王女ですか?
気絶する演技は絶妙だと思う。
その理由は、慣れているから。
なんでかって?
不良に囲まれたら力一杯叫んで気絶したフリして周りの大人に後のことを任せればいい。
しかも、騒ぎが収まった時に起き上がると、不良の親の1人や2人は駆けつけているから、ここからが美味しい時間だ。
僕に黙ってて貰うために自らお金を払ってくれる。
あとは、それを黙って受け取るだけ。
たまにいきなり叩かれることもあるが、相手の数が多くとも2つのスタンガンがあるから大丈夫だった。
それに加え孤児院育ちだから、そんじょそこいらのヤツに素手でも負ける気はしない。
だからといって、自ら疲れるなんてことはしない。
はっきり言って、脳筋にはなりたくないし、理解も出来ない。
孤児院の中では、虐め対策で小さな頃から柔道と空手を教えてくれた。
だから、ここいらのヤツらは僕と顔を合わさない様に気を付ける程だった。
しかし、僕の方からは仕掛けたことは無い。
あくまで、自己防衛のため。
不良からのお金は迷惑料と割り切って遠慮なくいただく。
そんな暮らしの中で、僕の演技力は磨きに磨かれた。
それがいま、役に立っている。
いままでの流れから、たぶん馬車に乗せてくれると予測出来るので、気絶のフリは町に入ってから止めればいいだろう。
それに、ずっとお世話になると、なんだか厄介な話に巻き込まれそうだから、早目に逃げるが勝ちだね。
リンという娘なのだろうか?
僕の容態を診ているみたいだ。
手を取って脈を調べたり、外傷を調べたりしている。
外傷を調べる時には大変だった。
これがくすぐったいったら、ありゃしない。
気絶のフリも楽では無いよ。
しかも、僕の服のウエストを緩めたり、胸の当たりを緩めたりと色々と気を使ってくれるのは、有り難いが、なんか変な感じがして目を閉じているのが苦痛でたまらない。
それから初め声を掛けた男だろうと思われる人に軽々と担がれて馬車の中に乗せられた。
これでやっと計算どおりの状況となって少しばかりホッとした。
気絶したフリはまだ続ける必要があるので馬車の乗り心地は最悪だったが、我慢せざるを得なかった。
これは仕方ないことだ。今の自分の立場で贅沢を言えないことは十分理解している。
その後、案の定、馬車は止められることは無く町に入れたみたいだ。
「…………ううん」
僕は頭を少しだけ傾けて呻き声を上げた。
ここまでは計算どおり。
「姫様、大丈夫ですか?」
…………姫って、僕のことか?
まあ、話しの流れからはどうもそうらしいが、人違いだと思うのだが……。
ここですぐに目を開いてはいけない。
「……んっ、ううっ」
ゆっくりと少しだけ目を開いてはまた閉じる。
「はふっ、ふう、……ほぁぁ」
たっぷり時間を掛けてから半眼だけ開いた。
あまり体調が優れ無い真似を続けると人違いを説明してもすぐに僕を解放してくれない可能性が高くなる。
演技に微妙なさじ加減が必要となる。
だらだらと手には脂汗が溜まっている。
一方で、心の中では別の考えが浮かんで来た。
『手に汗を握るって本当にあるんだ』としきりに感心してしまう。
目を開けると真近に金髪の美人さんがいるよ。
小顔で目は大きくて、睫毛が長い。モロ好み。
ハリウッドスター並みの容姿に中世のヨーロッパ風のドレスを着ている。
いまの時代はいつなのか?
いや、っていうか……、なんだこの舞台みたいな仕掛けは?
しかも僕って、だれ?
転生したのは分かってる。
しかも性別を間違えたことも、……まあ許そう。
だが、普通の転生って赤ん坊から始まるんじゃないのか?
まるでラノベみたいじゃないか、こんな転生は!
少し冷たいものが額に当たる。
目の前の美人さんの手のようだ。
「気が付かれましたか?」
「は、はぁ。あ、あの……ここは?」
「あなた様がお倒れになられていましたので、我が家の馬車に乗って頂いたという次第です。
失礼ですが、シャルロット王女様とお見受けします。お初にお目にかかります。私はギルバート・フィズ・ルーセントと申します」
目の前に紳士が帽子を取って深々と頭を下げる。
反射的に僕も頭を下げそうになったが、直前ではたと気が付いた。
……いやいや、ここで肯定したら問答無用でお城に連れて行かれるパターンだろう。
何かいい手は無いものか?
んっ、お初にと言っていたから、本物の王女を見たことがある訳では無いということか……。
ならば、人違いと言って馬車を下りた方が無難だろうか?
それともこの世界の状況が分かるまで何か上手い話でこの人達に厄介になる方が得だろうか?
えっと、えっと。
そうだ。
「ギルバートさま。助けて頂き、ありがとうございます。しかし、王女とは何のことでしょうか? それに私は一体誰なのでしょうか?」
僕は真顔でまじまじとギルバートを正面から見つめた。
その途端、馬車の中の面々からはスッと笑顔が消え、いきなり『しーん』と静まり返る。
聞こえるのは、馬車の車輪の音と馬の蹄の音ぐらい。
なんか失敗したか?
僕をギルバートは王女と思っているが、当の本人はその記憶がない。
では、僕の言葉を信じて馬車から降ろすのは簡単だが、本当に王女だった場合は王家の者を見捨てることになってしまい、後々のことを考えると厄介なので、ここは保護する方向で考えるはず。
だから答えは1つしか残されていない。
まあ、ほぼ僕の計算どおりだが……。
予想していたリアクションが返って来ない。
ギルバートの家に僕を連れて行くことにデメリットがあるのだろうか?
……こっちから聞いた方が早いかな。
「あの、ギルバートさま。私はこれからどうすればいいのでしょうか?」
ギルバートの顔は多少、引き攣りながらも何とか笑顔を取り戻していた。
「あなた様はたぶんシャルロット王女様です。
何かが原因で記憶を忘れておいでのようです。
ここで、すぐに我が家へおいでくださいと言いたいところなのですが、何分にも貴方様が王女様なら、王家の方をお泊めすることは出来かねます」
ふーん。そうなんだ。
でも、王女じゃあ無いから遠慮はいらないし。
しかも、色々と考えたいから何とか温かい食事と十分な睡眠が取れるベッドが欲しいものだ。
ここは何とか迫真の演技で泊めて貰うしかない。
「では、私が仮に本当にシャルロット王女としても、この場でははっきりした記憶がありません。
何処かの行き倒れを助けると思って、お手伝いでも何でもしますから、しばらくは寝る場所とお食事を食べさせてください。
もし、万が一でも私が本当に王女だったなら、この度のご恩を王にお伝えすることをお約束します」
この時の僕は、かなり真剣だった。
一年に一度あるか無いかという程に切羽詰まっているから、テキトーという信念を一時捨てた。