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お手伝い!

 イザールの秘密部屋から出るのは簡単だった。そのまま、2つの扉を抜ければいいだけだから。

 ホロ酔い加減で抜け出た部屋こそ、イザールの居室なのだろう。


 意外に白一色で統一されている。

 天蓋付きのベッドに革張りのソファや窓枠までが真っ白という王子様部屋!


 イザールを知ってるだけに、酔いが醒めそうなくらいの違和感がある。


「お疲れ様でした」


 声が聞こえた方に顔を向けると、フィズ嬢が立っている。ああ、なるほどこれってば新婚部屋なのだろう。


 フィズの趣味ならばイザールと言えども従わなければならないだろうし。


「フィズさん、幸せいっぱいだね」


 えっ、という表情で僕を見る。


「おめでとうございます」


 とっておきの笑顔を作り、ゆっくりと近づいて、驚かさないようにお腹をさすった。


「待ち遠しいわね。丈夫な赤ちゃんを産むのがあなたの大切なお仕事だから、もう私のお世話は他の人に任せなさい。

 イザール様とは、有意義な話が出来たから、アストラーナ帝国とアズール皇国が争うことはありません。だから安心してちょうだい」


 さあ、この部屋を汚さないうちに出ましょうかね。

 新婚さんを邪魔しちゃ悪いし、ご馳走さまって気分だよ。


 正面の大きな扉を開けると、扉の両側に護衛兵が立っているから、フィズ嬢を残して外に出た。


「あの、どなたか私をお部屋に案内してくださいませんか?」


 例によって、優雅な振る舞いでお願いしたのだが、廊下の先を指差すだけで、シッシと追っ払われた。



 くそっ…………歩くか。



 一時、唖然としたが、僕を知らなければこんなもんだろう。ここを進めば、誰かいるだろうから進んで見よう。


 ズンズンと進んで行くと、そのまま続く廊下と上下に延びる階段があって、三方向が選択肢となったのだが、上は疲れそうだから却下して、そのまま進むか降りるかの2択が僕に残された。


 何方にしようかと迷っていたが、酔いに負けて容易い方を選んでしまう。つまり、降りていく方だ。

 階段には、所々に灯りが灯っているから、足元は見えない事はない。



 約1分程度、降り続けると作業部屋の様な所に出て来た。

 忙しそうにメイド達が動き回る。

 その中の1人から目を付けられた。



 ……やばい。


 今まで生きてきて、こんな場面でいい事は無かった。


「ちょっと、そこの人。何をボーッとしてるの?

 早く着替えて仕事しなさい」


「えっ、わ、わたくしですか?」


「そうよ。あたくしです。ほらっ!」と近くに掛かっていたエプロンを僕に投げられた。


「時間が無いから、着替えないでいいわ。はい、それ着たら、大広間の燭台の蝋燭を変えておいて」


 忌々しい者を見るような目つきには戸惑うが、本当に忙しそうだから手伝ってあげようか?


 しかし、大広間の場所が分からないんですけど……。


「あーもう、誰が忙しいのに何にも知らない新人をコッチによこしたのよー!」


 みをな気が立っていて僕が王女とは言えない雰囲気だ。

 なんか、まずい事になったみたいだなぁ……。


「はぁ、すみません」とりあえず、謝るしかないか。


「ほら、ついておいで!」と言うが早いか、僕の手を取って走り出した。


 階段を一気に駆け上がると、一番奥の部屋に入って行った。


「ほら、そこの引き出しに蝋燭があるから全部外して、新しいのに交換しておいてね。

 それと外した蝋燭は、まだ部屋の灯りに使うから乱暴に扱わないようにして、この袋に詰めといて。

 じゃあ、また後で来るから、サボるんじゃないよ」


 言いたいだけ言って、出て行ったメイドはアストラーナ帝国の僕の部屋のメイド長とソックリで、思わず笑えた。


 たぶん、みんな似通うのだろう。

 さて、久しぶりにお手伝いをしてみよう。

 孤児院時代には毎日、何かを手伝っていた事を思い出す。


 ……みんな元気かな?


 僕にとっては、親代わりだった院長先生に大勢の兄弟、姉妹達が今も幸せならいいけど。

 僕が全然ヤル気を出さなかったから、色々な人に心配を掛けたことだろう。


 やり直せるなら……。


 って、今は今の生活を充実させるしかない。

 僕の攻略なんか、もう考えない。


 なぜか不思議な力が働いて、グレイと結ばされる形に近づいていることは分かっているのだけど、それは僕にとってどのくらい大切なことなのだろうか?


 僕的には今のままがいいとは思えど、僕の覚悟だけで多くの国民や貧しい人々が少しでも理想的な生活を送れるならば良いのに……。


 この世界で、少しでも恩返しが出来るのなら、そうしたい。そのために僕は攻略されてしまうのは仕方ないことだろう。


『ガチャ』


 なんか音が聞こえたみたい。


「王女様、シャルロット王女様っ!

 お止めください。

 大変なことをさせてしまい、どの様な罰でもお受け致します」


 フィズ嬢に連れられて、やって来たのは先程のメイド長だった。さっきの勢いは完全に削がれて土下座をしながら震えている。


 必死になって、言う言葉は簡潔だった。


「私が悪いのです。お許しください。

 これは、私のせいで家族には関係ありません」と。


 僕は、感極まってしまった。家族にまで罪が及ばぬように必死なのだと分かるから。

 さっき迄の考えが、頭の中でフラッシュバックする。


 なるべく優しい声を意識した。


「さあ、立ち上がって。

 あなたは、何か悪いことをしたの?

 私は、忙しそうだから手伝っただけだわ。

 それに、ここで大事なことを思い出せたわ。

 だから、胸を張ってお立ちなさい」


 恐る恐る顔を上げるメイド長には、恥ずかしながら僕が思い出した過去で、ぐしゃぐしゃになった顔が見えたことだろう。

 止めどなく涙を流す王女の姿を。


「王女様、どうされましたか?」


 気を使い、フィズ嬢が声を掛けてくれるが、僕は首を横に振った。


 メイド長の手を握って立ち上がらせる。


「みんなが用意すれば、それだけ早いし、私も明日の朝はここで朝食を頂くことになってます。

 食べるだけで、用意しないなんておかしいと思うわ。


 それは、たとえ私が王女という立場でも……。

 皆が忙しいなら、私は手伝うことを選ぶでしょう。

 だから、気にしないで。それにあと少しで終わるから、それまでこれは私の仕事だから、邪魔をしないでね」


 僕は袖で涙を拭い、燭台から蝋燭を外して新しい蝋燭に付け替える。


 フィズ嬢は黙ったまま、ジッと僕を見つめている。


 メイド長は反対側から手伝い始めた。

 それを見て、フィズ嬢も手伝い始める素振りを見せたのだが、それはさすがに手で制して止めさせた。


 全てを替え終えると、入り口にグレイが迎えに来ている。


「シャルロット様らしいですね」という一言に、なんか救われた気持ちがする。


「はい!」とはにかんで、グレイに答えると、明らかにグレイの顔が赤くなるのは見間違えではないだろう。

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