絶体絶命!
ぼんやりとした頭の中に響いたのは聞き慣れたグレイの声だった。しかし、目は開かないし、身体も動かない。痛みだけが両手と両足辺りからしている気がするけど、なんとなくそんな気がするだけのことで、確証はない。
しかし、そんなことは耳から入る話よりも重要度が無く、そのまま話し声を聞くより方法がなかった。
「ねえ、グレイ、シャルロットをどうするの?」
「ナターシャ、そんなことは気にするな……。
ちゃんと私が責任を持って、シャルロットは幸せにする。まぁ、いわゆる……お人形さんのように」
「それって、もしやこの状態のままということですか?あなたは本当にシャルロットを愛しているの?」
「ふふっ、そんなことはお前に関係無い。
それより、メイド達も失神して倒れているが、お前が何かしたのか?」
「いいえ、存じません。考えられることは、たぶんシャルロットが何かを企んでいたのでしょうね。
私達、ワインを飲んだもの以外が倒れた。
言い換えると紅茶を飲んだものが失神した。
紅茶の準備は他のメイドに代わるまでシャルロットがほとんど終わらせていたのだから、ほぼ間違いは無いと思います」
「……ということは、ワインを用意していなければ、我々もシャルロットから失神させられたということだろう。だが、この偶然は使える。かなり使えるぞ!
私の求愛を拒んだ小娘が最後に私へプレゼントを残してくれたということか!?
はっ! なんとも気が抜ける話だな」
……あ、あれれ?
この会話の内容は々……。
つーことは、グレイに裏切られたのか?
いや、いや、どうも僕は初めから利用されていたのかもしれない。
しかも、身体の自由が効かないことも仕組まれていたのだろうけど、このまま意識があって、動けないなんて拷問だよ。
「さあ、グレイ、私は約束どおりにしました。
上手くいったのですから、愛する私の息子、アリエスを返してください」
「ふふっ、焦るなナターシャ。アリエスはちゃんと返してやる。だが、それは今ではない。
私の計画が無事に完了した時だ。
それまでは2度とそんな詰まらない話はするなっ!
それにグレイと呼ぶのは今のが最後だ。
今後は『様』か、『閣下』と呼んでもらおう。
何と言っても、私は次の為政者となる身、お前の生殺与奪をどうにでも出来る立場にある。
それが嫌なら、この倒れているメイドとシャルロットのことをお前がしでかしたことで処理しようか?」
「…………わかりました、グレイ様。
アリエスの話はもうしません。ですが、シャルロットはどうするおつもりですか?
実の息子、アリエスの命と引き換えに手を貸してしまいましたが、この子は、シャルロットは私にとってアリエスの次に大切な子供と思っているわ。
まさか、本当にこのままなんてことはしないでしょうね」
ああ、アリエス兄様のためだったのか。
それは、ナターシャ様の弱みだから仕方ないかもな。
でも、ちょっと酷くないか?
「ナターシャよ。それは心配し無くても良い。
何故なら、お前には関係無いことだからだ。
この女は生きていることに価値がある。
これ以上無いほど、私が自ら着飾らせてやる。
ふふっ……しかし、シャルロットも馬鹿な女だ。
素直に私の妻になっておけばこんな目には遭わなかっただろうに……。
いくら待っても将来の約束もしてくれないとは、温厚な私といえども我慢の限界を超えてしまった。
それがシャルロットの運の尽きということだ。
どうせ、このままシャルロットの身体は動かない。
それに私の妃になる宿命からは逃れられないのだからなぁ。このままの姿では哀れとは思うが、もし治す薬があったとしても、シャルロットの性格を考えると、治癒して自由にしてやるなんてことは出来ない。
もちろん、私はシャルロットを愛している。
本当に愛という言葉では語りつくせない。
だから、世継ぎだけはシャルロットに産んでもらう。そして、世継ぎは大切にする」
「そ、そんなこと……。
それでは、あなた様の自己満足のために無防備なシャルロットを無理矢理犯すということですか? そんなことは皇帝が許しませんよ!」
「お前はまだこの状況を解っていないな。
私が部下を呼ぶと即座に犯人になるのはお前だが、それでいいのか? お前が今の言葉を撤回して、私に謝るのなら、許してやってもいいのだが……。
そうだな、今なら、シャルロットのせいにもできるが……? さて、どうする?」
「………………で、出過ぎた…言葉を、お許しください」
低いうなり声が聞こえてくる。
嗚咽を我慢しているのだろう。
やはり、ナターシャ様は優しい方だった。
しかし、僕の運命も決まってしまうみたいだな。
身体が動かずに、なされるままとは生き地獄と言っても過言ではない。
もしも子供が出来ても母親がこんな状態なら、可哀想過ぎる。
前世の親無しの暮らしの寂しさを我が子に味あわせることになるのなら、そんなのは嫌だよ。
僕の運命を変えるのはもう諦めるから、せめて子供を抱きしめて、色々なお話を聞いてあげたいし、話してあげたい。
母親としての最低限のことだけはしてあげたい。
なんとかならないだろうか?
……ならないだろうけどね。
「ふふふっ、まあよい。
お前にはまだやる事がある。
来月に私とシャルロットの結婚式の準備をしてもらわねばならない。
そうそう、皇帝は私室で病で動けない。その皇帝から代理人としてシャルロットを指名すると勅命があったが、それを知るものは私と侍従長のみ、シャルロットがこの様な有様なら、表面的に次点は皇帝の正妻のナターシャ、お前になる。だから、皇帝の紋章は使い放題とだけ言っておこう」
「それで、私は何をするのでしょうか?」
「なあに、私とシャルロットの結婚式の準備をしてもらおうだけだ。来月あたりの良き日にしたいが、それは任せる。それと我が妻の世話をしてやってくれ。
しばらくすると少しずつは動けるようになるから食事やトイレの心配は必要ない。
ただし、話したり、立ち上がったり、着替は出来ないから、お風呂も誰かに入れてもらう必要がある。
では、替わりのメイドを呼ぶからここは任せた」
カツンカツンという音が聞こえると、ドアを開けてて出て行く。この靴音はグレイだろう。
サラッという衣擦れの音が聞こえた後に僕の身体は抱きしめられていた。
髪を手櫛でとかしてくれながら、頬にポタポタと雫が降ってくる。これはナターシャ様の涙なのだろうか?
「シャルロット、ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい…………」
延々と僕に謝るナターシャの声は聞こえるのだけれど、身体の痺れで全く動けない。
ナターシャ様がしたことは許せないけど、状況が解ったから、責める気はない。
それを伝えられないもどかしさで嫌な気分になる。
それに今はどうもそれどころではない状況みたいのようだ。こんな状況下であるけれど、グレイが放つ言葉には、小さな身体の痛みより、胸に突き刺さるの痛みの方が痛烈に痛かった。
好きだと意識していたグレイのことを考えると、言葉は出てこない。
とても悲しい。
悲しすぎる。
こんなことは耐えられない。
そんな僕の意識を反映したのか、両目から涙が溢れ落ちるみたいに感じた。
更新が遅くなり、すみません。
ご無沙汰です。
プロット見直ししました。
更なる展開にご期待ください。




