死闘!
身体は軽くなった。
気分も少しは浮上したみたいだ。
これなら軽めの鎧を装着できるかもしれないが、体力の使いようで、残りの命を左右するとのことだから、無駄にはできない。
剣も以前に父王から賜った貴重なものを持参することに決めた。本当はグレイの使っていた剣がよかったのだけど、そんなの贅沢というか、無謀というか、体力がないのに、そんな馬鹿な選択肢はありえなかった。
多少の違和感はあったが、軽めのドレスを着て、太腿に短剣と鋼鉄の串を三本ほど仕込み、ドレスの帯の内側に二本のロープを巻きつけた。
もちろんのことだが、パンツの上には短パンを履き、いつでも脱げる格好となった。
ドレスの上着は切って、セパレートにして帯の中に隠すことで一体的なもの、つまりワンピースに見えるようにしてもらった。これで、相手も油断するだろうし、服の内側の防具はわからない。
腰にサイドバックを巻いて、最低限の傷薬や飲み水、干し肉、タオルを詰め込んで、旅支度は終わり。
そのあと、夜までミーシャ達とおしゃべりして、父王の出発から半日遅れで出発した。
ドラちゃんに袋ごと、好物のお魚をあげて、食べるまで待ったが、ブツブツ文句を言わなくなったので、とりあえず僕の出発も順調と言える。
父王の集団を早々に抜いて、ダバン共和国の山中に降り、隠れるための洞窟を作り出す。
ドラちゃんの吐く火炎で切り立った岩盤にも簡単に直径三メートルほどの穴が出来上がる。
ドロドロの岩は熱くて、近寄れないが、ミーシャからもらった護符を足元の小石に包んで、洞窟の中に投げ込むと、一気にブリザードが穴の中から吹き付けてきた。風が止んだので、恐る恐る中を覗くと、少しひんやりする程度で、使えそうだ。
ドラちゃんに頷くと、ドラちゃんも早速、穴の中に入り込んだ。二日程、待っていたら、ダバン共和国の首都らしき場所から所々黒煙が見え始めた。父王の軍勢がダバン国内で暴れ始めたのだろう。
このまま、派手にやってくれることを念じて、夕暮れ時まで待った。
ようやく、夕陽が街並みの向こうの山の陰に隠れた時が僕達の出番だった。
共和国での帝国軍の攻撃は夜通し行われる。
そちらに意識を集中してもらわねば、僕らも困る。
夕闇の中、ドラちゃんの大きな図体がバサバサと大きな羽音をさせながら、首都の中心街のど真ん中に建てられた石造りのタワーのてっぺんに降り立つ。
十階程度の高さがあるように見える。
僕だけ、その屋根の上に残り、ドラちゃんにはタワーの周りを飛びまわるようにしてもらった。そっちに残る兵士の意識を集中してもらえば、少しは楽に中に入り込める。
ドラちゃんからもらった犬笛を、ペンダントトップの宝石を外し、針金で括り胸元に隠している。
いざという時には必ず使えと念を押されてしまい、僕の周りの仲間は僕には過保護だということを再認識して、思い出すとつい苦笑いがでてしまう。
この世界に来て良かったな。
なにも大層なことは、できなかったけれど……。
でも、楽しかった。
本当は生きることって、楽しいことなんだろうな。
前の世界の自分が恥ずかし過ぎる。
一人、孤独気取りで、周りの人の親切など、僕らへの憐れみとしか捉えずに、なにも分かろうともしなかった。そんなんじゃ、友達も出来なくて当たり前だし、うざいヤツだっただけなんだろう。
それも、今だからわかること。
後悔して、過去が変わるのならいっぱい後悔したいと切に思う。
この世界に来た時には、もともとのシャルロットの性格が基本的になっていたから、こんなひねた性格の僕でも楽しめたことに感謝したい。
屋根から進入し、出会う毎に倒す共和国の兵士達には致命傷は負わせていない。
だが、簡単に起きあがれるような程度でもなく、骨折ぐらいを目処としている。
少しは立派な姿をしていた兵士を倒して、タワーの中の構造を聞いたが、目的の人物が地下にいるという状況に落胆するしか、術はなかった。
百人を超えたくらいで、兵士の登場が一旦途切れた。
この時にようやく、水を飲み、干し肉を胃に入れた。
そして、式神を飛ばして仮眠していたが、約三十分後には、次の兵士の集団がやって来た。
……しんどいよ。
なんか、策はないかな?
