とある男子の日常
腐れ縁の友人が仕切っている生徒会に用があって顔を出すと、黙々とパソコンを打ち込む下級生が目に入った。
「隼人~。ほれ、学祭のステージ発表申し込み書な。」
そう言われて先の友人、駿に向き直り、目的の用紙を受け取り「サンキュ、わりぃな。」と礼を言う。
「如月ちゃ~ん、仕事熱心なのは良いけども、挨拶はしてね~。眉間にしわ寄せてると用事がある人が入り辛いでしょ?」
のほほんした口調で駿がパソコンの下級生に諭していた。
名指しで呼ばれた如月は慌てた様子で立ち上がり
「あ、すみません!!気を付けます。」
駿と、その隣に居る俺を見てそう告げた後、指摘された眉間を擦りながら着席し作業を再開していた。
いつも挨拶してくる役員なんていないだろと友人に目をやると、「学祭準備が始まると色んな人を相手にするからね~、困ってる所に遭遇したら助けてやって~。俺らもいつもついててあげられないし~。」なんて言うもんだから「過保護だな。」と呟いた。
「イレギュラーで入ってきた子なんだけど、優秀な人材だからね~手厚く育ててるよ。」と答えか返ってきた。
なんでも転勤で転校していった書記の代わりに入ってきたパソコンの女子…2年の如月椿というらしい。
然程興味もないのだが、首尾よく勧誘が出来て余程嬉しかったのだろう。ご丁寧に駿が説明する。
球技大会の実行委員をしていた当時1年の彼女の物怖じしない働きに友人は目を付けていたと言う。
今年の進級時、書記に欠員が出たので会長である駿が彼女の担任に掛け合い生徒会に引き入れたのだと付け足してー。
普段のほほんとしている奴だが、こういう時の行動力は早い上に用意周到で、敵には回したくないなとつくづく思うのは俺だけじゃないはずだ。
徐々に学祭の準備も始まり生徒会の連中も忙しなくなってきた頃、ちょっとした出来事があった。
俺は有志ライブに出る為、空いている音楽室を借りて練習に向かおうとカバンを持って教室を出ようとした時の事だ。
何やら出入口でクラス委員と誰かが揉めている……というよりクラス委員が誰かに文句を言っている様だった。
文句を言われているその相手はあの時一心不乱にパソコンに向かっていた如月で、何事かと遠巻きから気まぐれに見物してみることにした。
話を推測するとクラス展示で使う暗幕の数が足りなく、物品貸出担当の如月に文句を言っているらしい。
そういえば俺らのクラスはお化け屋敷だったなと思い出した。
話は終わったのか如月はクラス委員に一礼して物品リストを片手に走っていった。
「何か問題あったのか?」とクラス委員に聞いてみると、追加で頼んだ暗幕が1枚確保出来なかったらしい。
「1枚2枚余分に借りておけば良かったんじゃねぇの?」と言えば、そうしたけれどもやはり1枚足りなくなったと言っていた。
「文句を言う立場じゃないだろう」と呆れて言ったが、そいつは、下級生でしかも女子だったから強めに出たと言っていた。
まるでモンスターなんちゃらじゃねぇかとため息を漏らし、同時に如月に同情した。
最悪の場合も考えて、暗幕が工面出来ない場合の代替案も出した方がいいと助言し、俺は教室を後にした。
音楽室の鍵を借りに職員室へ行くと、丁度さっき見た如月が理科室の担当教師と話をしていた。
話の内容と表情から、暗幕の件でどうにか出来たような雰囲気だったのは見て取れた。
俺は目的の鍵を受け取り、音楽室へ向かった。
その日の練習は上々で、細かい所を詰めていけば当日は大丈夫だろうとメンバーと話しながら片付けをし、音楽室を後にした。
鍵を戻し、昇降口へ向かう途中に有志ライブの出演者用紙が未提出だったのを思い出し、生徒会室へ踵を返した。
生徒会室には駿しか居らず、ほかの役員は各々の仕事で出払っている様子だった。
「よう、忙しい?」
一言労いの言葉を掛けつつ、途中の自販機で買ったエナジードリンクを奴の机に置いてやった。
