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身体よ動け!

 ◇◇◇


 あららっ、ミーシャがよく見えない。

 霞がかかったみたい。


 これでは、敵の顔なんて見ることはできないから、新たな攻略なんて心配しなくても良いだろう。

 しかし、身体が思うように動かないとは、かなりキツい。身体は当然だが、精神力までギリギリのところにきている。


 でも、今僕がやらないと、遠からずこの国は滅びてしまう。帝王が健在な時までの栄華だろう。

 思わねことでアズール皇国と同盟が組めたことだけは、イザールに感謝しかない。

 いずれ、頃合いを見てからこちらから申し込もうと思っていたけど、さすがはイザールというべきだろう。

 僕の野心は見透かされていたようだ。

 しかし、自国にメリットがないことには動かないだろうから、互いにチャンスだったのだろう。


 あとはダバンを静かにさせるだけ。

 しかし、敵とはいえ多大な被害をもたらすのは僕としてもしたくない。

 ドラに手伝ってもらい、街を焼き尽くす何てことも可能だろうが、それは最後の手段でも使えないと思う。

 いや、使っちゃいけない。


 罪無き人々を巻き込み、それでいて悪くもないのに国の権力争いのために死んでしまうなんて、僕には考えられない。

 僕としては、ダバンの一般人に怪我の一つもさせるつもりはない。



 さて、そろそろ支度を始めるか。

 とはいえ、雲がかかったように目の前が見えないよ。

 でも、これをミーシャに知られる訳にはいかない。

 知られたが最後、僕が戦場に行くことをミーシャから阻まれてしまうだろう。


 すぐにでも支度をしたいが、自分だけでは無理だな。

 人にしてもらうなんて、嫌だけど……。

 って、俺、考えるな。

 あまり真剣に考えると、不自然になるぞ!



「アルテミスにルナ、悪いんだけどけど……、その、私に服を着せてくれませんか?

 まだ、あまり手に力が入らないから、ボタンがとめられないし、紐を固くしっかりと結ぶことも出来そうにないみたい」


「シャルロット様、それならまずは今着ている寝間着を脱いでください。普段は私達に肌を触れさせもしなかった姫様がどういった風の吹き回しでしょうか?」


 普段は優しい二人から、早速、嫌味が飛んできた。


「んもう、今までは、今までなの!

 ごめんなさい。悪かったと思っているから、だから、許してよ。

 私も恥ずかしいし、それは分かってもらいたいわ。

 これからはちゃんとお願いするから、二人ともよろしくね」


 二人とも顔を見合わせていたが、ルナが代表して返事をしてくれた。


「まあ、シャルロット様から、そんな言葉をいただけたのなら、仕方ないですね」


 ……なんだか、懐かしのツンデレ言葉だな。

 ふむ、美少女二人からとは、悪くない。

 せっかく、転生したけれど、そろそろ終りみたいだから、何かを残したかったなぁ。

 この二人とのやり取りも出来なくなるし、ミーシャとの二人暮しも出来なかったな。


 それにグレイには、色々なことをしてもらったけど、何も返せなかった。





 ──なんか、悔しい





 ───本当に口惜しい。





 ────とても胸が苦しい。




 

