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こっそりと!

 リーナが寝かされている病棟には、特別な許可がなければ、会いに行くことも出来ない。

 父王とグレイとの密談の中で、僕の役目は母の看病に決まった。


 自分の部屋には、あまり戻らない事で、適度に快適な生活が出来るし、不審な者の出入りは見張られているから容易に出来ない。

 しかし、このぐらいの理由なら、こじつけでお見舞いと言いながら、病室にやって来ることも可能であるから、用心してリーナの病は流行り病という噂を流すことに決めている。


 この世界では、疫病はとても怖いものとなっている。

 なんせ、中世をそのまま真似しているみたいな設定なのだからね。


 しかし、このゲームの中で特筆すべき点は、キャラのデザインが素晴らしいことだろう。

 僕は別格だが、綺麗どころが揃っているし、美男子しかいない。


 小汚い、物乞いも偶に笑う時に見せる歯はキラリと輝き、着る物を与えるだけでエセ王子となれることだろう。



 普通にゲームキャラで十分に満足出来たのに……。



 ということで、僕が疫病のリーナの世話をするなら、誰も近づかないだろうし、近づくなら疫病が僕にうつる前、早めの接触だろう。


 一旦、僕がリーナの部屋に入り込むと、なかなか近づく事は出来ないだろう。


 そんなこんなで、自室の部屋着をルナに用意させて、アルテミスにはお見舞い用の花を準備して貰う。


 ドアがノックされ、「どうぞ」と返事をするとグレイが姿を現した。

 ルナとアルテミスが用意してくれたものを僕が抱えると、「さあ、行きましょう」と言って僕が重そうにしているが、持ってくれそうな仕草は全くない。


 それどころか、多少、言葉使いが不遜と思える。

 まあ、僕の地位は父王から通達されていて、罰を与えるというお触れが王宮の中、全てに伝わっているから、辻褄は合っている。


 だが、それでいいのか?

 とても重いんだけど……。



 廊下を歩きながらもブツブツとグレイに聞こえるように文句を言う。


「あーあ、昔のグレイは優しかったわよね。

 私が罪人になった途端にこんな掌を返すだなんて、少しも思わなかったわ。

 私のか細い手がゴツくなってしまうわ。

 ああ、私の優しい王子様は何処なの?」


『ドタっ』という音が聞こえたので、チラ見するとグレイが廊下に片膝をついている。

 どうも、躓いたみたいだ。


「もう、いっその事、何処かの国に嫁ごうかしら?」


 再度、ド派手に『ドテッ』との音が聞こえた。


 瞳を潤るるんとさせて、グレイをチラ見すると、躓いた後、そのまま立てないでいる。

 グレイの背後に控えている騎士団も慌てて、手を貸そうとしているのだが、グレイはそれを拒んで、僕の顔をじっと見つめている。


 したたかさという武器がいつの間にか身に付いた僕は、グレイから正面に顔を向ける際、一粒のポタリと涙を零した。


「うっ…………」


 グレイからの呻き声が聞こえたが、そのまま無視して前に進む。

 僕としても少しは意地悪がしたかった。

 というより、やはり構って欲しかったという方が正しいだろう。


 アズール皇国のイザールとフィズ嬢の仲よさげな雰囲気に憧れを持ったことを今更ながら実感する。

 もう少し、自己を抑えられるのなら、僕のこの世界での生活も豊かなものになることだろう。


 再度、グレイをチラ見する。

 やはり、意識していないが気になってしまう。


 グレイは胃の辺りを押さえながらも、何とか僕の後ろから付いてきている。

 相当、精神的に参ったみたいに思えるが、僕を落とすのならこのぐらいは軽く乗り切って欲しいもので……、って…僕は何てことを考えているのだろうか?


 ごめん、グレイ。

 きつかったよね。

 僕としては、気はあるけれど、あなたとどうこうなりたいとは…まだ思えない。


 そう、まだ……、少しはグレイに傾いていることは自覚しているし、でなければあんな愚痴は言わない。




 そして、無言の行進は終わりを告げた。

 僕の部屋とは反対側の建物で、中庭が良く見え日の光をいっぱい浴びる部屋の奥にに、僕の訪ね人はいた。

 この建物に入る際、警備兵から呼び止められたが、僕の一瞥で説明など必要無かった。


 グレイから案内を依頼された1人が僕より前を歩く無礼を謝り、再び無言の行進が始まる。


 奥の突き当たりの角部屋に無事に到着すると、案内役は逃げ出す様に僕の側を退いた。

 たぶん、流行り病の噂を聞いているのだろう。


 王宮の中には、何とも情けない兵士がいるものだ。

 もっと骨がある若者を選定する必要がある。

 いつか、父王に進言してみよう。


 扉を開けると、華やかな天蓋付きのベッドの中に横たわるリーナの姿があった。



 …………目に見えて痩せ細っている。


 しかも、僕が来た事に気付いてさえいないようだ。


 僕は、手に持った荷物をその場に置いて、リーナのもとに走り寄り、リーナの顔を覗き込んだ。


「お母様、シャルロットです。お母様!」


「あっ、あなたは、新しい侍女ですか?」


 くっ、僕の事も覚えて無いし、まさか耳が聞こえてないのか?


「グレイ以外は、お下がりなさい。

 もう、ここまで来たなら、私は逃げられないわ!

 王妃の娘としての世話をするから、邪魔しないでください。

 あと、グレイは父王に伝えていただきたい最後の言葉があるから、少しだけ残ってください」


 そう言って、周りを見ると誰も侍女がいない。


 ……そう来たか!


 かなり僕も怒りを覚えて来たよ!


 グレイ以外の騎士がドアから出て行くと、僕は洗面所でコップに水を入れて、グレイに渡した。


 それから、ペンダント代わりに首に掛けていた小瓶を取り出して、蓋を開ける。

 ミーシャが僕にくれた大事なお薬だ。


 無言で、僕が一粒口に入れてコップの水で流し込む。

 緑色の小さな錠剤は、かなり苦い。

 もう一粒取り出して、グレイの手にそっと置いて、頷いた。


 グレイは少し躊躇っていたが、薬を口の中に入れると、コップの水で一気に流し込んだ。



 ……あ、あれは……、間接キスだー!



 う、うかつでした。


 幸いなことに、当のグレイはそれに気付いてないのがせめてもの救いだろう。


 それから、グレイにも帰って貰った。

 明日、また来るという言葉だけを残して、スッと扉が閉められると、リーナお母様と僕の2人だけの部屋になってしまう。


 さて、効くかどうかは分からないが、お母様にもミーシャの薬を与えて様子を見よう。


「お薬を飲んでください」とお願いすると、抵抗もしないで素直に飲んでくれた。

 無論、苦そうな顔はしているのだが……。

 薬を飲んだ後は、お母様は眠りに就いた。

 僕も今までの疲れがどっと押し寄せてきたのか、眠くなってきた。


 お母様のベッドがキングサイズを遥かに超えた広さなので、甘えて片隅を借りることに決めた。

 明日には、お母様が少しでも良くなっているなら嬉しいのだが……。

 そう思っている内に、僕はいつしか眠りについていた。

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