駿はPCのモニターから目を離しこちらを一瞥すると「ちょい待ち~。保存させて~」と相変わらずの拍子抜けするテンポで返し、またモニターに向かっていた。
「いや、これ渡しに来ただけだから。邪魔しに来たわけじゃねぇよ。」
と付け加えて有志ライブの参加者用紙をエナジードリンクの隣に添えた。
駿は、「あ〜、大体把握してたから先に打ち込んでたけどね」とモニターをポンポン叩き俺に向かって微笑んで言った。
「そう思って、期限気にしてなかったんだよ。悪ぃな。」
「あはは、あんまり申し訳なさそうな感じには聞こえないよね。ハイハイ、詫びの印って事で有難く頂戴するよ。」
危機感とか無縁の、のんびりした表情でプルトップに指を掛け、ひとくち炭酸を飲んでいた。
その時にふと、放課後クラスであった出来事を思い出した。
「あ、そうだ。お前のお気に入りの後輩、俺らのクラス展示で使う暗幕の枚数確保出来なくて文句言われてたな。委員のヤツも当たりキツかったから、悪かったって言っといて。」
「へぇ、隼人にしては珍しい。」
「なんだよ、フォローしろっつったのはそっちだろ。」
「いやまぁ、そうなんだけどさ、今までそんな興味無かったでしょ?女子なんか特にさ。」
確かに、趣味のゲームやバンドやってる方が楽しいから、誰かと付き合うなんて俺には無縁だった。
寧ろ、他人に趣味の時間を邪魔されるのは迷惑だから放っておいてくれというのが俺のスタンスである。
「たまたま、お前のお気にりの後輩が無駄に文句言われてたのを見掛けただけの話。委員のヤツも使う暗幕の見込みが甘かったからそこまで責めるのは筋違いじゃねぇの?って思ってさ。」
「あんまりお気に入りの後輩連呼しないでね。変にうわさ流れて彼女に誤解されちゃったら俺困るから。」
にっこり胡散臭い笑みを浮かべながら口元に人差し指を添えて話すその仕草は、女子にはたまらないらしいが、ソレを俺に向けられても困る。
「その彼女共々お気に入りなんだろ、誤解もクソも無ぇだろ。話戻すけど、本人ちゃんと解決しそうな感じだったから、どうって話でも無いけど……一応な。」
その彼女とは駿の相棒、副会長だ。
目の前の腐れ縁は、たまに妙なジョークをぶっ込んでくるから切り返しに困る時がある。
「なんだかんだ隼人は冗談を拾ってくれるからさ、ついね。ん~、そういうトラブルはつきものだから、ちゃんとそつなく対応出来て安心したよ。教えてくれてありがとね~。」
「別に礼を言われる事してねぇけどな。じゃあ俺帰るわ。そろそろイベント始まるから」
「ホント隼人ゲーム好きだよね。バンドもだけど、それで成績運動良しってなんなの?」
と呆れた様子で笑いながら言う駿に
「授業聞いてれば7、8割は理解できるだろ。運動神経はオマケみたいなもんだ。駿だってガリ勉タイプじゃないだろ。それと一緒。じゃあな、無理すんなよ。」
と言って生徒会室を後にした。
昇降口を出ると夏至を過ぎたばかりなせいか鮮やかな夕日が空や校舎を茜色に染め上げ、6時をまわっていてもまだ外は明るかった。
バス停に向かうと先ほど話題に出てきた如月がバスを待っていた。
今日は随分エンカウントするなと思いつつ、だからと言って直接話した事も今まで無かったから話し掛ける事も無く隣に立ってスマホのアプリを起動させた。
ソシャゲのイベ前には必ずメンテが入るのを失念していた…というよりバス待ちの際は必ずゲームで暇つぶしをしているから、メンテナンスによりログイン出来ないという告知画面が出てきたのを見て、俺は浅く溜息をついた。
代わりに胸ポケットからイヤホンを取り出し、スマホのジャックに差し込み、学祭で演奏する曲を聴いてイメトレする事にした。
夏季制服移行前だからこの時期には死ぬ程暑いブレザーのポケットにスマホと両手を突っ込み、頭の中でリズムの合わせるタイミングなどをシミュレーションしながら、こんなアレンジ加えたら楽しそうだなと空想しバスを待った。
見切り発車もいいところ…
どうしよう、これからこの二人をどう関わらせよう(汗)