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侵入?

 朝靄の中に僕の姿を捉えた門番から声を掛けられた。


「待て、そこの娘」


 威圧的な言葉の強さを込めた言い方で、如何にも王宮に仕える者という高飛車な奢りが感じられる。


「それは、(わたくし)に仰ったのですか?

 それとも誰かと間違われたのでしょうか?」


 朝靄の中から、僕の姿が次第に現れたのだろう。

 門番の顔から血の気が引いたのが分かる。


「いえ、姫様ではありません。

 他に影が見えたので……」


 震えた声で僕に報告する。


「まあ、そうだったの。目が覚めるのが、早かったから裏門から出て散歩してたのよ。驚かせてしまったみたいで、ごめんなさいね」


 恭しく頭を下げる門番に対して、言葉を投げかけた。


「私は早く部屋に戻らなければ、侍女から怒られるから、門を開けてください」


「ハッ!」と返事が返され、重厚な扉が開いた。


 やはり、僕が罪人ということは伏せてあるようだ。

 国民に人気がある王女を罪なく処罰することは得策では無い。

 それは、父王も理解して動いているということだろうが、宮廷騎士団にどの様な指示を出しているのかはさすがに分からない。

 宮廷騎士団は、王宮を守るだけでは無く、王族の特務を受ける特殊任務も含まれている。

 だから、ここから先は危険な場所と認識しておかないといけない。


 しかし、幸いなことに、ここまでは計算どおり。

 本番はこれからだ!


 毅然とした態度で門をくぐり、広々としたエントランスを通り抜けて、階段を上るところで……見つかった。



 ……豪奢な金髪の優男。


 久々に見るグレイは、やはり素敵である。

 それは、事実であるから否定できない。


「シャルロット様」


 足早に僕に駆け寄り、両肩に手を置いて、ただ僕を見つめている。


 ああ、彼は僕のことが本当に好きなのだと感じる瞬間であり、それと共に困る瞬間でもあった。

 たぶん、僕のことを抱き締めたいのだろうが、それをなんとか自制している。


 ここで、本来なら我慢している彼の替わりに僕から抱きつく場面なのだろうが……。


 やっぱりそれは出来ない。



 グレイが肩に置いた手に、力が入り震え出している。

 段々、自制が効かなくなって来ている様だが、なんとなく、その気持ちは理解出来る。



 …………そう、好きな人に触れられない切なさや好きだけど、それを言い出せないもどかしさ、遠くからしか見守れない自己嫌悪、昔の僕の気持ちが今の自分の心には刻まれている。


 グレイが置いた手に更に力が込められ、僕も耐え難くなって来た。


「グレイ、痛いわ」


 そう言うと、グレイはハッとして僕の肩から手を離した。


「シャルロット様。申し訳ありません」


 僕に謝る声音もまだ緊張しているみたいだ。


「グレイ、ただいま。

 知ってのとおり、罪人となったわたくしめは、逃げ出したにもかかわらず、舞い戻ってきた訳なのです。

 外の暮らしは大変だったわ……。


 それで、私はどうなるのかな?

 もう逃げないのだけど……。


 ご飯も食べられないなんて、生きていけないわ。

 父王様はご立腹でしょうね。

 ……ああ、私は父王様から殺されるのかしら?」


 僕が話し終えた瞬間、いきなりグレイが何かを感じて、僕を自分の背中に隠すと同時に、近衛師団の小隊長の階級章を付けた精悍な男が現れた。


 グレイに簡式の敬礼をすると続け様に報告を始めた。


「グレイ閣下、本日早々に手配中のシャルロット様の様な女が門番に話し掛けて、この王宮に入り込んだとのことです。

 女の足取りは調査中ですが、一応お耳に入れておく様にと中隊長からの指示がありました」


 グレイは鷹揚に頷き、城内での任務が無い者全てを城の周りを捜索する様に指示した。


『……シャルロットはここに居るのに』とグレイの背中に隠れている僕は頭の中で思ってしまう。


 今もグレイは僕の味方なのだということを確信する。


 小隊長が急ぎ、伝令を伝える為にこの場を去ると、その場でしばらく時間を潰してからグレイは僕の手を握り、一目散に奥へ奥へと突き進んでいく。


 近衛師団だけが使う秘密の通路の様だ。

 この通路のことは聞いた事があるのだが、まさかこんな形で使うとは思ってもみなかった。


 そして、辿り着いたのは僕の部屋の中だった。

 タンスの裏から進入路が作られている。


 ……つまり、夜這いも出来たということだろうね。


 ……危なかった!!


 ホント唖然としちゃうわ!


『バンっ』という音と共に、僕とグレイがクローゼットの中から現れたので、部屋の中が一時騒然となったのだが、グレイと僕の組み合わせと認識すると自然と静かになった。


 ……侍女の間では、僕とグレイが引っ付くと噂になっているらしいから、あまり驚く要素は無い様だ。

 それ以上に興味深々に僕達を観察している。


『何にもしてねーよ!』と心の中で愚痴るのだが、それに気付くと思わず自嘲気味の笑いが込み上げる。


 ……なんとかなって来た。


 そう、今は文句を言うと心の余裕が出来て来ている。


「皆の者に告ぐ。

 シャルロット様をこちらで軟禁することにした。

 帝王様からの命令である。

 なお、この事は他の者には内密にしておくこと。

 これは近衛師団でも上層部しか知り得ない事だから、誰かに話すなら、それなりの覚悟でいるんだな。

 まあ、そんなバカな奴はここにはいないと信じているが……」


 そう言った後に、僕を部屋の中に置き去りにして出て行った。


「鍵を掛けておく様に」という言葉を残して。


 部屋の中を見渡すと、知った顔ばかり。

 懐かしいやら、嬉しいやらで、安心感を感じる。

 ルナもアルテミスも元気にして、まだここにいてくれている。


 ソファに座ると、早速アルテミスが僕の好みの紅茶を用意してくれて、いつの間にか気分は敵陣の中にいる事を忘れてしまう。


 これで、第2段階までは漕ぎ着けた。

 あとは、父王の呪縛を解いて、真犯人を見つけるだけだが、今の気の緩みのままではかなり危ない。


 しかし、ここはここで既に多くの思い出があることに気付いてしまう。

 色々と頭の回転を速めたが、気疲れからか、結局は眠くなってしまい、そのままソファで眠ってしまった。

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