トライしよ!
「何をすればいいのかしら?」
気軽にミーシャに聞くのだが、ミーシャは罰が悪そうな顔をするばかりで、一向に話し始める様子は無い。
「言わないと分からないわ」
優しく背中に手を当てて、話すように促すと、ポツリポツリと話し始める。
「あのね。この世界には、3体のドラゴンが生息しています。そのドラゴンの生き血を飲めば、私に掛けられている呪縛は解けるらしいのですが……。
ドラゴンは伝説の生き物ですから、まず無理ですよ。
しかも、生き血とは幾ら歴戦の勇者でもドラゴンに傷を付けることさえも出来やしませんし、……諦めた方がいいですよ」
俯いたままのミーシャの頭をぐしゃぐしゃにして、ミーシャの顔を覗き込む。
そして、思いっきり笑顔で微笑み掛ける。
「諦める必要は無いわ。
ドラゴンって、珍しいの?
ドラゴンって、強いの?
あなたは、ここで生きる事を諦めるの?
私なら嫌よ!
絶対に嫌っ!
諦めるぐらいなら、見苦しくても、悪足掻きした方がマシだもの。
私はね、悔しいことや悲しい事を誤魔化しながら生きた事が記憶にあるの……、それも目の前の現実を変えることが出来るとしても、強引に目を背けて自分の気持ちと反対にしか考えなかった。
……そんな生き方って、とても後悔するんだよ。
だから、今の私は後悔しない生き方を選ぶ。
まだ夢に見てしまうし、朝起きた時に泣く程悔しい事だったんだといつも気付くのよ。
そして、前の人生のことで、ずっと未だに苦しんでるわ……。
あなたは、私みたいにならない様にしなさい。
何とかなる様に、私が手伝ってあげるんだから!
ドラゴンが珍しくても何処かには生きているんだし、生き血を取るために危険な目に遭っても、それで自由が得られるのなら、迷うこと無いじゃない」
「シャル姉さま?
それが、この前仰られていたお話なのですか?」
僕は静かに頷いた。
ミーシャの真っ直ぐな視線が僕の顔に突き刺さる。
「お姉さま、ごめんなさい。
私のことなのに、私がダメと思ったらいけませんね」
そう言って、スクッと立ち上がると、僕の頭をぐしゃぐしゃにして、舌を出す。
「えへっ、お・か・え・し」
真っ赤な目を隠すためなのか、ハイテンションで嬉しそうに僕の頭を触っている。
ミーシャはスキンシップが凄く足りない子だから、僕のことなら好きなだけ触っていいと思う。
僕の体温を感じて安心出来るのならそれでいい。
しかし、私を安心させてくれる方はどこにいるのだろう……。
…………『私』って考えてしまった。
しかも、相手を考えてたよ。
これって、まずい事態か?
これがデフォルト状態に収束というやつなのだろうか?
僕は女だし、やっぱり無意識にパートナーを探しているということだろうな。
知らない内に、ホント……。
気付くと彼氏が出てきているのはショックだろうな!
しかし、それが僕のこの世界での運命ならば、どうしようもないだろうな……。
「…………さま。お姉さま」
「えっ、ああ。ごめんごめん」
不思議そうにミーシャが見ているが、僕があまりにボーっとしていたのだろうね。
気を付けなければね。
「ドラゴンはいるわよ。それも近くに……。
だけど、生き血は少し難しいかな?
ちょっと待っててね」
そう言うが早いか、僕は玄関に向かった。
玄関を出ると館の周囲を観察していると、すぐに森というか、ジャングルの中から緋色のドラゴンが姿を見せた。
「済んだのか?」
さて。どう話そうか?
「ドラちゃん。私ね、お願いがあるの」
効果があるかは分からないが、上目遣い。
潤んだ瞳という攻略仕様で望んだ。
「な、なんだよ。お前、雰囲気が違うぞ!」
「いいえ、これが本当の私です」
「いや、ちげーよ!
なんの魂胆が有るのかは知らんが、芝居は止めろ」
「…………そうね。
じゃあ、言いにくいけど言っちゃうわ。
えっと、あのね。
ドラちゃんの血を少し分けて欲しいのよ」
「あっ、何だそれ?
痛い事するのか?
……まあ、いいけどね。
この皮膚を傷付けられるならな。
まず、無理だろうけど……」
仰け反る様な格好で無理だと誇示しているドラを見ながら、こっそりとほくそ笑む。
「じゃあ、もし出来たならどうする?
もちろんお礼はするつもりですけど、何がいい?」
ドラは目を閉じて真剣に考えている。
僕の何かを感じたのだろうか?
不思議だが、刃物を持つ僕に切れないものは無い。
切れないものを強いて言えば、人には傷を付けられないことだろうか。
しかし、今回は爬虫類というか、ドラゴンというか、人ではないから、傷を付けて血を貰うことぐらいは簡単に出来るだろう。
ちょっと可哀想なんだけどね。
「美味しい魚がたらふく食べたいかな!」
おい、ドラゴンは肉食じゃ無いのか?
まあ、人の好物をどうこう言うつもりは無いのだけれどね。
「ねえ、それなら先にお礼をしてあげましょう。
少し待っててくださいね」
僕は足取り軽く館に戻ると、玄関までミーシャが迎えに来てくれていた。
「ミーシャ、この家にはどのくらいの魚があるのかしら?」
『へっ』という感じの気の抜けた顔の後に真面目な答えが返って来た。
どうやら僕の考えを読んだみたいだ。
「あんまり冷蔵庫の中には無いですけど……」
思わず腕を組んでしばし考える。
そして閃いた。
お魚さん達、ごめんね。
「ミーシャ、お庭の鯉と金魚をちょうだい」
僕は悪びれずに思った事を口にした。
「ええっ、あの中には1匹で数百万円する子もいるらしいですよ!」
ミーシャの顔は、明らかに僕を非難している。
あんたのために頑張っているのだけど……。
「……シャル姉さま、ごめんなさい」
ミーシャは暗い表情で僕に話しかける。
あお、今のが聞こえてしまったみたいだな。
気にし無いでいいのに……。
ミーシャって、面倒な奴だという考えが浮かぶ前に頭の中を切り替えた。
「さあ、ここから出られると自由だよ。
ドラちゃんも協力してくれるし、頑張ろうよ」
両手を握ると、握り返して来た。
何と無く、安心する。
「じゃあ、ドラゴンを呼ぶね」
そう言った瞬間にミーシャが驚いた。
「えーっ、ど、ドラゴンっているのー?」
こ、こいつは僕の考えが全て読めて無かったのか?
それとも、ドラゴンの幻想でも見ていると思っていたのか?
何れにしても、失礼な奴だ。
「はぁ」っとため息を吐いてから再び玄関から外に向かった。




