命乞い?
アズール皇国に入る手前で、拠点だった跡を見つけたが、そこには伝令として遣わした者が無残な姿となっていた。思わず、目を塞ぎたくなる光景が続いている。
身体は木に縛られたままで斬首された者や、槍でひと突きで絶命した者、バラバラで原形を留めない者、他の3人も酷い殺され方をしている。
「ひでえな」
「これからは、仲間とは言えないぜ」
「敵討ちしてやるから、待っててくれ」
部隊の中の面々から憎悪を含んだ声が聞こえる。
グレイも目を疑うように、立ち尽くしていたが、僕の呼ぶ声に素早く反応してくれた。
僕はグレイに分隊の1チームを残して、ここの処理を命じ、他は先を急ぐことを伝えた。
遺体を埋める作業は分隊だけで出来るだろう。
しかし、そのままアズール皇国に先遣隊が辿り着いているのなら、その対処がとても重要になる。
近くに咲いていた花を見つけて、一纏めにして、後処理部隊に託し、僕達は1人1人の騎士達に両手を組んで祈りを捧げた後、急ぎ出発することにした。
『帰りに、ちゃんと弔うから、今は敵討ちをさせてください』と心の中で許しを請う。
出発すると誰もが無口になっている。
怒りを忘れないためなのだろうか?
それとも、助けられなかった悔しさを感じているのだろうか?
まあ、そんなことはどうでもいい。
敵討ちだけはしてあげたい。みんなも同じ気持ちだろうから、いまは余計なことは考えずに急ぐのみ。
考えまいとするのだが、殺された人の中には僕にも良く知っている者もいて、言葉では言い表せない程に悲しみが襲う。
いまはそんな時間的な余裕はないのだが、こればかりはどうしようもない。
更に急いでアズール皇国の者が危険な目に遭わないように、先遣隊を壊滅することをグレイに命じ、脚の速い者を2人組ずつに組ませ、僕らの先に進ませる。
2人が乗るとどうしても遅くなる。
僕達がアズール皇国に入ると、そこで先に行かせた者達が何とか先遣隊と対峙していた。
しかし、既に村人達は既に半数が虐殺され、ここにも所々に無残な姿が転がっていた。
更には村のあちこちから火の手が上がり、真っ黒な煙が立ち昇る。
……なんてことを。
怒りからか、僕も無意識に腰から剣を抜いて、先遣隊に斬りかかる。
小太りな力自慢が鍔迫り合いに持ち込もうとしているが、生憎と鍔迫り合いにはならなかった。
僕の白刃は相手の長剣を受けることなく、その刃を切り裂く。
その勢いで、鎧から髪の毛からあらゆるものを切り刻む。素っ裸になった小太り野郎の頭に僕の白刃が見事に決まるが、ゴンという鈍い音がするばかりで、頭を抱えて転げ回る。
そいつを蹴り上げて、近くの騎士に渡すと、次の獲物を探す。この時の僕の動きはグレイも付いていけない素早さで、気づくとあっという間に6人を倒していた。
先遣隊を縛り上げ、1列に並んで歩かせながら、アズール皇国の首都に向かうことに決めるとグレイに指示した。
しかし、グレイからは一旦、帝国に戻るように進言されたのだが、ここでそんな動きをしてしまうとアズール皇国との戦争は免れない。
グレイには話していないが、僕の心の中の決心は固まっていた。
それもこれから起こることを予想した上で……。
先遣隊に伝令を送り、全滅させた責任は僕にある。
その僕が、安全な場所に逃げるということは自分として納得いかない。
僕の命だけで、戦争が防げるのなら、それでもいいと思う。それがここでの命の使い道なのかもしれないし、少なくとも僕が好きな人達は守ることができる。
だから、アズール皇国の王に懇願するまでのこと。
僕はアストラーナ帝国の王女なのだから……。
アズール皇国の首都に入る様相としてはかなり異様な出で立ちとなっているが、首都の入り口の門番に父王からアズール皇国の王に宛てた親書を見せ、その場に座り待つことになった。
僕だけが椅子を用意されて、みんなに悪い気がしたが王女という立場を考えて、甘えることにした。
みんなも疲れているだろうに……。
僕の姿は、首都に近づく途中で大人し目のドレスに着替えている。
纏うもの全てにアストラーナ帝国の紋章が施されていて、豪華なドレスでなくてもひと目でアストラーナ帝国の王女とわかる姿となった。
門番が消えてから1時間は経った頃に不意に門が開けられて、アズールの騎士団に囲まれてしまったのだが、これはある程度は予想していた。
「私はシャルロット・フルール・アストラーナ。
アストラーナ帝国の第1王女です。
アズール皇国の国王様にアストラーナ帝国の皇帝からの親書を持参致しました」
するとゴツイ鎧を身に着けた無骨な男が僕の目の前に現れ「ついて来い」と言い、僕の前を歩き始めた。
僕の背後に控えていた騎士団も僕が歩き始めると同時に1歩足を運ぼうとするが、周りのアズール皇帝の騎士団の槍で制された。
一瞬、緊迫感に包まれるが、グレイに目配せするとグレイが再び座み、他の者達も大人しく従ってくれた。
少しだけホッとする。
もう無用な戦闘はして貰いたくは無い。
長い道のりを歩かされて、辿り着いたのは王宮の中ではあるが、謁見の間ではなく、比較的綺麗な牢屋の中だった。すぐに殺すつもりならば、もっと汚い牢屋に連れて行かれることだろうから、何かの意味があるのだろうか?
いきなり変なことをされてしまう……ってことはないかな?
それが1番怖いんだけど!
その牢屋に連れて来られて、2日が経ってからやっと人影が見えた。
「シャルロット・フルール・アストラーナ様でしょうか?」
ランプを手に持つメイドと騎士がやって来るなり、牢屋の鍵を開けてくれた。
僕を確かめて、そのままついて来るように言われたので、素直に従うと、文官と武官らしき貴族が集まる広間に連れて来られ、その真ん中に置かれた椅子に座らせられた。
これは、裁判かな?
しかも分が悪そうだ。
椅子に腰掛けた僕の前に1人だけが立ち、僕の名前を呼んだ。
「シャルロット・フルール・アストラーナなのか?」
白髪のジジイが僕の目の前に偉そうな態度を取っているが、こいつが王様なのだろうか?
まあ、関係無い。とりあえず返事だけはしておこう。
「はい、私はシャルロット・フルール・アストラーナでございます」
椅子から優雅に立ち上がり、両手でスカートを軽く摘んで、更に優雅に頭を下げると見ている者達の所々からため息が聞こえて来る。
どこの国でも同じ反応なのだろう。
「アストラーナ帝国の王女よ。
貴殿の国の者共が、国境付近の村を壊滅させた。
この罪は如何ともしがたい。
それを貴殿の命をもって、償ってもらうことが決まった」
うっ!
…………詰んだ!
今更、命乞いはしたいとは思わないが、思慮が無い連中ということも露見したようだ。
ここは上手く抵抗してみよう。
そう思い、僕は椅子から腰を上げ、床に正座して額を床につけ、話を聞いてもらえるように請願した。




