医は仁術。カネのためではありませんから」


「はい、じゃあ、これで」


「毎度、ありがとうございます」


「ところでさ、最近、権蔵さんがよく来てるみたいだね」


「爺ちゃんですか、確かに、毎日来ますけど……」


「体の具合でも悪いの?」


「いや、治療じゃありません。毎日昼頃に来て、碁の本読んだり、ネットで対局したりしてます」


「じゃあ、元気なんだね」


「元気すぎるくらいです」


「だったら、たまにはウチに来るように言っといてよ。新潟の地酒が入ったからさ。伸君もよかったら一緒に来てね。じゃあ、また」


 さすが三波さんだ。いいことを言う。


 爺ちゃんは、普段はケチだけど、酔っぱらうと気前がよくなる。


 一緒に三波さんの店に行って、爺ちゃんを酔わせ、俺はおいしい焼き鳥を腹いっぱい食べる。いいぞ、この計画!


「ちょっと、狩嶋さん、また半額にしたでしょう?」


「美織……どこに行ってた?」


「裏庭でキャタピラちゃんたちの世話をしてました」


「キャタピラちゃん? まだイモムシ飼ってるのか?」


「もちろんです。チョウチョになるまで育てますよ」


「うえー、気持ち悪っ。そういうのは、自分の家でやってくれ」


「やですよ。ママにしかられるもん」


「俺もやだ。ここは俺の家だ。イモムシを飼うのはやめてくれ」


「この建物はパパのものでしょ」


「俺が借りてるんだから俺の家だ」


「家賃払ってないじゃん」


「痛いところを突いてきたな」


「どうして家賃払えないか、教えてあげましょうか?」


「聞きたくない」


「今日は言わせてもらいます。狩嶋さんは、経営というものがわかっていません」


「なに?」


「お金もないのに、すぐに治療費を半額にする。これは大問題です」


「それはだな、また来てもらうためだよ。リピートしてもらえば、値引きしてもトータルでは儲かる。これがカシコイ経営ってものよ。まあ、美織はまだ子供だから、わからないだろうけどな」


「リピートですか。ふうん」


「何だ、その、ふうんてのは?」


「この鍼灸院、リピーターいます?」


「あまりいない」


「あまり、じゃなくて、ぜんぜんいません」


「それはだな、俺の腕がよすぎるからだ。俺は一回打てば完璧に治す。だからリピートする必要がないわけ。お客がリピートするのは、鍼師の腕が悪いからだ」


「じゃあ、やっぱり、リピーターはいないじゃないですか。なのに治療費は半額にする。これで経営が成り立ちますか?」


「理屈を言うなっ」


「あーあ、バイト代も踏み倒されちゃうのか、つらいな……」


 美織の実家は地元では有名な大金持ちだ。この近所にたくさん土地を持っていて、ビルなんかも建てている。この鍼灸院の建物も、父さんが美織の父さんから借りているものだ。


 美織はバイトなんかする必要はないはずなのに、なぜか俺の鍼灸院でバイトをしている。


 俺の鍼灸院は儲かっていない。だから本当はバイトなんて必要ない。


 俺が美織を雇っているのは、美織の父さんから頼まれたからだ。何しろ家賃をほとんど払っていないから、美織の父さんには逆らえないわけだ。


 案の定、バイト代はロクに払えていない。それでも辞めるつもりはなさそう。


 まあ、バイトと言っても、好きなときに来て、好きなときに帰るだけ。大して働いていないから、遊び半分のつもりで始めたのかもしれないけど、今では違う。

 

