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悲しいお見舞い!

 お風呂から出ると既にナターシャ妃からの使者が来ていた。女官ではあるが、文官ではなく武官の姿をしている。


 簡素な巫女装束を身に付けた私の姿とは対照的で、女官の服装には疑問が出てしまう。

 これって、私の警護ではなく、私に何も行動を行わせないためにわざとやっているとしか考えられない。

 しかし、今はそんなことは気にせずに不審に思われないように行動するのみ。

 シャルロット姉様に会える段取りが出来ただけで、グレイとの話は予想以上の結果が得られた。

 お姉様の容態を直で確認できるだけで満足しておかないといけない。図に乗って欲を出し過ぎるとよいことはない。


 宮殿の南東側だろうか?

 階段を上ると奥に続く長く豪華な廊下には、シャルロット王女の絵画が飾られている。12、3歳ぐらいだろうか?やはり、この美貌には見惚れてしまう。

 武官に連れられて来たのは、ナターシャ妃の部屋とは違った。これは、シャルロット姉様の部屋みたいだ。


「あら、ミーシャさん、いらっしゃい」


 頬を緩ませて歓迎してくれたのは、ナターシャ妃だったが、やはり隣にグレイの姿があった。

 これは余程、私のことを警戒してのことだろう。


「やあ、お見舞いに来てくれたのですねね。

 このように、シャルロット王女は寝たきりの状態が続いていて申し訳ない」


「いいえ、シャルロット王女様のお顔だけでも拝見させていただき、感謝にたえません。

 あの、出来れば、シャルロット王女様の側に寄ってお手を握りたいのですが……」


「いや、それはいくら賢者様といえど、ご遠慮ください。シャルロット王女もずいぶん回復してきているが、万一ということもありますからね」


 ほぼ考えもせず、簡単に断られてしまった。

 ならば、こちらも考えがある。


「グレイ様、シャルロット王女様と私の間には深い絆が結ばれています。それはアストラーナ皇国のイザール国王もご存知のことですが、それでもダメなのでしょうか?」


 シレッと幼女の瞳に涙を溜めて、両手を合わせてグレイの瞳を上目遣いに見つめる。自分としては、誰かの真似のようでかなり自尊心を犠牲にしているのだが、今はそんなことを言っている場合では無い。


 ちなみに、誰かさんはシャルロット姉様ということは周知の事実でしょうね。


 こんな恥ずかしいことをするなど考えた事もなかったけど、意外と勇気が必要なのだ。

 そう、恥を捨てるという勇気がね。

 でも、そんなことを難なくやり遂げて、しかも様になるのがお姉様の凄いところかも知れない。

 あの笑顔には抗えるなんて、それこそ無理だと思う。


 しばらく考えていたグレイが重い口を開いた。


「んんっ、ゴホン。まあ、そのぐらいならば大丈夫です。賢者様、できれば王女に元気を与えてください。

 それに、アズール皇国のイザール国王にも賢者様の直接のお見舞いに感謝するとお伝えください」


 ほう、グレイの頭の中での計算では、外交の面を重視しているのだろう。今、アズール皇国との良好な関係に水を差すことに配慮したようだ。

 ただの賢者というだけなら、キッパリ断られていただろう。イザール様とフィズ様には感謝だな。


 しかし、ナターシャ妃の顔はあからさまに心配しているようにしか見えない。それでは私が動きにくいんですけど、それを伝えられずにストレスが溜まる。

 たぶんグレイには私とナターシャ妃との関係はほぼ知られていることだろうから、ナターシャ妃の身を案じると心配になる。


 さて、どうしようか?



 ………………。


 …………。


 ……。





 …………ええい、ままよ!


 あとは、神に祈るほかは無い。

 グレイとナターシャ妃に頭を下げて、シャルロット姉様が眠っているベッドの横に跪くき、シャルロット姉様の左手を握った。


 近寄って間近に見るお姉様の顔は白く透き通るほどの美しい肌だが、死人の様に血の気が無い。

 予想どおり、そろそろ儚くなりつつあるのだろう。


 もう残された時間は無いようだ。

 早く救い出して、私が看病しなければ助からないかも知れない。ここまでシャルロット姉様が弱っていることをグレイはわかっているのだろうか?



 もう、グレイにバレようが構わない。

 目を瞑り、思念を集中して呼び掛けた。

 たぶん、身体の周りに様々な色のオーラが放たれていることだろう。


『お姉さま、ミーシャです。ここに会いに来ました。

 お姉さま、私のことがわかりますか?』


『…………』


 意識は感じられるけど、反応が無いわ。


『シャルロットお姉様、シャルねえ。私だよ。ミーシャだよ。はるばる会いに来たんだから、応えてよ。

 ねえ、シャル姉様、返事をしてよ』


『ミーシャ? なんだか懐かしいわ』


 脳のパルスから直接読み取った言葉はいかにも弱く、やっと捉えることが出来た。

 だから、パルスが放たれたところに向けて、私は少しトーンを上げて呼び掛けた。


『お姉様、私はあなたの妹のミーシャです。アズールから来ました』


『えっ、アズール?

 …………ミーシャ?本当にミーシャなの?』


『はい、お姉様。私はドラちゃんに乗せてもらってここに来ています。要件は、どうせバレると思いますから隠さないでありのままを言いますね。

 お姉様とグレイ様との婚儀の招待状がアズール皇国のイザール国王に届いたからお祝いの品を携えてこのアストラーナ帝国にやって参りました』


『そう、ミーシャは元気なの?』


『ええ、私の身体は……。でも心は元気じゃありません』


『そっか、なら元気を出せるように私は何かできないかな?』


『お、お姉様!!

 そんな、か細い声で言う事じゃありません。

 私の方こそお姉様に元気になって欲しいです!


 私が、私が元気じゃないのは、お姉様を心配するがゆえのこと。今のままでは、私の大切なお姉様のお命がいつ消えてなくなるかわかりません』


『ミーシャ。……ミーシャちゃん。

 私はこの時を待っていたのかも知れません。

 あなたの言うとおり、私は明日まで生きている保証は無いのですからね』


『お、お姉様〜っ。そんなことは言わないでくださいよ。お姉様がいなくなるなら、私はどうすればいいのですか?それに、私のことは心配ではないのですか?』


『ミーシャちゃん。あなたは私の大切な妹です。

 それはずっと変わらないわ。

 私に何かあれば、イザールとフィズに任せてあるから心配しないでね。あの二人なら大丈夫だわ。


 ごめんね。お姉ちゃんはこのままいなくなりたい。

 だって、好きな相手に道具扱いされるなんて、悲しすぎるわ。だから、もうそっとしておいて。

 かなり疲れました。ここに来てくれてありがとう』


『……お姉様』


 プツリと音が鳴るように一方的に話を閉ざされた。

 でも、お姉様の意に沿わないけれど、恨まれていいから生きていて欲しい。


 私は私の与えることが出来るだけの生体エネルギーを掴んだ手を通してシャルロット姉様に流し込んだ。

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