あいつの魅力?
ナターシャ様の部屋からグレイに強引に手を引かれて連れ出された。
ドアを出る際、僕を見るメイド達の視線に言葉では表せらせない嫉妬や恨みがこもっていて、それが心に突き刺さる。
そして、悲しそうなナターシャ様の表情が心に焼き付いている。
確かにナターシャ様の言動は変わっていたし、こんなに強気では無かったけど、あの別れ際の表情は前に見たナターシャ様そのものだった。
「はい、どうぞお寛ぎください」
ふとグレイから声を掛けられた所は見慣れない場所だった。広くはあるが、豪華さは抑えられていて、機能的な部屋にいつの間にか連れて来られていた。
「ここは?」
「人払いしていますから、普通に話されて結構です。
ここが私の執務室です。
シャルロット様が訪れるような所では無い殺風景な部屋ですが、ここでは誰にも話を聞かれません。ですから、安心して今後のことを話しましょう」
グレイに言われてから、周りを見渡すと広々とはしているものの生活感は感じられないし、小綺麗であり几帳面な性格だと思える。
ついでに女性っ気も全く無いみたい。
「何にも無くてつまらないですか?」
さらりと言って軽くウィンクするグレイにグッときたのだけれど、赤くなるのを避ける為に少し意地悪になってしまう。女心とは複雑なのだ。
「小綺麗なお部屋で感心したわ。でもね、グレイ。ナターシャ様に私があなたの婚約者って、ウソを言わないでよ。それに、このメイドは僕の所有物的な発言も言い過ぎだわ」
「ええ、確かに言い過ぎてしまいました。
それは認めましょう。
でも、本当のことにしてしまうなら、ウソにはなりませんよ。よーく覚悟しておいてください」
悪戯した子供のようなグレイの顔は、先程の凛々しさとかなりギャップがあり、不覚にもギャップ萌えを感じて赤面してしまう自分がいた。
「ふぇっ! もっ、もう、知りません!」
プンプン顔になりながら、横を向いたがチラリとグレイの横顔を確認したのは言うまでもない。
更に、その横顔の満足そうな顔が小憎らしい。
……ちょっと嬉しいんだけどね。
グレイの執務室の中に小さいながらもキッチンがあるのを見つけて、いそいそと勝手に2人分のティーカップを用意しながら適当にお茶の用意を始めたのはいいけれど、いつもは誰がこの役をしているのかが気になって来た。
グレイの事を、とても意識しているのがよく分かる。
心を落ち着けるためにしていたお茶の用意が反対に嫉妬心という僕には無縁な気持ちを起こさせた。
これでは、ミイラ取りがミイラになってしまったとしか言いようが無い。
…………自分の気持ちに素直になってしまおうかな?
それがきっと楽なんだろうな。
でも、それは今の状況を終えてからでも遅くは無い。
それに、グレイには本当の僕のことを話さず、本当の僕を隠して婚約することは…なんだか裏切る感じがして、嫌な気持ちが残るんだろうな。
なら、いっそ話してしまおうか?
いやいや、頭がおかしいとか思われて嫌われてしまうのもいまは避けたい。
フラれるのなら、自由の身になれる時がいいに決まってる。だから、もう少しの辛抱だ!
「はい、どうぞ」
何という茶葉か知らないが、流石に公爵家の跡取りだけあって、良い香りが立ちこめる。
グレイに差し出した手が微かに震えていたことが不覚だったけど、グレイは気付いただろうか?
「ありがとうございます。
まさかシャルロット様からお茶を淹れて頂くなんてことは想像出来ません。
これが日常的なことになるというのなら、世の中の男共からさぞかし恨まれてしまうことでしょう」
なんてことを言いながらも、美味しそうにお茶を飲んでいるグレイに対して、『お茶ぐらいいつでも淹れて差し上げても構わないわ』って思わず口にしてしまいそうな自分の衝動に怖くなってしまう。
「いえ、そんな……。
私こそ、さっきナターシャ様のメイド達から睨まれていたのはご存知ないでしょう?
公爵家が復活してからずいぶんと生活が一変したことでしょう。あなたは、今でも誰も許嫁はいないのですか?」
「ええ、お話しはかなり多くなりました。
そして、全て断っています」
「あらあら、それは大変でしょう?
何度でも諦めない方もいらっしゃるでしょうし……」
「いえ、そうでもないですよ。
私は、シャルロット様の返事を待っていると答えると誰も後はしつこくは無かったですよ」
「……私を言い訳にはしないで欲しいわ」
「いいえ、事実ですし、シャルロット様の返事を待っている身としては、ついつい言葉に出して確かめてみたくなるのですよ」
「…………ごめんなさい」
「責めてなんかいません。
今もこうして、私を頼ってらっしゃることがとても嬉しいということだけは知っていてください。
返事は、帝都の平穏が再び訪れるまで私は待ちます。
じゃあ、そろそろ話を変えて作戦を練りましょう」
「ええ、そうね。
私も言いたいことが結構あるし、それにあまり時間が無い気がしているの」
「おや、偶然ですね!
確証はありませんが、時間が無いとは、私も感じていたことです。では、まずは私が集めた情報から話しましょう」
グレイはそう言った後、机の引き出しから一枚のメモを取り出して、僕の前に置いた。
その言葉は、アストラーナ帝国の文字ではなく、見慣れない文字がびっしりと書かれていた。
旧ダバダ文字の類だろうか?
教科書に載っていた歴史上の文字にしか思えない。
「満月の夜に作戦開始と書いてあります。
とは言っても、一部だけですが……。
全ては解読出来ていませんが、満月の夜に何かが起こることは確かでしょう。だから、もう時間が無いのです」
次の満月は、あと10日も経たずにやって来る。
正確には9日と半日となる。
ここに書かれたことが本当なら、アストラーナ帝国の危機が迫っているということだろうが、いかんせん実感が湧かない。
「私はダバンがこの国に攻めて来ると思っています」
グレイの口からは、平然と怖い言葉が水が流れるように淀みなく話された。
しかし、他国が侵略して来るなんて、あまりにも現実的に思えず、僕は聞き返すことすら出来なかった。
なんだか、ラブコメみたいですね。(笑)




