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心は霧の中!

 ナターシャ様からの問いかけに口で返事ができないのがもどかしい。かすかに動く指先を水指しに向けると、ルナが僕をベッドから起き上がらせて、アルテミスが水指しから口の中に少しずつ水を含ませてくれる。



 適度に水を口の中に含ませると、それを飲み込んだ後は、再びベッドに横たわる。

 アルテミスとルナの他にはナターシャ様がついていてくださる。

 グレイが言ったように、少しずつだが身体は動かせるようになってきた。でもまだ全然一人では何も出来ない状態が続いている。


 それに加え、うっすらとした霞がかかった視界だけは依然、そのままの状態である。

 だから身の回りの世話を僕の信頼しているメイドに託すために、グレイには幾度となく懇願して、最近ようやく許された。

 その提案をしてくれたのは、他ならぬナターシャ様だと、ナターシャ様が席を外された時にアルテミスから聞かされた。




「シャルロット、聞いてちょうだい。

 貴方のお祝いに隣国の王から使者がいらしているわ。でも、こんな姿で会わせるわけにはいかないわね。貴方の友人として、先方は祝いたいという進言があったものの、この姿では心配をかけるだけでしょうね。たぶん、聞こえているのでしょうから、一応、伝えておきますね」


 ナターシャ様は独り言のように僕に語って聞かせる。

 そう、僕は僕なりに色々と考えている。

 ただ、それを他人に伝える方法がない。それはかなり致命傷に近く、僕から全ての力を奪い取るには十分過ぎるほどの威力があった。

 これまで味わったことが無いような絶望感を味わっている。


『隣国といえば、アズールのことだろうか? それでは使者は誰なのだろう?

 でもいくらイザールといえども国王として、振る舞うのならば、それなりの者を使者とするだろう。

 執事や高級文官あたりかな?』


 うっすらとしか見えない瞳を閉じて、少ししか動かない指先を曲げると、ルナがそんな僕の指先を握り返す。これではナターシャ様には何も伝わらない。


『ふふふっ、これは積んじゃったかな?

 でも仕方ないじゃん。僕も頑張ったんだから。

 これからは、女らしく、しおらしく妃を演じるほかないけれど、自由にさせてもらえる保証は無いだろう。

 やっぱ、僕はグレイに好き放題にされるのだろうか?

 ……そんなんは死ぬほど嫌だけど』


「シャルロット様、どうされましたか?」


 僕のほんの少しの反応を見て、アルテミスが質問してくれた。勘のいい娘たちだと本当に思い知らされる。

 この娘らが味方で本当に良かった。

 再び、瞼を開くと見えない瞳で二人の声がする方を見つめると、なぜかジーンとこみ上げるものがあり、ぽたぽたと大粒の涙が溢れ出てしまう。

 二人は慌てて、僕を宥めてくれるのだが、その気遣いは僕の気持ちを止めることにはならず、更に大量に頬から溢れでてしまう。


 二人がもっとオロオロとし始めたから、見えない瞳を閉じて、ルナとアルテミスを手探りで探して抱き付いた。せめて、僕の感謝が少しでも伝わるようにと思いながら。



 ◆◇◆◇◆◇


 さて、シャルロット姉様はどちらかしら?

 執事からは、やんわりと断られた。

 シャルロット姉様は婚儀のためにいないらしい。

 いないって、なんか少し違うと思うのだが……。


 貴賓室に配置されたメイドには、睡眠を取りたいと、部屋から出て行ってもらった。

 困れば、部屋の外にいる衛兵に用を伝えるということとなった。


 部屋の中の大きなお風呂に水を張り、身体を隅々まで清めた後に戸棚から一つのグラスを手に取り、水差しから飲み水をグラスに注ぎ、持参した薬を一滴だけ落とした。


 再びグラスに水を足し、溢れんばかりまで注いだ後、そっと両手でグラスを包み込むと、心を集中する。

 静かなグラスの水面は、凸型を形成していたが、やがて、凹型となり、真ん中には明らかに凹みが生み出された。

 一度だけ、目を開けてそれを確認すると、そのまま耳を澄ませた。


 ……気配はある。

 どこかとは言えないけれど、城の中にいるようだ。

 かなり弱々しいが、シャルロット姉様の生命の波動が伝わってくる。

 さらに集中すると、なんとなく悲しい気持ちだけが流れ込んでくる。



『………………ねえさま』


 辛いとか、痛いとか、そんな意識は何も混ざっていない。ただ、ただ悲しいばかりの気持ちだけしか感じない。


 そっとグラスから手を離して、別のグラスに水を注ぎ、一息に飲み込んだ。

 やるせ無いとはこんなことをいうのだろうか?

 あの優しくて強いシャルロット姉様では無い。


 今度は、私が助けてあげないと……。

 しかし、この波動では位置の特定は出来ない。


 嫌だけど、お姉様の気持ちが折れてしまっている。

 根拠は無いけど急がないと、何か悪いことが起きそうだ。それにどうして、あのシャルロット姉様がこんな気持ちになるのかわからない。


 やはり、イザール様やフィズ様の予感は当たってしまったみたいだ。

 まずは、お姉様のいる場所を見つけ出さないといけない。私は再び真ん中が凹んだままの水が入ったグラスを両手で包み込んだ。

遅くなりました。

すみません。

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