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いや〜っ!

 グレイに向かうシャル姉様がよろけるのを見ると、すぐに駆け寄りたい気持ちに駆られる。

 あと一歩進むと鋼の串を刺せる範囲になるのだが、そう上手く事が運ぶことは無かった。


「シャルロット、その背後に隠した物騒なものを捨てなさい」


 さも楽しげにシャル姉様に言った言葉は私を絶望させるには充分な言葉の力を持っていた。

 シャル姉様の後ろ姿がどうしても滲んでしまう。


「あら、バレてたの? さすがよね。じゃあ、仕方ない」


 視界の中のシャル姉様は、背後に手を回して鋼製の串をベルトから引き抜くと、それをギュッと掴んでからグレイの足元に放った。

 グレイは即座にその串を遠く拾えないような場所まで蹴り飛ばした。

 それを見て、シャル姉様は躊躇無く前に進んでナターシャ妃を掴んでいるグレイの手を軽く叩いて払い除けた。


 シャル姉様は一体どんな心臓をしているのだろうか?

 あれは、自分を捕らえていた相手に対しての態度では無い。


「お母様、さぞかし痛かったでしょう。

 私の旦那様が、虐めてしまってごめんなさいね。

 さあ、ミーシャのところに行ってくださいね。

 私が代わりますから、大丈夫です」


「シャルロット、あなたはそれでいいの?

 それで、後悔しないの?」


「そうですね。後悔はしないと思います。

 一度は諦めたはずのグレイとの婚儀なら、たぶん大丈夫ですから……。

 それに、全てがこれで終わります。

 ナターシャお母様もミーシャもこれからは悩まないでいい。あと、私も含めて……、ねっ!」


 軽くウィンクするシャル姉様はいかにも楽しげに話しているけれど、私のこの胸騒ぎは一体どうしたことだろうか?どんどん酷くなってきた。


『ねえ、ミーシャ?ちゃんとお姉ちゃんの声は聞こえてるかな?』


 胸騒ぎに気を取られていたら、不意に頭の中にシャル姉様の声が聞こえてきた。

 他の人の声も聞こえている中で、私に向けられた声は綺麗に澄んでいて、心地良ささえ感じてしまう。

 ふと、シャル姉様に視線を集中すると、ナターシャ妃の乱れた髪の毛を整えるのに集中している。

 私の方など見てはいない。


『はい、シャル姉様。聞こえています』


『あなたの顔を見ないで話し掛けてごめんなさい。

 あなたが持って来ていたあの串には、何かを塗っていたのかな?あなたの性格を考えると、そう思ってしまうのだけれど……』


『はい、そうです。毒を塗っていました』


『……そっか、毒なのね。仕方ないか。

 そうだね。痺れ薬という訳にはいかないわよね』


『って、お姉様っ?

 な、な、何をお考えですか?

 まさか、変なことをする気じゃないでしょう?

 ねっ、ねっ、そうだよね!』


『えへへっ、ごめん。なんだか今日は謝ってばかりだわ。嫌な感じよね。

 ……ほら、ミーシャちゃん。そんな顔しないのよ。


 今から言うことをよく聞いといてね。

 ナターシャお母様をよろしくね。私の実のお母様のリーナさんは、あなたのお薬で治せると思うから、ナターシャお母様からお部屋を案内してもらって、奇病を治してあげてください。

 それに、私がグレイを何とかするから、早めにお父様を見つけだして欲しい。これでアストラーナ帝国のことは救えると思うからお願いねっ!


 あと、ごめんなさい。あっ、この会話の中で三度目かな?あなたと一緒にいるって言ったけど、ちょっと無理みたい。

 でも、あなたの幸せをずっとずっと応援してるからね。それを忘れないでっ!絶対だよ!!』


『シャル姉様?何を言ってるの?

 何をする気なの?

 やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめてよ!私を一人にしないでよ〜!』


『ごめんなさい。気づかれたら誰も幸せにならないから、我慢してね。あとでなら存分に泣いていいんだから……。

 ミーシャ、可愛い私の妹さん。ちゃんと愛してるからね』


 一方的に声と化した思念が止まる。

 ふと目を凝らすとシャル姉様は片手で口を塞いで、咳き込んだ。その次の瞬間に理解した。


 そんなぁ。

 お姉様、なんでですか?

 自分を犠牲にするなんてズルイよ。

 私を一人にするなんて、どうして考えたのよ。

 お姉様のためなら、私にも出来るから……。

 私を一人、置いていかないで……。


「どうしたの?身体が震えてるわよ。

 あとは、シャルロットが上手くやってくれるから、心配しないの」


 いつの間にか身体中が震えてる。

 その身体をナターシャ妃が抱き寄せてくれたけど、視線だけはお姉様に釘付けだった。


 いつもより質素な服なのに、いつもより艶やかで綺麗に見える。美人で、愛嬌があって、お人好しで、そして、とても、とても、とても、とっても優しくて、大好きなお姉様。


 スローモーションのようにその瞬間が感じられた。

 涙を流しながら目の前でグレイの唇を奪うお姉様の姿は、女神のように輝いていた。

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