 最後を飾るのなら、今度こそ後ろを振り返ることがないようにしなければ、もう後悔なんかしたくない。



「ルナ、アルテミス、服の下につける皮の防具はいつもよりきつく結んでちょうだい。今の私では、きつく結び直す力がないから、お願いね。

 まだ本調子じゃなくて、最低限の体力しかないから、戦闘服の上から防護する鎧は纏えない。あなた達の防具が私の命綱になるから、よろしくね」



 少し間があったが、皆、何事も無かったように振舞い始めた。


 ……みんなには、聞かされたくない言葉を伝えてしまったかな。少し反省だよ。


 もし僕の大事な人や大好きな人が、死んでしまうようなことを言っても、どうリアクションしていいか、わからないだろう。今の反応は、それと同じかな。


 それに、信じたくないという気持ちもあるのかもしれない。

 だけど、今、この時も自分の状態ぐらいはわかる。

 起きること、動くことを意識しなければ、身体は自然と横になることを要求してくる。

 たぶん、何時間も何日も眠れるんだろうな。


「はい、シャルロット様、終わりました。キツ過ぎませんか?」


 アルテミスが僕の顔を覗き込んで、真剣な顔をしているし、気づくと周りのみんなも注目していた。


 少しだけキツいかな。

 いや、弱音は吐かないようにしておこう。


「ありがとう、大丈夫よ」


 前に進もうと思ったけど、なかなか一歩目が踏み出せない。足が思うように動かない。

 仕方ないから、少しずつ前に足を運ぶ感じで動くことがやっとだった。


 ここでやっと、みんなの雰囲気がおかしいことに気づくも、言い訳も出来ない。


「シャルロット様、こんなお身体では無理でしょう。

 王様方にお任せして、ここで治るまで我慢されてはどうなんですか?」


 アルテミスが代表して、優しく諭すように僕に話しかける。


「シャルロット様、お気を悪くなさらないでください。このままでは、無謀というものです。

 諦めることも勇気ある決断の一つだと思われます」



 ……アルテミスが伝えている言葉の意味は、身をもって感じているんだ。

 でも、人はここぞという時に頑張らなければ、生きている意味が無くなることがあるということを、この世界で僕は学んだ。


 次が無いから、今しか無いから、後悔したく無いから、僕が僕であり、私が私であり続けるためにも進まなければならない。


「やれやれ、シャルロットお姉様は頑固すぎますね。

 これだけ言われても、諦めるつもりはないみたいですね。なら、私が手を貸しましょう。

 これから先に進むと、もう後戻りは出来ないですから、覚悟を決めてくださいね」


 ミーシャが不敵な笑みを浮かべながら僕に近づいてくる。なんとなく怖い感じがする。

 もはや、皆が固まり、誰も声を出しさえもしない中で、ミーシャだけが普段と同じ振舞いだ。

 やはり、この子にはバレていたのだろうか。


「それでは、お姉様を少しだけ楽にしてあげましょう。ただし、異論を言わないことが条件です」


「じゃあ、お願いって、簡単に出来はしないわ。

 もし、あなたの生命力を私に分け与えるということなら、私は断りますよ。ミーシャには私の分まで幸せになるというお願いを託すのですからね」


「そうですか、なら他の方法を選ぶしかないです。

 では、お姉様、お耳を貸してくださいませんか?」


 なんだろう?

 みんなに話せないという内容ならば、少なからず私に不利な話なんだと想像がつく。

 みんなが心配そうに見ている中、私はそっとしゃがんだ。たったこれだけの動作なのに、多少息を荒げながら数秒という時間を使わずにはいられない。


 みんなを背にミーシャが僕に近づいてくるが、今の僕の動作を見ながら、両目から光ながらポロポロと零れ落ちる数滴の涙が僕の服に小さな染みを作った。


 ……ミーシャの気持ちを考えるなら、ミーシャから少しでも生命力を与えてもらうのが、一番なのだろうけど、僕はどうしてもそれは嫌なんだ。

 ミーシャにもいつかは分かってもらえるだろうか?

 ミーシャに好きな人が出来た時、親になった時には分かってくれるだろう。


 ミーシャは片膝をついて、コソコソ話をするように私の耳に話し始めた。


「お姉様、私の力をもらっては頂けないのですか?」


「それは、ダメです。仮にも私はあなたの姉であり、私が守るべき人なのよ」


「……そうですか。では、お覚悟してください。

 今から、お姉様の生命力を凝縮します。

 簡単に説明するなら、あと半年の命を一月にして、動けるようにすることです。どうでしょうか?」


「そう、それならお願いしたいわ。

 あなたが、頭の中に直接話さなかったのも、みんなへの配慮なのでしょう。ありがとう」


 きっと、僕に施術して、身体に負荷が掛かることを前もってみんなに知らしめ、心の準備をさせるためだけに言葉にしたんだろう。


 ミーシャの真剣な表情を見ながらも、なんだかとても嬉しくて、無意識に頭を撫でてしまったら、ミーシャから手を払われて、軽く睨まれてしまった。

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