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混乱?

 ここ数日、ベッドに寝たきりで過ごしている。

 寝ているのか、それとも夢うつつで起きているのかもよくはわからない。

 耳から聞こえて来る声だけが、ナターシャ様からの呼びかけだとわかる。


 虚ろな思考能力の中で覚えていることは、ただ一つ。

 僕とグレイが来月に結婚式を挙げるということ。

 それこそ、僕の意思はこの場において無視された。


 グレイの主張に逆らえない状況の中で、ナターシャ様だけが僕を庇い、婚儀迄の間、僕のお世話をグレイから勝ち取っている。


「グレイ様、シャルロットのお世話をどなたにさせるのですか? 王家の女子のお手入れを出来るのは、今や私だけだと思うのですが?少しでも、綺麗な花嫁姿を見せたくはないのですか?」


「ナターシャ、そう矢継ぎ早に話すな。

 シャルロットはお前に任せる……が、逃がしたら命はないぞ」


「それは、承知しております。

 でも、この娘の世話は誰にも渡したくはありません。

 可愛い姪っ子、悪戯好きな子が、こんなに素敵なレディになるなんて、思ってもみなかったのですから。

 リーナが病床に伏しているのなら、私が親代わりになります」


「そうか、そろそろ婚儀の手紙を各国に出す。

 それまで、シャルロットを世界一の美女にしておいてくれ」




 暫くして『ガチャ』という音が聞こえた。

 多分、グレイが部屋から出て行ったのだろうが、僕の意識はそこで途切れた。


 それからの毎日は時間の感覚が無い。

 毎日、苦痛だけが待っていることは微かに覚えているのだが、それもこれからのことを思うと大したことでは無い。


 毎日、朝の挨拶でグレイから無理矢理唇を奪われる苦痛も今では慣れた。

 抗う力も無く、悲しさだけが胸に込み上げてくる。

 ああ、これでゲームオーバーとなるのだろうか?

 その後は、唯の普通の人生を送るのだろうか?


 この 身体の不調のせいで、将来できるであろう、僕の子供をこの手に抱くことはできるのか?

 前世では孤児だった僕にとっては子供の気持ちがわかる分、それだけは避けたい。

 例え、グレイから性奴隷として利用されたにしても、子供だけは僕が育てたい。


 毎日のように悪夢を見てしまう。

 明るい未来に見放されたから仕方ないのかもしれないが、これ以上はみんなに迷惑を掛けたくはない。

 そろそろ、どんな手段をつかおうとも儚くなるしかないのだろう。

 孤児を増やすよりはずっとましだと思う。

 本当に親がいない子供の気持ちを思えば、僕…いや、私の気持ちなんて大したことではない。

 この世界の中で我儘を言っている小娘でしかない。

 でも、私だけの問題じゃないのならそろそろ覚悟するしかない。

 そもそも、ここに来たのが間違いの始まりだし、やはり僕は私にはなれない。

 さてと、観念しよう。




 ◆◇◆◇◆◇


「イザール様、大変です」


「ん? なんだフィズ。そんなに慌てて走ったらお腹の子に障るじゃないか」


「あなた! そんなことを言っている場合ではないのです。アストラーナ帝国から早馬が来て使者があなた宛ての親書を置いていきました」


「ふーん、そうか。なら、起きてから朝食の後に読むことにしよう。それよりフィズよ、こちらにおいで。

 皆に認められても下女の様に振る舞うお前には少し罰を与えねばならない」


「イザール……、ねぇ、この手紙を私は読ませて頂きました。どんな内容か想像出来ますか?」


「うーん。シャルロット嬢がパーティーでも開くのだろうか?そしてそのお誘い?」


 ガシャン!

 高価な花瓶が見事にイザールの横で粉々になる。

 すぐさま続いて、イザールを狙って壊れた花瓶よりもひと回り大きな花瓶が飛んで来たのが、イザールは予知していたのか、難なくキャッチしてベッドの横にあるテーブルにそっと置いた。


「フィズ、シャルロット嬢になにかあったのか?」


 先程までとは明らかに声のトーンが違う。


「イザール、シャルロット様が、シャルロット様が、婚約するのよ。こんな手紙だけで……」


 身重のフィズはイザールに抱きつくと、縋り付き泣き顔を隠さない。気丈なフィズが珍しくも取り乱している。


「フィズ、先ずは落ち着きなさい。

 アストラーナ帝国の情勢は、混乱したままのはずだが、あえて婚儀を行い、それを鎮めることを目的にしているとも考えられる」


「そうね。それはあなたの言うとおりと思うわ。

 でも、よく読んでみて、私にはとても違和感があるのよ」


「違和感?」


「ええ、違和感です。シャルロット様ならばこんなことはあり得ないと思います。イザールにもすぐにわかると思うけど、万一わからなければ、私との結婚はなしね」


「えっ、それはないよ。でもなぁ、この手紙の内容はおかしな所はない。しかし、それにしても来月に挙式とはずいぶん気が早いとは思うが……。


 んっ、ああ、フィズ。

 フィズの違和感の正体がわかった。

 シャルロット嬢が僕達に手紙を出すのは公式な文書でも自筆だったことだ。しかし、今回はシャルロットが書いたものではない。

 つまり、シャルロット嬢は忙しいのか、若しくは書けない状況なのかの二つが考えられる。ということかな?」


「ええ、そうよ。イザールさんは私との離婚の危機を脱したみたいね。まあ、もっとも結婚もまだなんだけれども。でも、そういうことだからイザール、シャルロットのことを調べてください。しかも早急に!」


「そうだね。フィズの言うとおりと思うが、僕が表に出ると厄介なことになるので、少し考えさせて欲しい。あまり時間は取らないから、それでいいか?」


「ええ、わかりました。旦那様。シャルロット様は私の大切なお友達ですから、本当にお願いしますね」


「フィズ、言わずもがなだ。それに、私のでは無い。

『僕達の』と間違えている。今やアズールにとっても恩人だと思う。今、アストラーナ帝国からシャルロット嬢がいなくなれば、一波乱では済まなくなる。これはアズールの将来も多大な影響があるかもしれない。単に結婚するという簡単な問題じゃないみたいだ。


 だが、万一でもアストラーナ帝国とやり合うのなら、お互いの被害は甚大になる。それを思えば、アストラーナ帝国の内政に干渉せず、シャルロット嬢のことは諦めるという覚悟はしておいて欲しい。我々のアズールの民の為に」


 イザールの言葉にするフィズは目を伏せたまま頷いた。

 人一人の命と人民の生活の安定なら為政者として取る道は決まっている。

 侍女から王妃に登りつめるフィズにもわかってはいるのだが、やるせない気持ちだけが残ってしまいソファに腰を下ろしたまま動けなかった。イザールが執務のため居室を去った後もただその場に座り込んで窓の外を眺めるだけで、そのまま気持ちが浮上して来ることはなかった。

なんとか続いてます。

公私ともに忙しいから、すみません。

長らく放置しているのにブクマがあまり減らないのは感謝以外の何物でもありません。

また書きますので、応援よろしくお願いします。


のののでした。


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