いてーよ!
擬音に例えるのなら『グサっ』って感じで、ジャックナイフが尻尾の先端の鱗の一枚に突き刺さり、そのままスッと軽く引くと、鏡面の様に切られた面が光っている。
「いったーい。ホントにいてーよ!」
大きな目玉には大粒の涙が溜まっている。
やっぱり、可哀想なことをしてしまったという気持ちが多少なりとも起こるけど、後悔はしていない。
結果、コップ二杯分の血が流れて来たから、それをお鍋に入れて、ドラちゃんの傷を薬草で覆った。
「なんで、お前はそんなナイフなんかで俺を傷付けることができたのか?」
非難する様な意地の悪そうなジト目で僕を見ているが、ややこしいから説明をする気はない。
偶には、ハッタリでも使うかな。
「ごめんね。私はアストラーナ帝国で剣姫と呼ばれる事もあるのよ」
心の中で舌を出しながらの作り話しだが、実際にそう名乗っても誰も文句は言わないだろう。
しばらく戦闘から離れているが、いつでも先陣を切る覚悟は出来ているし、たぶん誰にも負けない。
だって、僕は主人公なんだし、この世界の目的が僕の攻略ならば、僕を殺すことは無いはずと思っている。
「早く言えよ!」
辛そうにしているドラを見ると次第に気の毒になる。
なんかいい知恵は無いだろうか?
病人を元気づけるなら、ご馳走だと思うが、さっき食べてしまったから池の中は空っぽになっている。
……無言で、ミーシャに視線を移して助けを求める。
ミーシャも分かってくれたみたいだが……。
「お姉さま。森の奥には大きな湖があると聞いています。そこで、調達してはいかがですか?」
いい考えだ。
実にいい考えだと思う。
華丸をあげたいところだが、生憎、僕は魚釣りをしたことが無い。
「こほん。えーっと、なんか誤解が有りましたね。
私には、お薬の調合が出来るのです。
だから、魚が痺れるお薬で浮いて来た所を捕まえるという訳ですが……」
「ねえ、魚を捕まえるのは、当然、あたしでしょう?
魚臭くなりたくはないわ!」
両手で顔を覆って泣き真似をするが、ミーシャが上手だった。
「お姉さま、私の特技を知ってますか?」
「……もちろん」
ミーシャはニンマリすると「我慢してくださいね」とだけ言って、陶器の徳利みたいな物を渡してくれた。
コレが薬なんだろう。
しかし、やだな。
「仕方ありませんね。
じゃあ、私が集めますね。
全く、頼りになるんだか、ならないんだか……」
ミーシャはそう言って、懐から横笛を取り出し吹き始めた。
「さあ、お姉さま。湖にそのお薬を入れて来てください」
ええっ、ジャングルの中に行けというのか?
まあ、仕方ないと言えば仕方ないか……。
トボトボと進むと、嫌な音が聞こえて来る。
案の定、湖に着くまでに大きな蛇をかなり倒して、更にライオンらしきものまで葬った。
300メートルも無い区間で大変だったよ。
来る時にドラちゃんが居なかったら、本当に大変だったろうな。
獲物はジャックナイフだけだったが、身体が昔みたいに動いてくれたおかげで、怪我1つしていない。
湖は、とても澄んでいて魚の影は見え無かった。
『なんとかなるさ』という思いで、薬を入れると、アレヨアレヨと浮いて来る。
その魚を目指して、色々な鳥が飛んで来て、浮いた魚を咥えて行く。どんどんその数は増えて、湖の湖面も今は見えない。
ジャングルの帰りは、さほど問題は無かった。
さっき倒したばかりだからね。
ドラちゃんのところに戻ると、川魚が山積みになっていて、端の方からドラは食べ始めている。
言葉もなく、ガツガツと美味しそうに。
僕とミーシャは台所に戻ると、お鍋に入った生き血をコップに注いで、ミーシャが飲むのを見守った。
生き血なんて、飲みたくは無いだろうけど、僕の言葉が効いていたのか、躊躇うことなく一気に飲んでしまった。
少しだけ、口直しの水を飲んだ後に気分悪く無いかを、確かめるが、なんとも無いとの返事だった。
さあ、これでココには用は無くなった。
急いで、アストラーナに戻ろう。
ミーシャは、薬箱から何やら白いクリーム状のものを取り出して、指で少しだけ掬うと、ドラの傷に塗る。
「これで、明日には治っています」
……ミーシャってば、医者なのか?
「いや、違うよ。大体のお薬は作れるし、少しだけ器用なだけだから……。
それで、お姉さまはこれからどうするの?」
しばし考えてから思った事をそのまま伝えた。
「ミーシャをイザールに紹介して、アズール皇国で生活出来るようにしたら、私はアストラーナに戻って、お父様を治す予定かな。まあ、死んじゃうかもしれないけど、しないといけないからね。
だから、あなたは幸せになるんだよ」
えっという顔をするミーシャだが、あなたは私の心が読めるのではないのですか?
「あのね。今は、なるべく読まないようにしてますから、分からなかったの!
だって、やっぱり失礼だもん。
でも、お姉さまは水臭いわ。
私は、自分で言うのも何ですが、役に立つと思いますけど、それでも置いていきますか?
それに、お返しが出来ないじゃないですか!」
……なんか、嬉しい。
でも、危険な事はさせたく無いし、ここからは1人の方が気楽ではある。
何時迄もイザールには頼れ無いから、ミーシャがアズール皇国に住んでくれると、気兼ねなく泊まりに行けるのにな。
しかし、ミーシャがそばに居てくれるなら、安全かもしれない。
少しだけ、手伝って貰おうか?
意外な人物が、後で糸を引いているかもしれないし。
「おい、俺を忘れるなよ。
お前達だけなら負けちゃうよ。
俺が手助けしてやろうか?
まあ、魚を食べさせてくれればそれでいいから」
なんて、食い意地が張っているんだろうか?
しかし、ドラゴンが味方ならかなり自由が利く。
ここからアストラーナ帝国までの道程も考えなくても良くなったし……。
「ドラちゃん。私のためにありがとう。
アストラーナ帝国のお庭には、小さな湖があるわ。
当然、お魚も泳いでいると思うし、アストラーナには海があるの。海の魚は美味しいわよ」
ドラの口からヨダレが出ている。
分かりやすい奴だね。
まあ、そこが可愛いんだけどね。
「じゃあ決まり!」
ドラが目を閉じて静かに言った。
「そうですね。私も決まりました!」
ミーシャも何か嬉しそうにしている。
大変ということが分かっていないみたいだが、それでいいのか?
「ねえ、ドラちゃん。私は初めての外出なのよ」
……外出って、ミーシャさん。
遊びじゃないし、命が掛かっているし、攻略の危険性が高まるし……。
気を抜くんじゃない!
ドラがお魚を食べ終えたら、出発することにしたが、
背中に乗った途端に魚臭くて堪らない。
仕方ないから、飛んですぐに近くの湖で小休止することになるのでした。
……この先が思いやられるなあ。
そう思いながらも、裸足を水に浸けて僕も水の冷たさに心地良さを感じるひと時が過ごせた。




