副学院長と対決?
多少、長くなりました。
僕はグレイを伴って、部屋を出るとそのまま正面玄関に突き進んだ。
部屋を出る際にルナとアルテミスが2人並んで見送ってくれるのだが、その笑顔の下に『頑張れっ!!』という意味が隠されているような気がしたのは僕の考え過ぎだろうか?
2人の笑顔を無視して、何とか無表情になることは出来たものの、グレイに対して言葉が掛けにくい。
……というか、どう話せばいいのか混乱してしまっている。
勿論、普段なら意味のない会話でもするのだが、今はそんなことを楽しむ余裕が有るはずも無く、グレイの前をひたすら進むだけ。
それは自分の顔が紅潮しているのをグレイに見られたくないという自己防衛的な意味でしかない。
玄関先に着くと、僕専用の馬車が止まっていて、恭しく御者が扉を開けてくれる。
短く「ありがとう」とだけ言って、そのまま馬車に乗り込むがグレイは馬車には乗らずに部下が手綱を引いている騎馬に乗馬しようとしている。
僕は咄嗟に馬車の扉を開けて、外に飛び出し、グレイが乗馬している騎馬の手綱を握りしめてこう言った。
「グレイ、私は学院までの道のりは暇なんです。私の話し相手も用意して下さらないとは……」
グレイの少し困った様子が見て取れるが、それはそれって感じで形勢が少し逆転した。
うん、最高だね!
頭を掻きむしって照れている若人も好ましきかな。
これを写真に撮ったらファンに高値で売れるよって……いつもの僕に戻っている。
なっ、な、な、なんだったんだろう?
僕が、グレイを見て赤くなっているなんてゲームの影響だろうか?
それとも、女性本来の気持ちが浮かび上がってきたのだろうか?
もしかすると、イベント発生の条件が揃ってしまったのかもしれない。
あとでじっくりと検証してみよう。
……あんな気持ちになるのは2度と勘弁して欲しい!
意識して無理矢理閉じこめている女性的な感情を改めて認めざるを得なくなった。
忙しく頭の中だけで独り言を考えているとグレイが同乗させて頂きたいとの申し出があり、僕は快諾した。
――それも、かなり複雑な心境を隠しながら……。
馬車の中での話は、他愛もない事ばかり。
恋愛の『れ』の字も出てこない。
グレイが騎馬に騎乗する事に決めたのは、護衛のためだそうだ。
そのグレイが馬車に同乗しているため、腕に自信がある者を馬車の前後に4頭と先触れに2頭の計6頭がついて護衛している。
やはり、グレイの護衛に対する配慮はなかなか見所があると感心させられる。
学院に着くと早速グレイと共に建物の中に入ったが、中は誰も居ないため静まりかえっている。
学院内部の地図は持ち合わせていないのだが、転生前の記憶もあるのでなんとなく副学院長の部屋の場所は判明している。
副学院長という副が付いている役職であるが学院長は皇帝であるので、実質は学院長とほぼ同じ。
重厚な木製の扉の前には、護衛の騎士が両方に2名ずつ直立不動で立っている。
僕はお構いなしにその扉をノックしようとするが、やはりその4人が僕の前に立ち塞がった。
チラリとグレイを見やると、すぐに僕の前に躍り出て剣に手を添えている。
ここで、下手な動きでもしていたなら、グレイの剣がそれをねじ伏せていたことだろう。
しかし、相手も近衛騎士の鎧に身を包む相手がグレイであると判断するや否や、敬礼して即座に直立不動の体制になり謝辞を言う。
「近衛師団のグレイ様とは知らず、ご無礼をいたしました」
その一言にグレイが素早く反応する。
「無礼者っ! 私に言う前にシャルロット姫に謝るのが先ではないか?」
グレイの言葉は威厳に満ち落ち着き払った静かな言い方ではあったが、その威圧感はかなりの迫力がある。
何も知らされてない下級騎士には、僕が王女ということすら知らないだろうし、知っているのなら最初から邪魔をすることは無かっただろう。しかし、グレイも自分への謝辞が僕よりも先であったことに対して多少なりともバツが悪かったみたいだ。
