帰路!
アズール皇国に留まること、一週間以上が過ぎてしまった。
しかし、ここらで一旦、祖国に帰る必要がある。
アズール皇国との間に取り交わした協定の報告と準備無しで連れて来た騎士達を解放する目的がある。
賢者に会うという目的はあるものの、自分のことだけを考える訳にはいかない。
これからの旅路を考えると悩ましい。
近くには、賢者がいるというのに、一度帰らなければならない。アストラーナ帝国からアズール皇国迄の道程は早馬を使っても三日以上は必要だし、ここに来る時にはグレイの後ろに乗っているだけだったから、僕が馬に乗るなら早くても一週間は必要だろう。
朝から頭を悩ます僕を見て、イザールが気を利かせてくれた。それというのも特別な鳥の一羽を僕に託してくれたのだ。
その鳥は貴重な連絡手段として、かなり高値で取引される珍しいものなのだが、メイド長の失敗を寛容に処理した僕に対しての敬意の表れだとフィズ嬢から教えて貰った。
基本、イザールは優しい国王ではあっても、対外的にアストラーナ帝国の王女である僕に対して何らかの処罰をメイド長にしなければならない立場であったのだが、僕がそれを望まないという意思を明確に示したことに心の中でとても感謝しているとのことだった。
本当に優しい王様だ。
普通は、貴族であっても、何らかの処罰を望むところだろうし、それが主と使用人とのケジメである。
「アズール皇国に来たい時にはその鳥を放てばいい。
ドラゴンを迎えにやるよ」という配慮が小粋でイザールらしさを感じてしまう。
今は、フィズ嬢がイザールを好きになった理由も良く分かる気がする。
出発の日には、朝から王宮の者が総出で見送ってくれた。あの、メイド長からはフィズ嬢経由でとても貴重な材料を使ったお菓子まで貰い、今回の外交は満足いくものになっている。
先遣隊として、無惨なことをやらかした者たちの始末はイザールに任せる事で合意していて、村の復興のために働かせることに決まっているらしい。
その後は不明だが、力仕事の現場に連れて行かれることだろう。
ただ殺すことは簡単なのだが、元はアストラーナ帝国の騎士であり、体力には定評があるから、力仕事をさせることはいい使い方だと思っている。
往きとは違い、帰りは僕は馬車の中にいる。
数日間の長旅の末にアストラーナ帝国の帝都まで辿り着いた。
王宮の自室に戻ると、何となく懐かしい。
ルナとアルテミスは甲斐甲斐しくお世話してくれるし、珍しくもお母様までが僕の部屋にやって来た。
それにナターシャ様も既に自由の身になっているらしく、お母様と一緒に来て下さっていた。
汗臭いからという理由でシャワーを浴びようとしていたら、「お風呂に入って、疲れを癒しなさい」とお母様から勧められた。
せっかくお母様が言ってくださるのだから、断る理由はない。
「少しだけ、失礼します」と言ってそそくさと服を脱いで浴室に入ると、浴槽の中には可愛い先客が待っていた。
思わず、ぎゅーっと抱いてしまう。
んーっ、かっわいー!
「おねえたん。おかえりなたい」
舌ったらずの言葉が何とも可愛いらしくて、嬉し涙が出そうになる。
「はぁい、フィズちゃん。ただいまでした」
構わず頬っぺたにキスしまくっている。
ふわふわした金髪にぱっちりした碧い瞳が愛らしい。
思わず食べてしまいたい気持ちになってしまう。
しかし、僕は幼児が好きな訳ではないから……。
そんだけ、フィズが可愛い過ぎるのである。
……本当に幼児趣味じゃないからね。
フィズを膝の上に乗せながら、湯船に浸かる。
お母様達もフィズにメロメロなのだろうが、とても嬉しいサプライズだよ。
疲れが、スッと軽くなる気がする。
お風呂の中で、一頻りお話をすると、僕自身が母親になった様な気がして来る。
ああ、私にもこんな可愛い子が欲しい……。
って、んな訳ないよな!
……危なかった。
「はい、フィズちゃん。バンザイだよ」
自分の身体にタオルを巻いてから、フィズの身体を拭き上げる。下着を着せてあげてから、浴室の脱衣場から外に出して、あとはアルテミスに任せた。
僕は、巻いていたタオルを緩めて、新しいタオルで隅々まで綺麗に拭くと、下着を着る。
それはアズール皇国で買ってきた特別な感触がする物だ。お土産はまだ鞄に入れたままだから、フィズの分は僕がここから出たら着替えさせよう。
僕は下着のまま、みんなの前に出ていった。
お母様から「はしたないわ!」と予想どおりの非難があるが、僕が着ている下着を触らせると、皆が黙る。
心の中で舌を出して、ヤッタと思いながら、鞄を開けてみんなに手渡した。
サイズはだいたいなのだが、少しは伸びるから大丈夫だろう。まず、お母様に着せると感動していた。
次にナターシャ様、アルテミスにルナという順番で着替えて貰うと、みんな上着を何故か着ないが、外見はシンプルなドレスみたいだからあまり気にならないのだろう。
ふふん。きっとみんな気持ちいいのだろう。
フィズだけは1人では上手く着れないからルナが手伝っているが着終わると心地良いので、喜んでくれた。
フィズが着終わるとやっとみなさんも上着に袖を通し始めてくれたので、僕もコットンのワンピースを着ることにした。
「お母様、アズール皇国には沢山の素敵な品がありました。みなさんが集まっていますから、コレをどうぞお食べ下さい」と言って出したのはメイド長からのお菓子。焼き菓子だから、みんなでつつくのには最適な品物である。
貴重な蜂蜜を練り込み、砂糖と違う甘さがする。それに上等な小麦粉の生地にチョコレートを混ぜ込んだ手の凝ったクッキーは今まで食べたことがない不思議な味がする。一度食べたら病み付きになりそうだ。
両手で頬張るフィズにみんなの顔が綻び、やっと落ち着いた。
一通り、落ち着いた後に、父王に会える様に侍女にお願いすると、すぐに謁見の間に来るようにという話になってしまった。
急ぎ、上着をドレスに着替えて、軽く化粧をして貰うと、謁見の間に急いだ。
普通は、すぐに会うことは無いのであるが、アズール皇国絡みであるから、父王も気になっているのだろう。アズール皇国との関係は良好であると報告できるのは嬉しいが、残忍なことをしでかした者共の報告もしなければならない。
気分的には、嬉しさとは違う感情が強い。
僕が用意された椅子に腰を下ろすと、暫くして父王が姿を現した。
しかし、労らうような感情は見られず、少なからず僕は戸惑いを覚えてしまった。父王の厳しい顔からは、何か不吉な予感を抱かずにはいられなかった。
7月20日に連載開始して、約一月が経ちます。
毎日は更新出来ていませんが、結構書けたと自己満足しています。
今後もよろしくお願いします!




