敵地に進入!
気持ち良い風が頬を伝う。
瞼を擦りながら、欠伸が出てしまった。
気が緩んでいた証拠だろう。
ドラゴンが味方ということが与えてくれる安心感は、言葉に出来ない。剣も槍も傷さえつけられないドラゴンの鱗は、とても頼もしく、口から吐く炎は山をも吹き飛ばす。今の私にとって、かけがえの無い仲間だと感謝している。
それもこれもシャルロット姉様のおかげなのだけど、シャルロット姉様の妹として、このドラゴンは私を守ってくれる。ありがたい。
一つだけ難を言えば、燃費が悪いことだろうが、それでも、そんなところも愛嬌と思えば、私と同じくお姉様を待つ身としては、心強い同志と言えよう。
「おう、やっと目覚めたのか? さて、ミーシャよ。本当にお前は俺に魚を浴びるほど食べさせてくれるのか?」
「ええ、また湖に私の調合したお薬を一滴垂らすだけでプカプカ浮いてくるから心配はご無用よ。それよりもお姉様を助けることが条件だけど、あなたこそ大丈夫ですか?」
「まあ、なんとかやってみる。しかし、俺のところまでは運んで来てくれないと無理だから助けられないと思ったら、お前だけでも連れ帰る。その時は迷わず帰って来い。その時の合図を決めておこう」
「ふふっ、そんなことは決めないでも大丈夫。
安心しなさい。伊達に賢者と呼ばれていたわけでは無いわ」
どちらとも無く話は途切れた。
間も無く目的地に着く緊張感が二人を包み込むかのように再び静寂が訪れる。
真っ暗な空の下、目を凝らすと薄っすらと灯りが見え始めて来た。ドラゴンの背中はゴツゴツして、お世辞にも座り心地は良いとは言えないが、馬車なら数日かかる道のりを一晩で運んでくれたことには感謝したい。まして、このドラゴンは魚を報酬と言っているが、それは照れ隠しと私にはわかる。ドラちゃんも今回のことでシャルロット姉様が気掛かりなようだ。
ドラちゃんの言葉にクスりと笑いが込み上げたが、ドラちゃんにはわからないように頬を緩ませた。
これで、多少は落ち着いた。
まだ夜は明けていない。
アストラーナ帝国の郊外に降りるようにドラちゃんに指示して、草むらの中で一夜を過ごした。
「なあ、どこに降りる? 城内にはかなりの部兵隊がいる。まあ、俺に傷を負わせることは不可能だろうがな」
「そうね。無用な戦闘は避けたいけれど、アストラーナ帝国にアズール皇国の使者として印象付けるには真正面からの方がいいでしょう。
多少は大変でしょうけど、アストラーナ帝国の城内の広場にしましょう」
「じゃあ、死人が出ても仕方ないと考えておけよ」
「あら、そう。あなたはそんなに残念なドラゴンだったのね。お姉様からは優しくて頼もしいと聞いていたのですけどね」
「ああっ、待て待て、誰が出来ないと言った?
この俺様には出来ないことは無い。ただ、この世の中で絶対という言葉は詭弁だ。それこそ、ミーシャの方が俺よりよほどわかっていると思うが?!」
「そうね。わかった。じゃあ、お互いにお姉様のために頑張りましょう」
太陽が東から昇り、人々が活動を始める時間、私達は広場に静かに舞い降りた。
いきなりのドラゴンの出現は、広場にいた者だけでなく、それを見た者全てを畏怖させるには十分であった。ドラゴンの背中から私は優雅に降り立ち、ドラゴンの頭を撫でている間にみるみる宮廷騎士団が集まり、私達を取り囲む。
……早い。
想像以上に早すぎる。
しかし、これを前向きにとらえることにしよう。
何時間もここに待たされることを考えると、結果は良好だし、早くお姉様に会えるかもしれない。
そんな考えを巡らせている途中、一団の中からズイっと進み出る輩が目に入った。
他の兵よりも華美な装飾が目を引く。
「お前は何者か? このアストラーナ帝国に危害を加えるつもりならば、ここで消えることになるが、話だけは聞いてやる」
ずいぶん上から目線な発言に腹が立ったのだが、ここではあくまで形式ばって進めよう。
「妾はアズール皇国の使者である。
この度のシャルロット王女様の婚儀に際し、アズール皇国の皇帝、イザールから頼まれ祝福の親書を持参した。はなから危害など毛頭考えておらぬ。
加えるが、妾はアズールの賢者である。アストラーナ帝国の皇帝に御目通り願う」
スッと前に一歩進み、頭を下げて待つ。
「頭をあげてください。お城にご案内致します。
ただ、そのドラゴンは城内には……」
「ええ、そうですね。じゃあ、ドラちゃん。
ごめんなさい、少し山にでも遊びに行って来てちょうだい。帰るときには連絡するから」
「ん〜っ、仕方ないか。それでは賢者どの、よろしく頼む」
私はドラちゃんに申し訳ない気持ちを胸に秘め、只々、手を振るだけだった。でも、きっとドラちゃんなら分かってもらえるだろうから、アズール皇国に帰る時には、二人で、いや三人で帰ろうね。
私、頑張るからね。
涙を堪えつつ、目の前の武人の指示で用意された馬車に乗り込んだ。
5分過ぎた時には城の中に通されて、馬車のドアが開けられたので、そのまま案内役の様な執事とメイドの後に続いた。
城内のエントランスを抜けると、立派な螺旋階段をのぼり大広間に通されたが、そこは貴賓の間というらしい。ここで、少し待つように言われ、隅のテーブルに座ると間髪入れず芳しい上品な紅茶が運ばれて来た。
それから、一時間も待たされただろうか、武人が私に向かいやって来た。
「アズール皇国の賢者どのが、我がアストラーナ帝国まで使者としておいでくださるとは、恐縮しますよ。
しかし、このようにお若い方とは思いませんでした。
さて、それでは賢者どの、親書をお渡しください」
頭の上から言い放つイケメンな武人は、私に親書を渡せと言う。なんだこいつは?
「私は、アズール皇国のイザール王に依頼され、この度の件を引き受けました。なんで、武人に対して親書をお渡しでしましょう?
アストラーナ帝国はアズール皇国に敵対すると言うことでしょうか? 王族が対応すべきではないのは?」
少々、キツめの言葉を放ったが、目の前の武人は顔色一つ変えずに私に向かい言い放った。
「失礼しました。私とシャルロットの婚儀に際し、はるばる遠路アズール皇国から親書を持参して頂き、誠にありがとうございます。
私がシャルロット王女の夫となるグレイと申します。
アストラーナ帝国は、現在、色々と込み入った事情がありますので、王族の対応はご容赦ください。
私という当事者が応対しますことに、どうかご配慮ください」
恭しく片膝をついて頭を下げるグレイの頭の中は何も見通せず、こんな感じは初めてだった。
少しでも、考えが覗けたのなら、どう対処するべきか答えがわかると思うものだが、グレイの考えを読むことは出来なかった。
親書をグレイに渡すと、本日は歓迎の晩餐を開くと伝えられ、グレイは去って行った。
その後、メイドが私の対応をしてくれることになり、貴賓客を泊める部屋に案内された。
アストラーナ帝国の内部には入れたものの、シャルロット姉様の情報は得られていない。
しかし、グレイのような特殊な者に聞くわけもいかず、私の中で考えていた作戦は見事に崩壊してしまったのであった。
終わりが近いかも?




