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えっ、そうなの?

 バサバサっと微かに羽音が聞こえた気がしたら、それは気のせいではなかった。

 コンコンと鳴る玄関のドアのノックを受けて、私はその場から動かずに念を込めて透視する。

 こんな所にやって来るのは、余計ごとを持って来る輩と相場は決まっているし、お茶を飲んでいる長閑なひと時を無駄な時間に割くには勿体無い。



 さて、どんなヤツかな?




 えっ…?!




 思わず、手に持った熱い緑茶が入った湯飲みを落としそうになった。


 ドアの外でノックしている人物は、知る人ぞ知る人だった。これは少なからず驚きを私に与えた。

 国王と王妃がこんな所に来るとは誰も思いつかない筈だし、なんと言っても私への要件がわからない。


 そうは思いながらも、お二人をそのまま待たせるわけにもいかず、湯飲みをテーブルに載せてから、急いで玄関に向かいドアを開ける。


「やあ、久しぶりだな。ミーシャ」


「ごきげんよう。ミーシャお元気でしたか?」


 少し長めに待たせたことを後悔しながら、二人に挨拶をするが、緊張のため上手く話せない。


「ご、ごぶさたひておりまひゅ」


 ああ、やってしまった。

 たぶん、顔は真っ赤だろうな。

 フィズ様が笑っているよ。

 イザール様も吹き出しそうだ。

 私って、なんてドジなんだろうか?

 これも、お姉さまに出会ってから始まったことだ。

 責任を取ってもらいたいわ。これでも、ストイックに生きていたのに、今では腑抜けのようだわ。


「ミーシャ、あなた変わったわねー!

 でも今のキャラは大好きよ。これもシャルロット様のお陰かしらね〜」


「いいえ、それは私がこの頃は緩んでいたからです。

 気を引き締めると、以前のように戻れます」


「ほう、以前とは……。賢者を名乗っていた正体不明な存在だった時のことか?」


「はい、そうでございます」


「なら、以前のようになってくれ。それもシャルロットのために」


「えっ?」


「イザール、それじゃあわからないわよ。

 ミーシャさん、シャルロット様に会いに行ってもらいたいの。これは賢者であるあなたにしか出来ないことをだから、絶対にお願いを受けてください」


 先程とは違って二人とも真剣な顔で私のことを見ている。

 仕方ないが、何を考えているかを知っておく必要があるな。使いたくは無かったが、久々に読心術を使う他ないようだ。お姉様に二度と使うなと言い聞かされていたから使いたくは無いが、ここで使わない手は無い。


「さて、ミーシャ、何から話そうか?」


「いえ、そのまま黙ってあちらのソファに腰掛けてください。フィズ様にはこちらの木製の椅子が良いでしょう」


 机の木製の椅子をフィズの所に運んで、座るように促した。あと少しで臨月を迎えるフィズのお腹にはソファで深々と座ることなどきついばかりだろう。


 二人の思念を捉えて、頭の中で映像化すると、先程の二人のやり取りが見えて来た。

 なるほど、シャルロット姉様が普段されないことが多々見受けられる。ここは私に様子を見て来てもらいたいということだろう。

 この二人が直接会いに行くことはまず無理だろうし、アズールからの使者としては賢者である私が適任ということだろう。


「大体のことはわかりました。

 確かにおかしなことがありますね」


「まあ、婚儀の前で忙しい中、自筆の手紙を書くなんてことは出来ないだろうし、アストラーナ帝国内部は未だ混乱していると聞いている。

 だから、シャルロットがいつもどおりとはいかないとも思われる。そこで、我が国の代表として、様子を見て来てもらいたい」


 真剣なイザールの表情には厳しいものがあり、それだけにシャルロット姉様のことを気に掛けてあるのが見て取れる。


 今ではフィズ様も貴族連中に認められているのであるが、そのキッカケを与えたのが、他ならぬシャルロット姉様であり、二人は仲の良い友人同士だからイザールの気持ちも良くわかる。


 だが、私にはこの二人の情報で、既に異常事態になっていると判断している。

 それは、シャルロット姉様の秘密について、私だけがこのことを知り得る能力が偶然にもあったからだ。


「イザール様、シャルロット姉様はやはり何かの事件に巻き込まれたと思われます。

 私のみが知るシャルロット姉様のある事情から、相手がグレイ様とはいえ、シャルロット姉様が結婚するなんて信じられません」


 言ってから気付いたのだが、その時の私の語気はこれ以上無いほど強く、そしてあまりにもきっぱり言い切ってしまった。


「ミーシャさん、それはどういうことかしら?

 よければ、私達にも教えていただけませんか?

 無論、他言はしません。親友のことを知りたいと思う気持ちからの事、何とかお力になりたいのです」


 フィズの顔は懇願している。

 唯の小娘である私に、王妃となるべき高貴な方が真剣な表情で、そして真剣な眼差しで私にお願いしている。しかし、シャルロット姉様のことは他言できないことが多く、そして言ったとしても信じて貰えないとも思ってしまう。


「フィズ様、シャルロット姉様のことはやはり言えません」


「ど、どうして?」


 そう言いながら、椅子から立ち上がり私に詰め寄るフィズの両肩をイザールは軽く掴んで、その場から動かないように優しくたしなめた。


「おい、フィズ⁈ お前がミーシャを怖がらせてどうするんだ? ミーシャには、ミーシャの立場がある。

 それにミーシャのことを知りたいという訳ではなく、この場にいないシャルロットの秘密を聞くことはマナー違反と思うのだが?」


「イザール、イザール! それはわかるんだけれど……。でも、シャルロット様は私に、いえ、私達の友人である前に、恩人なのに困ったことに巻き込まれても何もできないなんて嫌です!」


 泣きながらイザールが握る肩の手を振りほどいて、私に近づくフィズを見ていると、『この人なら信じて貰えるかも?』という淡い期待が頭に浮かんだ。


 フィズが私の前に来ると、私の両手を握って、自分のお腹に導いた。


「ミーシャさん、このお腹の子にはシャルロット様のお名前を付けようとイザールに話しているの。

 それだけ、私達はシャルロット様が大事なんです。

 だから、話せるところだけでいいから、聞かせて欲しい。貴女が判断したシャルロット様が巻き込まれたと思う根拠を」


 フィズの丸いお腹はすぐに形を変える。

 手で触るだけなのに、お腹の中の様子がなんとなく伝わる。これだけ元気がいいなら丈夫に育つことだろう。

 さしずめチビシャルロットとでも呼ぶのだろうか?

 しかし、シャルロット姉様の名前まで付ける気でいるとは、こちらも少し譲歩してあげるべきだろうか?

 もしかしたら、この二人が力を貸してくれるかも知れないし……。


「じゃあ、少しだけですよ。絶対に秘密ですからね。

 実は、シャルロット姉様には前世の記憶が頭から離れないようです。

 それも、前世では男性だったという記憶が今だにあるから、これまでも婚約などの話を全て断っていたということです。だから、シャルロット姉様とグレイ様との結婚は有り得ないのです」


 多少、端折ったが間違えてはいないだろう。

 ただ、フィズ様もイザール様もかなり予想外だったらしく、口を開けたまま絶句している。

 まあ、気持ちはわかるんですけどね。

 この世で一番美しい姫に男性の記憶があるから結婚は無理とか、誰も信じたく無いと思う。

 この私もそうなのだから!

久しぶりに更新がはやかった?

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