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ドレスはいかが?

 ん〜〜?


 やはり、ノイズだらけで聞こえない。

 ここは森の中と違い人が多過ぎて色々な人の考えが頭の中に流れ込んでくる。嫌な考え方を持つ者ばかりで辟易してしまう。


 シャルロット姉様のことを考えている人は全然居なかったし、空振りというところかな。

 さてと、そろそろメイドに帰ってきてもらわねば、怪しく思われるだろうし、今夜の晩餐会の着替えが出来ない。


 晩餐会には、お姉様のことを知っている者もいるだろうから、そこで情報収集を再開しよう。


 私は、覚悟して両手で包み込んでいたグラスの中の水を飲み込むとかなり苦い味がした。お姉様のためとはいえ、もう二度と飲みたくは無いな。


 洗面所に行き、うがいを二、三回しても、なお口の中は変な感じがする。例えるなら痺れて味覚が麻痺したような感覚かな。


 さてさて、急いで準備しなければね。

 私はドアの外に立っている衛兵に向かい、メイドを部屋に戻るように伝えて欲しいと伝言した。


 あの苦い魔法の水の効果は、数日間は効果があるのはいいが、いらない気持ちまで流れ込んでくるから、心理的にとてもきつい状況になってしまうだろう。

 そうとは思いながらも、今は手段を選ぶ余裕も無いまま。この短い間にシャルロット姉様を見つけなければならない。


 早速帰ってきたメイドに、パーティー衣装が無いことを告げると、少しの間を置かずに私のサイズに合わせたドレスを次々と部屋の中に運び込んで来た。

 普段の姿からは考えられない衣装の数々に目眩がするが、ここでのしきたりに従い我慢するしかない。


 スルッとひと通り目を通したところ、薄紫色の地味なドレスに目が止まった。

 あの色は、以前にお姉様が来ていらした色に近いな。

 アレにしたいが、果たして、私に似合うのだろうか?

 お姉様はどんな格好をしても似合うと思うのだけれど、私にそんな保証は無い。


 いつの間にか、一つのドレスをジッと睨んでいたみたいで、目の前からスッと退かされてから我に返った。


「こちらがお気に入りでしょうか?」


 ニコニコと笑みを浮かべてメイドの一人が声を掛けてくる。


 ……どうしよう。似合わないかもしれないよ。


「さあどうぞ。ご試着してみましょう」


 ドレスを手に持って、私に近づくのはメイドとは思えない。綺麗な屋内向けの簡素なドレスを着ているが、設えがキチンとしている上、所々に金糸や銀糸を使ってある。メイド長とも少し違う人だと思われる。

 それに、この人に抗える者など居ない雰囲気が漂っていて、私もそれにのまれてしまった。


 お人形さんよろしく、着せ替え人形の如く薄紫のドレスに合わせて、装飾まで手配される。

 先ほどの貴婦人の指示は的確で、鏡の前の私は見事に華美な姿に変身して、どこぞの国のお姫様のような姿になっていた。


「あら〜っ、素敵ですこと。

 この色は私の娘が大好きな色だから、この色のドレスのコーディネートには自信があるの。

 あなたはどう思いますか? 私にはとても似合ってると思うけど……」


「ええ、そうですね。しかし、でも、私には勿体無いですよ」


「いいえ、もうそのドレスを着る人はいないから、折角だから着てあげてくださいな。もう娘にはサイズが合わなくなってしまったけど、なんだか棄てられなかったから、あなたが着てくれるのなら、私だけでなく、娘のシャルロットも喜ぶと思うわ」


 ……えっ、ということは、この人はシャルロット姉様のお母様ということか?


「……あ、あの。シャルロット様のお母様なのでしょうか?」


「ええ、でも少し違うの。

 私は第一妃で、シャルロットは第二妃の娘なのよ。

 でも、私には男の子しか子供がいないから、シャルロットは私にとって、娘と同然なのよ」


 目の前の貴婦人は、気取った所もなく顔に笑みを浮かべながら、話し掛けてくれる。しかし、お妃様が私の着替えなどに同席するなど考えられない。

 っていうか、無礼は無かっただろうか?


「あっ、あのっ、お妃様でいらっしゃいましたか。大変失礼を致しました」


 特に失礼したとは思わないが、念のために素早く頭を下げて、お決まりの文句を口にした。


「あなたがミーシャさんですね。ちゃんとシャルロットから聞いていましたよ。さあ、お顔を上げてください」


 ……シャルロット姉様は、私のことをお妃様に話をされていたのか?

 単に、アズール皇国における私への配慮は、その時の気まぐれではなく、本当に私のお姉様になってくださったということなのだろうか?

 今まで少しでも疑っていた自分がとても腹立たしい。


 第一妃と名乗る貴婦人が慣れた仕草で、人払いをすると、皆々がスカートを少し広げて頭を下げながら音も無く扉から出て行った。


「あなたはミーシャさんですね。あなたを見込んで、お願いがあるのですが、口外無用としてください」


 さっきまでとは、お妃様の雰囲気は明らかに変わっている。それにいつの間にか、私の右手は第一妃の両手にしっかりと握られて、お妃様が私を見つめる瞳には何かの決意が感じられた。


 心の中でお妃様の気持ちに集中すると、いとも簡単にベッドで寝たきりのシャルロット姉様の姿が流れ込んできた。


 数々の経緯まで、包み隠さず明らかになったと言えるが、逆にわからなくなったこともかなり出てきた。

 その代表格はあの優しいと聞かされていたグレイの豹変ぶりだ。

 シャルロット姉様には、いい感じで好感が持てる男の人と聞いていただけに、私にとってもショックは大きい。

 お姉様が決意するかどうかを迷っていたほどの相手であり、今ではどうやら敵になっているようだ。


 しかし、それ以上に気になることはシャルロット姉様の容態だ。本人を見ていないから、確信は持てないが、既に半死状態みたいだ。

 私が持参した万能薬を早く処方してあげたい。

 それが効かなくても、何らかの手立ては可能なはずだから、一刻も早く会いたい。


 ナターシャが話し始め前に、開口一番に進言した。


「シャルロット姉様に会わせてください。

 もし、私が直接、お姉様に会えないのならば、お妃様の手でこのお薬をお姉様に飲ませてください。

 もし、このまま放置すれば、近いうちに手遅れになります。もう既に間に合わないかも知れません」


 お妃様が話したいことなど、筒抜けで理解出来た。

 私が賢者ということで、お姉様に何か出来ないかという相談だったからだが、たぶんお妃様にもお姉様が危ない状態ということはわかるのだろう。


 私の発言に対して、お妃様は素直に従うと言ってくれたが、グレイにより失敗するリスクを考え、まずはお妃様にお薬を依頼し、その様子を私に教えてもらうことにした。少しでも回復の兆しがあればいいし、無いのなら、別の薬を作るのみ。


 二人とも後には引けない状況という認識は同じで、お妃様はシャルロット姉様にお薬を飲ませる役目、私は自分が持てる知識の全てを用いて、薬の調合をする役目と分担することが決まった。

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