第1章終了?
コンコンとドアがノックされ「どうぞ、開いてます」と返答すると『カチャ』っという音と共にギルバートが部屋に入ってきた。
僕はソファに座りながら、会釈してなるべく優雅な仕草を意識しながら前に座るように勧めた。
ルナは見つからないようにレースのカーテンの隅で待機している。
再びドアがノックされたので「どうぞ」と返答しながらギルバートに話しかけた。
ノックしたのは言わずと知れたアルテミスで、片手で優雅な仕草でティーセットを運んできてくれた。
アルテミスが入れてくれた紅茶を一口味わって、ギルバートが話を切り出した。
「王女様、ご用件がおありと使用人から伺いましたが? お聞かせ願えませんか」
息を切らしながら話すギルバートの姿を見れば、僕が王女ということ以外の理由があるように感じられた。
「ええ、そうですわね。まずは何から話して良いものかしら?」
僕は左手で小さな拳を握って口に当てながらギルバートから視線を外して横を向いた。
「ど、どうかされましたか? どうぞ、ご安心してお話ください」
ギルバートの言動は確かだが、何か違和感がある。
……そうか、本来ならば僕は睡眠薬で眠っている頃だからだろうか?
「ええ、それではお話しますが賊が入ったみたいです。それもお綺麗な方が……」
「えっ、賊と言っても我が家の周りには警備の者が配置されておりますゆえ、そのような事は決してありませんが……」
「じゃあ、その賊を捕らえておりますから、私のベッドをご覧ください」
そう言って、ベッドに近づくと大声を上げた。
「なっ、どうしたんだ? リンっ! リン起きろっ!」と呼び掛けながらロープを解こうと必至に頑張っているのだが、引っ越しのバイトを経験積んだ僕が直々に結んでいるから、生憎なのだが素人には解けない結び方となっている。
そしてとうとう腰にぶら下げた短剣を抜いて、紐を断ち切った。
リンの細い手首には赤く跡が残っているのがここからでも良くわかる。
しかし、あの女は僕に知っていながら眠り薬入りのワインを食前酒と言って平然と差し出した奴なのだから同情なんてこれっぽっちもしてやるものかっ!?
娘のロープを解いた後の僕を見るギルバートの目付きは異常にギラギラとしている。
やっぱり悪役はこうでなければ、やっつけ甲斐が無い。
とはいえ、勝てると決まっている訳でも無いのだが……。
「シャルロット王女様、これは一体どういう事でしょう? 少しお痛が過ぎたみたいですね」
顔面を紅潮させながら、低い声で僕を威嚇してながら近づいてくる。
「ギルバート様。いえ、ギルバート・フィズ・ルーセント男爵、私に対しての画策を仕組んだのは貴方ですね? あの眠り薬のことです」
「はあ? 何の事でしょう。さて、どんな証拠があるというのですか?」
ギルバートの紅潮した顔はそれを通り越してどす黒くなって来た。
それから、おもむろに腰に差した長剣を抜いて、僕に近づいてくる。
さすがに今度は本気だろうが、主役が殺されるならゲームオーバーな訳でここでは死ねない。
ちらりとベッドを見た僕の合図で、ルナがリンの口を押さえ、アルテミスが両手を背中に回して紐で括って固定し、リンの白い喉元に僕の短剣を押しつけているが、まだギルバートはそれに気付いていない。
「あちらを見てご覧なさい」
僕を睨み付けていた瞳には驚愕の表情が浮かぶ。
ギルバートの顔は自分の家の使用人が2人とも敵側に寝返っていることを知り、驚愕し青ざめ、更に放心状態になっている。よほどリンが可愛いに違いない。
もう長剣を握る手に力は入っていなかった。
まったく、赤くなったり、青くなったり忙しい人だ。こんなに顔に出るなら出世は縁遠いのも無理はない。
僕はしずしずとギルバートの横をすり抜け、リンの横に立った。
ルナに手を差し伸べると、ベッドの下に置いていた細身の剣を僕に渡してくれた。
その細身の剣をギルバートに向けて、高らかに宣告した。
出来る限り、威厳に満ちた態度を思い浮かべて、その姿を体現しながら、僕が知る思いつくままの貴族が発するであろう言葉を使っての宣告。
「私は、記憶を取り戻した。
我が名はシャルロット・フルール・アストラーナ。アストラーナ帝国の第1王女であり、皇位継承権第2位の身であるぞ。そなたの私への愚行は、即刻皇帝である父の耳に入るであろう。すなわち、男爵家は取り潰しとなり、貴殿の命もあと僅かであろう」
この宣告するときにラノベを読んでいて良かったと思うことしきりだったのは言うまでもないだろう。
僕の宣告にギルバートは長剣を落とし、力を無く両膝をついた。
……あっけなかった。
長剣をルナが拾って、僕に恭しい態度で渡してくれる。
なかなか演技派というところだろう。
なんだか、楽しんでいるような感じも見受けられる。
さて、ギルバートの処分だが、どうしよう。
この先を考えてはいなかったが、第1章のコース2つを潰すことは出来たと思う。
ならば、ギルバートはもはや敵ではなく、利用するのが得策と思われる。
ゲームの中での王女の普段の振る舞いからしても自由奔放であったから、ギルバート邸に潜むことも案の1つとして排除しない方が良いだろう。
眼前のギルバートは両膝をついたまま放心状態にあり、アルテミスが解放した娘のリンが寄り添って声を掛けているが、目は虚ろで廃人のようだ。余程ショックだったらしい。
そこまでショックを受けるのなら最初からするんじゃ無いっ!
僕はイライラが収まらないが、ここは大人の対応が先だ。交換条件で助けて恩を売ってやろう。
「ギルバート男爵。顔を上げてください」
僕は少し、優しい口調に切り替えて語り始める。
口を開けたままこちらを見るのは、放心状態のままということを物語っている。
リンもかなり怯えているのは、その処罰される理由を知っているからに他ならない。
「ギルバート男爵様。1つ相談といきましょう。なあに、簡単なものですわ。この男爵家と貴方様の命を守ることに比べるならば……」
「ルナ。何か飲み物を持ってきてください」
僕の習慣でもあるのだが、喧嘩で人が唖然とした後には、飲み物に口を付けると大抵正気に戻ってくれる。
それが、アルコールなら特に良い。適度のアルコールは身体ばかりか心まで解れる力を持っている。
そう思っていたところ、さすがと言いたい。
葡萄酒の瓶にグラスを持ってきてくれた。
放心状態が続いているギルバートをアルテミスとリンがソファに座らせると、僕自らが葡萄酒を注いだグラスをギルバートに渡した。もちろん僕の分も注いである。
「ギルバート男爵様。実を申しますと私はまだ結婚をしたくないのです。
ですから、私に協力して頂けるのなら今日の件は不問とします。しかも反対に私を保護してくれたと皇帝に名誉の報告をしますが、いかがでしょうか? 天と地の差があるかと思いますが……」
ギルバートは僕が注いだ葡萄酒を一気に口に流し込み、僕の足下に跪き、頭を床に擦りつけながら言った。
「このギルバート。シャルロット様の御意に従います」と。
それから顔を上げて、僕の靴の先に誓いのキスをした。
シャルロットの顔は微笑んだままだが、内心では『きったねーことすんな!』と叫んでいる自分がいた。