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賢者!

 イザールの隠れ部屋は意外と心地良かった。

 至れりつくせりとはこの事だろう。


 イザールとフィズ嬢がずっと居てくれたから、話し相手にも困らなかったし、温かな雰囲気を味わえたし、それに久しぶりに笑えた。


 1泊していくようにと言われたが、迷惑が掛かるのは嫌だから、強引にイザールの居城を去る決心を固めた。


 フィズ嬢には伝えておきたい、僕に何か有れば……。

 もしかしたら、僕が死ぬようなことが近々ある可能性は否定出来ないから……


「お願いしたいことが有ります」とイザールとフィズ嬢に伝える。

 2人に快諾して貰えたから、もう思い残すことは無い。


 僕がフィズの父親の豪商とアストラーナ帝国に平民用の病院を作る計画を実施することや王宮に残して来たルナとアルテミスの2人の将来を心配していること。


 僕を慕うちびっこ達にお別れじゃなくて、遠くに行ったと伝えてもらうこと、リーナ母様には今までして頂いた全ての感謝の意持ちを伝えて貰いたいだとか、まだまだ有るが、ここまでにして話題を変えた。



 雑談に変わると、アストラーナ帝国のフィズの話をした。おしゃまなフィズのとても可愛いらしい舌ったらずな話し方や身体いっぱいを使ってする仕草を見ていると飽き無いし、毎日でも会いたいという話をしてしまった。