護衛の騎士はキョトンとした顔をしていたが、シャルロットという名前を思い出したのか、4人同時に素早く土下座を始めてしまう。
……まるでこれでは、僕は悪者じゃないか。
グレイもそう感じたのか、早々に立ち上がる様に促す。
「知らぬ事ならば、仕方ないですわ。私は副学院長に用事があるから、通してもらいます」
そう言って、再び重厚な扉をノックした。
3回目のノックで「入れ」という返事があった。
『カチャ』という音がして扉を開くと、遠慮無く部屋の中に足を進める。
グレイも僕に習って、後からついてくる。
「部屋に入るのならば、まずは挨拶するのが基本だろう」という声が掛かるが、それはあえて無視する。
副学院長は後を向いたまま何やら本を読みふけっている。
『基本がなっていないのは、お前の方だろう!』と心の中で思いながらも、声は掛けずにこちらを見るまで僕は待つ事にした。
「誰じゃ? 全くこの忙しい時に……」
ブツブツ言いながら、本に栞を挟み前を向いて、やっと僕を視界にとらえた。
「………………」
驚きを隠すことすら出来ないぐらい、驚愕しているのが見て取れる。
王女自らが用もないのにこんな場所に来る事はないし、護衛をしている者もそこら辺の兵士とは違う異質な雰囲気を纏っている。
いまだ驚いている副学長に対して、僕は構わず用件を言葉にした。
「副学院長さま。私はお願いがあって出向きました。もう、私の用件はおわかりでしょう。
なぜ、私の侍女の修学はダメなのでしょうか? その理由をお聞かせ願いたいのです」
「まさか、シャルロット王女自らが此方に来られるとは思ってもいませんでした。先程のご無礼は失礼致しました」
慌てて頭を下げる副学院長に大して、少々、高飛車な態度を取ってみることにした。
どうやら権力に弱いタイプと見える、ならば僕に対して異論を話す勇気があるか試してみようという気になった。
「そんなことはどうでも良いことです。私が聞きたいのは、何故ダメなのかという理由です」
「それは、決まっております。王女様ならばお分かりになるでしょう。
そもそも貴族と平民は等しくは無い。貴族しか通えない学校に平民を入れることが、どんなに愚かなことか具体的に考えると難しい事が多くあります。
例えば、高価な制服や必要な勉強用具の用意、作法や言葉遣いなど、色々な点で困難と言えます」
確かに、普通の平民ではそう言った道具を揃えることは出来ないし、作法も知らないだろう。
しかし、ルナとアルテミスに限り、それは全て大丈夫と僕は言える。
既に制服もあるし、作法もギルバート家で教え込まれている。
必要な道具は僕が買ってあげれば、全てが揃う。
「それならば、いまの言葉をを全て解消出来るのならば良いのかしら?」
余裕の笑みを浮かべながら、副学院長に進言するが、相手も予想して返事を用意していたみたいだった。
「いえいえ、そんな訳ではありません。簡単な例を申し上げたまでのことです。本校は原則、貴族でなければ許可は出来ません」
キッパリと僕を見据えて、言い返してきた。
一応、目を閉じて困った顔をして胸の前で両手を組んでみせる。
涙までは流さないが、相当ショックを受けたようには見えていると思う。
演技で言うなら『oh! ジーザス!』という様な仕草に近い。
さすがに十字までは切ることは無いのだが……。
副学院長は僕の顔を見て満足している様子だ。
たぶん、『勝った』なんて思っているところだろうが、僕はこの世界に来て、諦めが悪い性格に変わっている。そう簡単に引き下がるなんて思うなよ。
僕は困惑の表情のまま身体の動きは凍り付いたように固まっているが、頭の中では高速回転で思考中。
『ほう、力づくで来たか。ならばこちらも遠慮はいらないな』
その考えの中身は顔の表情とは全く違って、何をすれば1番ギャフンと言うかを考えている。
何とか「ごめんなさい」って言葉を言わせたいという気持ちが持ち上がってくる。
僕は後を振り返り、あるモノを見つける妙案が浮かんだ。
さて、多少は荒治療を覚悟してもらおう。