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えっ? そんなっ!!

 おかしい!

 なんかおかしい!!

 どことはハッキリは言えないが、どこか決定的な所が違う気がして仕方ない。


 そう思ったのは、昨夜の夢の中だった。

 ようやく滾ったお湯を眺めながら、ふと思い」出した。

 腑に落ちないとはこんな感じだろうか?


 いやいや、いまは時間も無いし、さっさとやっちゃおう。僕はポケットに忍ばせていた青い薬の瓶を取り出して、中身を確認した。あと、何回分なのかは分からない。でも、あまり減って無いようにも見えるんだが?


「おーい、ローリー 」と先輩メイドに呼ばれたから、ポケットから取り出して眺めていた瓶を慌てて開けて、やかんの中に大量に入れてしまった。もう青い薬は瓶の中に半分しか残っていない。これって、そのまま使っても大丈夫かな?

 お腹を壊すぐらいならまぁ、いいだろうけど……。


 この部屋で紅茶を飲むのはナターシャ様とグレイのみ。

 他のメイドにも念のため青い薬入りの紅茶を飲ませたいのだが、なにか特別なことが無い限り主人と同時にお茶を飲むことはないだろうから後から仕込もうと思っていた予定が見事に失敗してしまった。


 多分、残りの薬では足りないだろう。

 じっと見ると瓶に入っている残りが少な過ぎるのだ。




 くぅ……。

 自戒の念がこみ上げるが、いまはこの場を切り抜けることが大事だ。


 無理矢理笑顔を作り、「はーい」と返事をした目の前に表れたのは、副メイド長のリージャ様だった。


「ローリー、ナターシャ様が貴女をお呼びです。

 早々にこちらに来なさい。あとはこの子達がするから」と言った背後には2人の先輩メイドが不服そうに立っている。


 なんか、後が怖いのだが……。


「ほらっ、サッサと行きなさい」と背中を押されて、部屋の真ん中のソファの前に進む。

 それからソファに座っているナターシャとグレイに向かって丁寧にお辞儀をして壁際に立とうと思い動こうとしたのだが、それをグレイが許さなかった。


「ローリー、君は僕のメイドなのだから、僕の傍に控えていなさい」


 腕を引かれて、ソファの横に立たされたが、メイドとしては真横に立つとはあまりに無礼過ぎるため、一歩だけ下がる。グレイもそれについては何も言わなかったので、僕の居場所が固まった。


 しかし、この位置ではナターシャ様から話し掛けられてしまう可能性もあり、心中は穏やかとは言えない。

 無意識に早く退室することばかりが頭に浮かんで来てしまう。


 例えるなら、俯くことすら出来ない状況で、針のむしろに立たされている様な気分になっている。


 そんなことをぼんやり考えている時だった。

 やっぱりナターシャ様からお声が掛かってしまった。


「ローリー、お久しぶりですね。

 貴女はグレイ付きのメイドですが、ここではグレイ同様にお客様として扱いましょう。貴女もご一緒しませんか?」



 えっ……?!



 そんな、いきなりですかい!



 首をフルフル振って、指でバツ印を作ったのだが、主従関係を壊すことなど出来ない状況下において、グレイからの手招きには抗えなかった。



 おずおずとグレイの横にちょこんと浅く腰掛けたが、グレイに僕の背もたれをポンポンと叩かれ、その顔をチラ見した時に観念した。

 あの異様にニコニコと笑っているグレイには恐怖すら感じたよ。


 観念して深く座り直すと、両者共に満足気な顔になりやっと僕から目を離してくれた。


「ナターシャ様、本日は特別な日なのですよ。

 本人を驚かそうと思いましたので、突然の来室を快諾して頂き、ありがとうございます。


 実は今日はローリーの誕生日なのです!

 ですから、ナターシャ様を始め、ここに居るメイド諸君にも祝って頂きたいのですが、ナターシャ様、如何でしょうか?」



 ……えっ!

 グレイさん、聞いてねーよ!

 いきなりは無いんじゃないか?

 ちろりとグレイを睨むと、グレイほ勝ち誇った顔でウィンクしてくる。

 この顔は前世なら、ドヤ顔というのだろうね。

『してやった』というのが顔に書いてある。



 咄嗟に否定しようかと考えたが、主人の言葉を否定する下僕など、貴族社会にはあり得ない。

 ここはやんわりと誤解を解くことが賢明だろう。


 さて、さて、どうしようかな?

 試行錯誤している間に、僕の考えはまとまったのだが……。時、既に遅しということ状況になっていた。



「あらあらっ、そうなの? それはとてもおめでたいわ。ねぇ、グレイ、そんな大切なことは早く言いなさい。私も大賛成だわ」


 満面の笑みでナターシャ様が僕を見つめる。

 いつシャルロットとバレないかヒヤヒヤする。

 穴の開くほどじっと見られるのが苦痛となり、恥ずかしい顔をして俯くが、ナターシャ様の言葉はまだまだ続いた。


「では、ローリーおめでとうございます。

 つい最近、貴重な葡萄酒をダバン方面の辺境の伯爵から頂いたので、折角のお誕生日なんだからローリーにも飲ませても良いかしら? どうグレイ?

 もちろん反対しないわよね!


 いまクッキーぐらいしかないけど、ケーキを用意させるからローリーは寛いでいてね。今日は貴女が主役だわ。じゃあ、乾杯しましょう。

 他のメイド達には悪いけれど、ケーキを色々と準備してもらわないといけないから、葡萄酒の代わりに紅茶で我慢してちょうだい。さあ、早く始めるわよ」


 あれよあれよと僕の考えを抜きで色々なことが決まっているのだが、……まあ、どうメイドに紅茶を飲ませようとかと考えていた僕には渡りに船かも知れない。

 ここは、話を合わせよう。


 ナターシャ様の指示で僕はソファに座ったままなのに着々と準備が進んでいく。

 最後に何処から持って来たのかわからないが、ご立派なホールサイズのチョコケーキが僕の目の前に用意され、ハッピーバースデーの歌が歌われている。


 ケーキは美味しそうだし、メイド達に薬を飲ませることが出来たけど、肝心のナターシャ様には飲ませることが出来ないみたいだ。


 ここは仕方ないから、次のチャンスをものにしよう。

 膝の上で華奢で可愛いらしい自分の手を握り、ぎゅっと拳をつくる。


「さあ、蝋燭を消してください」のナターシャ様の指示で、僕は一気に蝋燭に灯った火を消した。

 お約束よろしく、火が消えると割れんばかりの拍手が鳴り響く。その後のグレイのお祝いの言葉が乾杯の音頭の代わりとなり、みんなが僕を祝ってくれた。


 なんだか、前世の施設にいる時のように皆が僕1人を祝ってくれている。かなり久々で、それでいて未だに慣れない儀式だ。多分、グレイとナターシャ様は喜んでくれているだろうけど、他のメイド達は表面的なだけだろう。


 メイド達が紅茶を飲む姿を確認してから僕も葡萄酒に口を付けた。


 その直後に視界が暗転し、僕のこの世界での人生観も一変してしまうことになった。

皆様、今年もよろしくお願い致します。


更新が遅れちゃいました。


そして、展開が変わります。


では、では、また次回の更新で!

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