お話は気分の向こう?
久々過ぎる更新ですみません。
急展開ですね!
「ねえ、グレイ? きいてるの?」
「はっ、ご…す、すみません」
ボーッとしているグレイの横顔に僕は質問を投げかける。
「グレイ…?」
何かを思い詰めた顔をしているのがよく分かる。
グレイともあろう武人が気持ちを顔に表すことは稀だろう、そうでなければ勤まらない。
何があったのか、気になってしまう。
そう思いながら、身を乗り出してグレイの顔を覗き込むと、予期せず目が合ってしまった。
軽くサービスして微笑んでから、元の態勢に戻ろうとした時、グレイは急に僕の顔を見つめるなり、いきなり左手の手首を握り自分の方に引き寄せ、強引にキスというものをされてしまった。
「あっ……」
この一言だけを放つのが精一杯だった。
「…………………………」
くぅ、まさかの展開だ。
「ぐ、グレイ?
いまのは何かの間違いですわよね?
いままでの労いに、こ、この事は黙っててあげるし、明日には忘れるから、あなたも明日までに忘れて放してください」
抱き抱えられた態勢で、身を硬くしてショックに耐える。
それでも俯きながら、溢れる涙を我慢出来ずに流れ始め、シャルロットという名の僕の足下に小さな水溜りが形とられる。
そして、震える唇でグレイに伝えた言葉は、意味をなさなかった。
「シャルロット様、私は忘れることはありません。
もういい頃でしょう。
私も心を偽ることに…疲れました。
好きな女性に気持ちを伝えて、それを忘れることなんて出来ません。
……シャルロット様が、誰とも婚約されない理由があるのは、うすうす分かってはいました。
しかし、この私の気持ちも分かっていただきたい」
きっぱり言われてしまうと、グレイの言いたいことも理解は出来るし、納得もいく。
しかし、シャルロットの中にある前世からの記憶を持つ僕の気持ちとしては、『はいそうですね』とは簡単には応えられない。
だけど、将来のことを考えると捨てがたい選択肢とは思えるのだが、あと少し時間が欲しい。
生まれてからこの時まで、女性として生きて来たのだから、グレイの申し出を嬉しく思わないことは決してない。むしろ、正直に言うならとても嬉しい。
……厄介な前世の記憶を封印し、新たな道を進む方が良いのだろうか?
そちらの方が容易く人生を謳歌出来るだろうし、悩みも少なくて…。
ん? ………………コレって、攻略なのか?
焦るな、俺!
ココで折れるとゲームオーバーとなるのではないか?
ならば、キスの1つぐらいで済んだという考え方もある。
…………そう、あるんだ。
「グレイ、わたくしを放してください」
声音に力を込めて、きっぱりと伝えるとグレイの腕の力が緩み、解放された。
右手の人差し指で両目の涙を軽く拭って、グレイの顔を真正面に見据えていまの気持ちを伝える。
「グレイ、先ほどの言葉は正直、嬉しく思いました。
しかし、アストラーナ帝国がこのような中では返事は出来ません。
全てのことをひととおり、終わらせてから私の答えを言うわ。
それで、いい?」
「分かりました。でも、私は私がしたことに対しては謝りませんし、忘れません」
これまたきっぱりと僕に向かってグレイは胸を張って答える。この言葉に僕の泣いた顔に少しばかり笑顔が戻った。
何というか、グレイがこんな感じだから、グレイに惹かれるのだろうと思ってしまう自分の気持ちに、やっぱり自分は女性であるということを自覚をしてしまう。
つまり、笑みも苦笑いを含んだ笑となる。
「そうね。それでいいと思う。
私が王女だから謝るのなら、そんな人は私の側にはいらない。
王女ではなく、私を私個人として見てくれて、扱ってくれる方がいいもの。じゃあ、本題に戻りましょう」
それから僕はキッチンに向かい、気分を落ち着かせるために紅茶を自分で用意して、グレイのもとに戻り、話を始めた。
グレイには色々と聞きたいことがある。
特に、父王の様子やお母様のことまで多岐に渡る。
グレイと話しながら、疑問点を潰していこうと思ったのだが、不思議と怪しい点が無いと思ってしまう。
だけど、怪しい点が無いことが怪しいのであり、突き詰めていうと、やはり身内の誰かが故意にしたことと特定される。
この結論にならない様に、色々な角度から検討しているのだが、そんな苦労も虚しく疲れるだけに終わり、後は内部の人間の特定だけという作業が残った。
これからが本当にキツイ作業となる。
身体はどうもないけれど、心が張り裂けてしまうかもしれない。
だって、父王とお母様の両方に簡単に会える方は唯ひとりしかいないから……。
「シャルロット様、もうお分かりでしょう?」
僕はコクリと頷くしかなく、そのまま無言のうちに溜息だけが口から出てしまう。
「フゥ〜、そうね。ちょっと考えてみたいから、悪いけどひとりにさせてください」
「了解しました」
グレイの返事も歯切れが悪い。
グレイが部屋から出て行ってから必死に考えた。
何回も何回も繰り返して考えたのだが、ひとりしか思い浮かばない。
やはりナターシャ様しかいないのだ。
お母様に会えるのは、メイドから執事を含めるとかなりの人数になるのだが、皇帝に常に会える立場といえば、メイドも執事も無理な話となる。
王宮以外に住む貴族達も論外になってしまう。
そうなると、残りは僕の身内となるが、お母様のリーナは自動的に外れるし、僕ではない。
あとは、ナターシャ様となるが…………。
本当はこれも釈然としない。
しかし、僕を追放してお母様には病気させることで、利益が有るのはナターシャ様のみとなる。
お母様の実家である侯爵家とナターシャ様の実家の公爵家は派閥的に相反する立場だから、本来は2人が仲よさげにしていたこと自体が間違った認識だったのかも知れない。
子供の僕には分からない女の戦いがあったのかも知れないが、嫡男たる兄上がナターシャ様からお生まれになって、それが影に隠れたのだろうか?
そこに僕という緩衝材が入って、表面的には友好ムードが固まっていた可能性もある。
その嫡男の追放を機に、ナターシャ様が動き出された可能性も排除できない。
ナターシャ様もまだ若くていらっしゃるから、お母様と僕は邪魔者になっていたことだろう。
ただ、あのナターシャ様の優しさは、偽りとは思えないという思いが僕には強く根付いている。
僕に甘かったもうひとりのお母様。
淹れただけで、一口も口をつけていない紅茶は既に冷たく、香りも消えてしまっていたが、喉を潤すには充分であり、はしたなくもゴクリと喉を鳴らして一気に胃に流し込んだ。




