狩嶋鍼灸院は今日もヒマ
俺の名前は狩嶋伸。自分で言うのもなんだけど、俺は天才鍼師だ。
どういうふうに天才かというと、俺には経絡が見える。患者の体に意識を集中すると、体が透明になって、赤いスジが見えてくる。それが経絡。
ついでにいえば、俺にはツボも見える。病気に罹ると経絡の上に黒い影ができる。影じゃなくて、白い光が見えるときもある。その影や光が見えるポイントがツボ。
黒い影が見えるときは、父さん直伝の捻転瀉法。
白い光が見えるときは、挿気補法を使う。
瀉法と補法。このたったふたつの手技だけで、どんな病気だって治せる。今まで、俺の鍼で治らなかった患者はいない。まあ、俺は天才だから当然。
患者が来る。ツボが見える。鍼を打つ。それだけで、すべて解決。料金は高め。
それが俺流。
「お客さんですよ」
「三人目? めずらしいな」
「三人でめずらしいなんて言ってたら、本当にココ、潰れちゃいますよ」
「そういうことは、あとにしろ。お客さんに聞こえるだろ」
「はーい」
美織のやつ、経営というものがわかっていない。
鍼灸院はイメージが大切。お客が少なくても、繁盛しているフリをする。それが鍼灸院の鉄則。
「あっ、三波さん、お久しぶりです。今日はどうなされました?」
言葉づかいは、ていねいに。これが全ての基本。
「寝違えちゃってね、このあたりが痛むのよ」
「あー、ここですね。少し赤くなってますよ」
「そうそう、そこ」
「もしかして、温めちゃいました?」
「いや、何もしてないよ」
「そうですか? おかしいな、これは温めた感じだけど……」
「血行が良くなると、治るのが早いかな、と思って、熱い風呂に入ったけど、それって関係ある?」
それだよ、それっ!
でも、上から目線のお説教は厳禁。中卒の俺がそんなことしたら、三波さんみたいなガンコ爺さんは二度と来てくれなくなる。
「寝違えたときは、冷やしたほうがいいみたいですよ。お風呂に入ると患部も温まって、かえってよくないらしいです」
「そうなの?」
「はい。でも、鍼を打てば、すぐに良くなりますから、安心してください」
「まあ、とにかく、よろしく頼むわ」