前の世界のこと?
迎賓館として利用される王宮の一角にある豪華な建物の主賓室の使用を許可された。
通された部屋には、南国らしく鮮やかな色合いの調度が多いものの、さすがに王宮とあって品がいい。
豪華なものには慣れているつもりだが、所々凝っている建築物には、驚嘆してしまう。
アストラーナ帝国よりも細い細工が見事と言える。
この国の人は手先が器用なのだろうか?
アストラーナ帝国から持参したドレスは華美とはいえないものを選んできたから、僕の身形を見て気を利かせてくれたのだろう。今宵の宴用に別のパーティードレスが何着か用意されていた。
僕はその中から白い麻地のものを選んだ。
これも大人しい色合いだけど、デザインはこの国のものだから、それを着る意味は深い。
しかし、この国の人々は少しも隙がないよな!
ドレスの配慮をありがたいと思いながら、袖を通してみると、首や腕周りがざっくりと開いているから、なんというか、かなり恥ずかしい。
スタイルには自信はあるものの、かなり躊躇してしまう。
ドレスを一旦、侍女に渡して部屋の中を見渡すと、衝立の向こうにお風呂らしきものが見つけた。
早速、いそいそとそこに向かうと、衝立の内側に別の侍女が待っていて、手伝おうと待っているが……。
それは、遠慮!
け、け、け、結構です!
1人で出来ますっ!
結局、下着の替えだけをもらい、衝立の外に出て行ってもらいって、浴室のドアを開いて中に入ると、浴槽は大理石造りの上、かなり広々している。
すごく贅沢な造りだ。
まるで、大理石造りのプールと言っても過言ではない。
ささっと洗い場でお湯を使い、汗を流してから、今度は入念に身体の隅々を洗うとやっと生き返る感じがする。
湯船に浸かれば、眠くなることはどうしょうも無いだろう。
だって、疲れた身体には気持ち良すぎなんだからね!
結構、長旅だったし、野宿も初の体験だった。
一応、テントの中に寝てはいたが、なかなか眠れなかったことも大事な思い出の1つに変わってしまう。
帰りは、宿屋を使いながらになるだろうから、もしかしたら野宿は最後かもしれない。
あっ、ここで最後では無かった。
ダバンには僕が再び行かなければならないから、その時も野宿だろう。
王女でなければ、この異世界で冒険者になれたかもしれないものを……。
……惜しい。
今更だが、契約書をよく読まなかった事への後悔しきり!
浴室からタオルを巻いて、外に出ると先ほどのドレスを着ることになるのだが、侍女から下着の上に着るものを渡された。
タンクトップにスカートまで付いた様なもので、ぴったりしているが、窮屈ではなく、通気性抜群、しかも肌触りが嬉しきなるほど気持ち良い。
これを下に着込むのなら、あのドレスでも大丈夫かな。
ナターシャ様とリーナ母様、ルナとアルテミス、ついでにフィズにもお土産に買っていこう。
あっ、リンやギルバートの奥様にもプレゼントしてあげようかな?
買いすぎとは思えど、ご近所付き合いは重要なのですよ!
考えているうちに力んでしまい、汗が出て来てしまった。
風に当たりたいと、ふと部屋の外を見るとベランダ……いいえ、雰囲気の良いバルコニーから綺麗な夕陽が水平線に沈む景色が見えている。
思わず素足でバルコニーに出てしまうと、時間を忘れて見入ってしまい、遂には太陽が沈むまでそこに佇んでいた。
時間を忘れる程、見入ったのは前の世界の夕陽とそっくりだったからだろう。
前の世界では小さな頃、みんなには公園にお母さんが迎えに来てくれたけど、僕には迎えに来てくれる人はいなかった。
そんな中、夕陽が沈む景色はとても優しく感じて、僕だけに『もうお帰りなさい』とそっと言ってくれているみたいに思えた。
それを見るため毎晩その時間になるまで、1人だけ残って公園のブランコに座っていたことまでも思い出した。
前の世界のことは、両親を亡くしてからの辛く、寂しい想い出だけしか思い出せない。
でも、最後に『ひな』の命を救えただけでも生きていた価値はあったかもね。
幼馴染みの優しい女の子『柚木 ひなた』
僕と仲良くしてくれた本当に優しい女の子で、初恋の相手だった。
あ〜あ、早目に告っておけば良かったなぁ。
振り返るけど、後悔ばかりの人生だった。
もう少しだけ頑張れば、何かが変わったのかもしれないけれど、それを早々に放棄したのは僕自身だから誰のせいにも出来る訳がない。
今頃、『ひな』はどうしていることだろうか?
まさか僕が異世界で王女になっているなんて夢にも思うまい。
『ひな』のポニーテールが良く似合う後姿をもう一度だけでいいから、見せて欲しいと思ってしまう。
「シャルロット王女様、お風邪を召しますから、中にお入りください」
侍女の声に、一瞬で現実に戻される。
「あっ、ごめんなさい」
気落ちしていると自分でもわかる。
それが侍女にも伝わったのだろうか?
かなり色々と気を遣ってくれる。
「ごめんなさいね。ところで、あなたのお名前を教えてくださらない?」
「……フィズ・アーレンです」
畏まりながらもしっかりした声で返事をしてくれた。
「あら、フィズと言うの?
私の可愛い年下のお友達に同じ名前の子がいるわ。
まだとても小さい方ですけどね。
フィズって、可愛い娘さんが多いのですね」
「いえ、いえ、そんな勿体無いお言葉です!」
きっぱり言い切った割に、照れているらしく赤くなっている。また、その横顔が可愛いらしい。
アストラーナにいるフィズよりは、前の世界の『ひな』の方に似ているみたいだ。
だから、僕も珍しく思い出したのかな?
普段は全く思い出せないのに……。
「さあ、シャルロット王女様、宴が始まりますから、私の後からついて来てください」
まだ、照れが続いているのだろう、僕の方にはまともに顔を向けてくれない。
しかし、フィズという名前にはなんかの縁があるようだ。ギルバートのミドルネームもフィズだったし。
まあ、結構多い名前なのかもしれない。
宴の席は、イザールの隣という格別な扱いだった。
ここに女性が僕以外は誰もいないということの意味と言えば、イザールが未婚ということなのだろう。
やっぱり要注意人物だ。
嫌でも攻略という2文字が頭に浮かんで来る。
だけど、アストラーナ帝国に今や世継ぎは僕しかいないため、イザールとの婚姻はあり得ないだろう。
ということは、やはりグレイを気にしなければならないのだろうか?
そのグレイも僕の隣に座っている。
アストラーナ帝国の公爵の嫡男という地位は、僕に次ぐ国賓にあたる。
美味しそうな料理を目の前にしながらも、ショックな事実に気分は浮上せず、僕はそっとため息を吐いた。




