まっててね!
目の前で起きていることは、舞台か何かのワンシーンだろうか?
美男美女のカップルが熱く必死に抱き合っている。
なんだろう、ずっと前から付き合っていたみたいにとても自然で、見ているこちらまで赤くなってしまう。
そう思ったのは束の間だった。
二人は互いに抱き合いながら、その場に崩れるように座り込みグレイの方は、苦痛を顔に表している。
長く綺麗な脚を揃えて膝を曲げ、所謂、女座りとなって、グレイの上半身を抱えて、必死に膝枕の形を取ったお姉様の顔にも玉の汗が滲み始めた。
グレイはただもがいているだけだけれど、毒の影響で同じくキツイ状態のはずのお姉様は我慢して、グレイの顔を微笑みを絶やさずに間近で見つめている。
本当にグレイのことを愛しているんだ。
愛おしさが、端で見ていて
せつない!
すっごく、せつなすぎるじゃないっ!
なんでなの。
どーしてなのかな?
最初から好きだったのなら、死ななくてもよかったはずでしょう?
ねえ、お姉様、私の考えは違うの?
『み、ミーシャちゃん。わ、わたしにはね、やっぱりはんぶん男の子の……、はぁ、はぁ。
そ、そんな、わ、た、し、で、も、いまは、だ、れ、に。
はぁ。
え、んりょ、しな、ても。
はぁ……。
いいん、だよ、ね。
わ、たし……のまま。さ、い……の……わが、ま、まだよ。だ、だ、っ…て、ずっ………、と、がまん、し……て、た、わ、たし、の、………は、つ、こ…』
「わ、わかったから、お姉様、じっとしといてください。すぐにお二人に解毒剤を投与しますから、もう少しの我慢です」
『い、い、え。だ、め』
「えっ、お姉様?なんで?」
『い、き、るな、ら、ふ、た、り…い、られ、な…。
はぁはぁ』
そうか、生きていてもグレイは処罰され、お姉様は再び一人になってしまうということか……。
ならば、死を望むと決断したということだろう。
しかし、私は嫌われてもいい。
それでもお姉様を助けるべきだろう。
ポケットを弄ると、必需品が入った小箱に触れた。
素早く箱を開けて、目的のものを取り出し水に溶かして、お姉様の口の中に強引に入れて、飲み込ませた。
薬を飲ませた後、困った表情を私に向けたお姉様は、ただ泣いているばかりで、私を責めることはしなかった。それはそれで、私も心苦しい。
ナターシャ妃は私達の心の会話を聞いていないから、お姉様に私がなんかの薬を飲ませたことを素直に喜んでいる。
グレイにも薬を飲ませるべきだろうか?
しかし、飲ませたところで、どうせ処刑されるだろうから、グレイにとっても最後を飾るのなら、シャルロットお姉様の膝枕の上で、愛する人の側で一生を終えた方が幸せだろう。
『ミーシャちゃん。あなたの気持ちはよく分かる。だから、責めないわ。でも、少し遅かったみたいだね。
もう、私の命は残りは少ないみたい。
好きな人の最後を見届けることも妻となるはずだった私の使命でしょうね。
……本当は、嫌だけどっ!』
ずいぶん回復したのだろうか?
お姉様の思念は、クリアに聞こえる。
『ごめんなさい。
でも、お姉様には生きていて欲しい。
私の命を全てあげるから、まだ生きてください』
『ミーシャ?なんてことを言うの!
あなたには、あなたの役割がある。
私以外にも、あなたを必要としている人もいるの。
私がすべきことは、あと少しだけだから大丈夫。
残されたことを片付けるまでは死ぬに死ねない。
それにこれだけは見過ごすことは出来ない。
……ミーシャ、私から最後にお願いがあります。
せめて、グレイの苦しみだけは解いてあげてくれないかな?お別れの言葉を聞きたいの。
出来るかしら?』
『はい、お姉様。
しかし、わずかでも私から生命力は差し上げたい。
私もご存知のとおり長く生きております。
今の、こんな幸せな暮らしを送りながら、普通に年を取りたいと思っています』
『ごめん、ミーシャ。それは後にして!
まずはグレイの苦しみを解放して欲しい』
『グレイ様が、お姉様に辛く当たるかもしれませんが……』
『そんなことは、どうでもいいこと。
私と話してくれるのなら、内容はなんでもいい。
責められるのなら、私が悪かったんだわ。
それに、怒られたり、責められるのもこれで最後なら、グレイの一言一句を逃さずに聞いちゃうだけだよ。
何と言っても、旦那様の言葉なんだし』
『じゃあ、なおさらグレイ様を治してあげる方がいいのではないでしょうか?』
『グレイが回復するなら、処罰を与えるのは、私になるわ。私が自分の命令でグレイを処刑するよりも、婚約者のキスで死んじゃうのとどちらがいいかな?
それに、私も長くはないみたいだし……。
一足、早めに行っといてもらうだけなんだからね!
あの世で、二人きりの生活を送るのよ!』
『そーですか?
なら、グレイ様にお薬を飲ませてください』
私は痛みと苦しみを解放するだけの薬を調合して、水と共にシャルロットお姉様に手渡した。
既に、見たところシャルロットお姉様は普段どおり動けるようになっている。
お姉様は恥ずかしさの感覚を忘れてしまったかのように口移しで、グレイ様にお薬を飲ませてあげている。
なんだか、少し羨ましいというか、嫉妬心を感じるというか、複雑な気持ちがする。
程なくグレイの目が開いた。
「ここは?」
「どお? 私に膝枕された気分は?」
「あっ、ひ、ひめさま。シャルロット様、ご無礼をお許しください」
……なんか、さっきのグレイではないようだ。
いったいどうしたことだろう?
「そんなことはいいの。それで気分はどお?
残念だけれど、もう少しでお別れだから、このままでいいでしょう?」
「は、はぁ。色々なことをしてしまいました。
シャルロット王女に対しての数々の無礼、言葉もありません。申し訳ございません」
「そう、反省しているのですね!なら、水に流しましょう。それよりも、どうしてこうなったのかしら?」
「確信はないのですが、ダバンだと思います。私は操られたのです。
あまり見ないメイドが運んできた紅茶で身体が麻痺して、あとは呪術で身体が支配されました。
そのあ……」
「しっ、もういいわ。
ありがとう、最後に正気に戻ってくれて。
私の好きなグレイに最後に会えた。
私にもっと勇気があれば、私達は結ばれたのでしょうか?」
「は、はい。もちろんです。
しかし、そろそろお迎えみたいです。
シャルロット王女に出会えたことは、私の生きた意味そのものだと思います。できればこんな……」
「そうよね。グレイ、一つだけ我儘を言わせてね。
私のことをシャルロットと呼んで欲しいの」
お姉様の顔は冷静になっているけど、私もナターシャ妃も穏やかなやり取りを涙なしには見ることは出来ない。
「し、シャルロット」
「はい、あなた。私もあなたにすぐに追いつきます。
だから、私のことを少しだけ我慢して待っていてください。大好きなグレイさん」
お姉様は、グレイ様にキスをして、そのまま長い間顔をあげることはなかった。
グレイ様の気配が消えても、お姉様はずっとグレイ様に話しかけていて、私の握ったシーツの端から雫が落ちるほど濡れていた。