 あの子と過ごす時間は、とても早く感じでしまう。

 それに母性本能に目覚めてしまう程の可愛いさで、僕の1番のお気に入りのお嬢さん。


 イザールもフィズ嬢も凄く興味を持ったらしく、アストラーナ帝国に行く事があるなら、是非ともフィズに会いに行くと言っていた。


 それにルナとアルテミスの話にも興味を持ってくれた。今のフィズにはまだ侍女はついていない。

 だから、僕とルナやアルテミスの関係をしきりと関心を持って聞いていた。


「私にもそんな侍女が出来るかしら?」と不安になっている。


 というのも、フィズ嬢はイザールの母親から婚約者として認めてもらえていないという話だから、かなり大変な思いをしていることだろう。

 でも、フィズ嬢なら大丈夫と思う。

 しかし、やはり相手が悪いと思ってしまうから、同情の念しきりだよ。


「フィズ様は、大丈夫です。

 私が太鼓判を押しますよ。

 だって、王女じゃなくなった私にこんなに優しくしてくださるのだから」


 フィズ嬢は僕の言葉を複雑な気持ちで聞いている。

 元から王女の立場の僕から言われても、信ぴょう性は無いだろうね。ごめん。


「シャルロット、賢者には何を聞くのか?」


 空気が悪くなったから、イザールが話題を変えてくれた。


「私の未来を教えて貰うこと。

 幸せになるか、ならないか……。

 それと、少しだけ知恵をお貸りしたい」


 あるがままに聞きたい事はあるのだが、ここで正直に話す必要は無いと判断して、少しうやむやに話を逸らした。




 出発の時間になって、簡素な冒険用の服に着替えて、髪を紐を結ぶ。

 リボンなんて平民には手に入らない代物だからこれでいい。


 出発の準備が終わるとイザールから3つの物を手渡された。全てが袋に入っているから、中を見なければ中身は分からない。


「これはなに?」


「あとで開けて見なさい」


 そう言って、フィズ嬢から肩掛けバッグを貰い、3つの袋をその中にしまい、僕に渡してくれた。

 それを肩に掛けて立ち上がる。


「おふたりとも、ありがとうございます。

 私は何もお返し出来ない事がとても悔しいです。


 ……フィズ様、丈夫なお子様を望んでいます。

 イザール様、お母様からフィズ様を守ってくださいね。フィズ様もイザール様のお母様は可愛い赤ちゃんが産まれたら1番に喜んでくれますよ。

 じゃあ、行きますね」


 深々と頭を下げるだけしか今の僕には出来ない。

 顔を上げてから2人の顔をじっと見つめる。

 最後かも知れない。


「それでは、お世話になりました」と言って、僕は1人部屋の外に出た。


 イザールとフィズ嬢には見送りは無用と言っていたから、それに素直に協力してくれたみたい。

 もっとも、僕がここにいることがバレない様にしなければならないという理由があるのだが……。


 後手で扉を閉めて、歩き出すまで暫く時間が必要だった。膝まづいて、胸の前で両手を組んで部屋の中の2人の幸せを祈り十字を切った。


 前の世界での幸せを祈る儀式だが、これで2人が幸せになるなら僕も嬉しい。



 祈りが終われば、来た道を辿り帰るだけ。

 王宮の外に出て、小声でドラを呼ぶ。


「ドラちゃん。近くにいない?」


 すると、暗闇から姿を見せる。


「もうすぐかもと待っていた。

 早くしないと夜が明ける。

 さあ、行くぞ!」


「はい、お願いします」


 ドラが翼を低くしてくれたから、首に掴まるのは簡単だった。


 なでなですると目を瞑る。

 何か、可愛いかも!?

 ドラちゃんには失礼だが、僕のペットにしたい。


 そう言えば、前の世界で、孤児院に1匹だけ小さな犬が室内に飼われていた。

 僕的には興味を持てなかったが、今では何か分かる気がする。

 みんなが持っている寂しさを癒してくれる大事な仲間だったのだと思うし、和やかなムードメーカーだったと言える。


 その後、暫く飛んでいるとドラちゃんから声が掛けられた。


「おい、あれを見ろ」


 緩やかに降下し始めたドラが僕に示したのは、森の中の灯りのことだろう。

 誰が住んでいるのだろうか?


「あれって、人がいるのかな?」


「そうだ。あそこに賢者がいる。


 明るいのは、賢者の魔法と言われているが、真相を知る者はいないらしい。

 しかも、かなりの女たらしと聞いているから、用心するように」



 ……それって、スケベと言うことか?


 ああ、当に貞操の危機が迫っているのだろうか?


 しかも自分からその罠に飛び込むことになる。




 んっ、じゃあ……。




『………………引き返すか?』




 まだ今なら間に合うし、一生処女でいいし、その方が嬉しいし、男に食われたら泣いちゃうし、それって攻略されたという事だし、あり得ないし、ハレンチだし、僕は嫌だし……。



「……おい、声に出てるぞ!」


「ええっ! 聞いちゃった?」


 一気に、顔から火が出そうになる。


 ううっ、恥ずい、恥ずい、恥ずい、恥ずい、恥ずい、恥ずい、恥ずい、恥ずい、恥ずい、恥ずいよー!



「まあ、気にすんな。だが、やっぱり女なら誰かと恋をするのが幸せと思うが……。


 賢者も女たらしとは聞いているが、王女相手にバカなことはしないだろう。

 さあ、あの館の前に降りるから、しっかり掴まっとけよ」


『僕が女なら幸せだろうけど、前世の記憶があるから幸せには程遠いんだよね。転生で間違えたのは性別よりも前世の記憶があることだろうな』


 頭の中で必死に考えていると、ドラが地上に降り立った。気を遣ってくれてかなり静かに着地してくれた事に感謝する。


 欝蒼と茂っている森の中で、この建物から半径100メートルには森の木は生えていない。

 植樹した桜や梅、銀杏の木に紅葉など、日本人の庭みたいだ。


 ドラは帰りも送ると待ってくれるみたいだ。

 僕は純和風な引き戸の玄関の前に立ち、インターホンを押した。


「はいはーい。なんの御用ですか?」


 インターホン越しの声はとても明るい。

 なんか、緊張感が打ち消された。


「えっと、ご相談がありまして……」


 おずおずと答えると返事があった。


「じゃあ、玄関を入って下着になって奥に来なさい。

 まっすぐだよ。ただし、服を着ていたらたどり着けないからね。そこは気をつけて」


 ……やっぱりスケベだ。


 帰ろうかな?


 そう思ったが、気が付いたら玄関の中にいた。

 しかも扉は開かない。



 久々に思い起こす言葉が頭に浮かんで来た。


 ……詰んだ!

ごめんなさい。隔日更新です。


少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

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