………………。
おっ、あるじゃん。
僕は壁を剣でくり抜いて、胸元の犬笛を吹き、ドラちゃんを呼んだ。
総勢二十名はいると思われる敵の兵士を尻目に、穴の外に飛び出した。そう、文字通り空中に飛び出すと間髪入れず、ドラちゃんの背中に取り立てた。
なかなかのコンビネーションだ。ドラちゃんの首筋を撫で、労をねぎらうと、地上に向けて舞い降りるように指示する。
ドラちゃんの吐く炎のビームで、敵兵はなす術もなく後退を余儀なくされている。ありがたいことに、ドラちゃんがそのままタワーを崩しながら、僕の盾になり突き進んでくれる。
一応、不死身に近い存在であるドラゴンとはいえ、表皮の鱗を通して痛みを感じると、ミーシャから聞いたことがある。こんなまで、してくれなくてもいいんだけれど、やめて欲しいと頼んでも多分聞いてくれそうにないだろうから、そのままドラちゃんの好意に甘えることにした。
もしかすると、ドラちゃんには僕の生命力の減り方か、残りの命が分かるのかもしれない。
ドラゴンが万物の王と言われる所以は伊達じゃないということだろう。
タワーの中心に辿り着いた時に、ドラちゃんから悲鳴があがった。
「ど、どうしたの?」
「クソっ、槍が刺さりやがった」
「えっ、でもあなたの表皮に傷をつけるなんてことは私のように特別な力を持った兵士でもいるっていうの?」
「いいや、よく見てみろよ。その刃先に何が付いているのかを」
ドラちゃんの太腿を貫通し、刃先が剥き出しになった槍は、前世ではパチンコと呼ぶゴム仕掛けのお化けみたいな装置から放たれている。
あれでは、貫通する訳だ。しかも、刃先にはドラちゃんと同じ色のドラゴンの鱗がビッシリと使い、鋭さを増している。ドラゴンの鱗の硬さは、伝説的なものであり、そんな武器などが存在しているとは聞いたこともない。
しかも、急ごしらえではなく、かなり昔から準備してあったから、刃先と肢の間には薄っすら埃が挟まっていた。
「なあ、シャルロット」
近くにいた兵士達に炎をひと吹きし、静まった時に珍しくも、ドラちゃんがしんみりした声を出して僕に話しかけてきた。
「なあに? どうしたの?
少し待っててね。このミーシャのお薬を塗ると早めに治るからね。少ししみると思うけど、我慢してね」
「ああ、ありがとう。いや、それより聞いてくれ。
そこに転がった槍の刃先のドラゴンの鱗は、おいらのお母さんの亡骸なんだ。お前やイザールがこの世に生まれ出てくるよりも、はるか昔のことだった。
それまでは、ドラゴンも色々な種類が生存していたのだが、ダバンの湖に毒を盛られて、ほぼ全滅してしまった。まだ小さかったおいらは、湖の魚を食べることはなく、お母さんが作った小さな魚の団子を食べるだけだったから、なんとか生き延びた。
今回は、おいらにとっても敵討ちのチャンスだ。
当時の奴らじゃないが、ダバンの醜いやり方は続いていたようだ。だから、おいらも全力で手伝うぜ」
「……んっ、わかったわ。そんなことなら、手伝ってね。でも、一般市民はダメだからね」
「了解した」
僕の了解の後のドラちゃんの破壊はすごいもので、とても言葉では言い表すことはできない。兵士を見れば、根こそぎ片付けてしまう。
そして、ついに地下の中央まで突入した。
「ふっ、よく来たな。しかし、ここでお前達には死んでもらう」
真紅の鎧に身を包んだ、恰幅がよい者どもが合計で、十余人も集まり、真紅の切っ先に染まった槍や剣を構えて、僕らを待ち受けていた。あの色は、ドラゴンの鱗を鎧にしたのだろう。
ドラちゃんから炎のビームが吐かれるが、真紅の盾に阻まれ、致命傷には至らない。僕も全面に出て、剣を交わすが、前より切れ味がなくなってきている。
全てのものを切り裂く能力も、僕の生命力に影響を受けているのだろうか、敵の剣を折ることさえできず、ジリジリと体力だけが消耗してしまう。
「シャルロット、一番奥の親玉だけ狙え。あとは、引き受ける」
そう言って、ドラちゃんが僕の前面に立ち塞がり、両手の爪と火炎で、敵を引きつけてくれた。
その間、ドラちゃんを踏み台にして、頭を乗り越えると、敵の親玉の前に立つことができたが、そろそろ限界がきているようで、目眩がしている。
汗が目の中に入り、視界が滲む。
……これまでか──
『お姉様、いいですか、剣を真正面に構えて、一二の三で、振り下ろしてください。
はい、一二の三』
急に聞こえたミーシャらしき声を信じて、剣を振り下ろすと、霞んだ目の奥に崩れ落ちる敵将の姿を一瞬捉え、そのすぐ後に身体が熱くなり、僕の身体の中心、背中から射抜いた矢尻が目の前に現れた。
肺を貫通している矢から滴り落ちる赤いものが僕の血であることは、この激痛が知らせてくれる。
敵将は打ち倒したが、まだ他の幹部を倒していない。
くっ……無念だな。
………………まだ、死にたくないよ。
だって、することがまだ沢山残っているんだから。
目の前がブラックアウトし始め、ドラちゃんに最後、軽く指を振って、そのまま地面に崩れ落ちた。
「シャルロット!? おいっ、シャルロット!」
遠くにドラちゃんの声が聞こえるが、既に身体は動かない。もう、痛みさえも感じぬまま暗闇の中に堕ちていく。
◇◇◇
えっ、…………お姉様?
いきなりシャルロットの気配が消えていく。
そして、完全にシャルロットの気配は感じられなくなった。
手に持っていた紅茶のカップを床に落とし、派手な音が鳴ったと同時に私は叫んでいた。
「お姉様、シャルロット姉様、いや、いや、いや〜!死んじゃダメっ!」
いきなり半狂乱となり、泣き叫ぶ私のことをルナとアルテミスが取り抑え、鎮静化するまで、離さない。
しかし、私は、私には、お姉様の名前を呼び続ける以外に、自分の気持ちを抑える術はなかった。