 俺は最初から美織のアツイ視線を感じていた。特に最近はスゴク感じる。美織が俺の後ろ姿、特に耳の後ろあたりをじーっと見ているのを俺は知っているのだ。


 まあ、美織が俺のことを好きになるのは仕方ないか。だって、俺は天才だからな。女子が男の才能に惚れる。これは自然の摂理だ。


 俺としても、いないよりはマシだと思っている。やっぱり女の子は奇麗好きだし、若い子がいると、お客も喜ぶ。


 それに、まあ、正直言って、美織はカナリ可愛い。性格はキツイけど。


「バイト代のことなら安心しろ。今日、まとまったカネが入ることになっている。そのカネが入ったら、今までのバイト代を耳をそろえて払ってやる」


「ホントですか? とうとう悪いことするんですね?」


「悪いことだと?」


「ドロボウ? オレオレ詐欺?」


「そんなことするわけないだろう。俺は他人を苦しめてカネを稼ぐようなワルい人間ではない」


「じゃあ、どうやって?」


「裏バイトが入ったんだ。一回で五万円」


「一回で五万円って、すごいですね」


「まあ、それも俺が天才鍼師だからだ。と、いうことで、今日はもうクローズ。俺はこれから出かける」


「どこへ?」


「すぐそこ」


「すぐそこって、どこ?」


「彦坂総合病院」


「病院でバイトですか」


「まあ、大きな声ではいえないけどな」


「もしかして、薬の実験台ですか?」


「違う。治療だよ、治療!」


「病院で?」


「当たり前だろう」


「大丈夫ですか?」


「大丈夫に決まってるだろう。俺は天才だぞ」


「だって、狩嶋さん、無免許ですよね?」


「え? なぜそれを?」


「みんな知ってますよ」


「ウソだろ。みんなって誰だ?」


「患者さんとか、うちのパパも知ってますよ」


「マジか?」


「みんなよく捕まらないなって言ってます」


 おいおい!


「いいか美織、これから誰かが俺のことを無免許だって言ったら、狩嶋先生はちゃんと免許を持っているって言ってくれよ」


「嘘を言えばいいんですね?」


「嘘じゃない。ファンタジーだ。免許はあります、二百回以上見ました。いいな?」


 俺は中学生のころから父さんの手伝いで鍼を打っていた。中学生だから、もちろん免許なんかもっていなかった。


 俺は鍼を打っているうちに自分の才能に気がついちゃったわけだ。だって経絡もツボもみえるんだから。


 あのころのノリで今でも鍼を打っているけど、鍼を打つにはホントウは免許がいるらしい。


 少しだけ気になっていたけど、誰にもバレてなさそうだから深く考えたことはなかった。


 だけど、美織まで俺が無免許だと知っているとなると、俺が知らないうちに、かなり噂が広がっているようだ。これはマズいのでは?


 でも、深く考えないのが俺流。


「ところで、病院で治療って、誰かに頼まれたんですか?」


「内科部長から頼まれた」


「内科部長って、公麿きみまろさん?」


「どうして知ってるんだ?」


「だって彦坂院長はパパのゴルフ友達だもん。院長、公麿さんのことでは、ずいぶん悩んでいたみたいですよ」


「悩んでいた? どうして?」


「公麿さん、なかなか医学部に受からなくて……たしか、十浪だったかな」


「いや、そこまでヒドくない。八浪だ。しかも裏口入学。医師免試験には五回落ちてる。きっと何か悪いことして合格したんだ」


「そっか、たしかに医師免許もなかなか取れないって言ってました」


「公麿に免許を出すのはマチガイ。公麿は心臓の数がいくつあるかも知らない。それくらいのレベル」


「そんな人が部長なんて、大丈夫なんですか?」


「院長の息子だからこその荒業。優秀なスタッフを集めて、公麿に診療させないようにしているみたいだ」


「じゃあ、内科部長っていうのは名前だけ?」


「それならいいけど、公麿は自分で診療したがるんだ。しかもなぜか自信満々。たぶん甘やかされて育ったせいだな」


「患者さんがかわいそう」


「同感。そこで俺が登場するわけさ」


「?」


「公麿が治せない患者を俺がナイショで治療しているわけ。公麿にもメンツがあるからさ、病院の先生には頼みづらいだろ? そこで口が堅い俺がこっそり治してやる。その代わりに、たっぷり代金をいただいている。そういうわけで、ウチにお客が来なくてもダイジョウブなのだ。どうだ、驚いたか?」


「本業をおろそかにする人は、何をやってもダメだって、パパがいつも言ってますよ」


「パパ、パパって、自分の意見を持ちなさいよ。じゃあ、俺は出かけるから、あとはよろしくな」


 俺は白衣を持って外に出た。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