監禁?
朝起きた時に僕の目の前には怖い顔が並んでいた。
再び羽布団を被り、眠ろうとするが一瞬で剥ぎ取られてしまった。ギラギラとした目付きは僕を釘付けにする。叱られる前に先制攻撃とばかりごめんなさいと言ったものの、相手には誠意がないことに気づいているようだ。
まぁ、仏の顔もなんとやら……。
3回と言わず、両手でも数え切れないぐらいの粗相をしているから、信用を失くしても仕方ないのだろうが、ルナもアルテミスも王女たる僕に対して、容赦が無い。
『またシャワーもしないで寝たのですか?』
『下着のまま寝るなんてはしたない』
というセット攻撃には謝ることしか出来ない。
「はいはい、わかったわ。もう許してちょうだい」
僕はそう言って、昨日から用意されている下着といつものラフな普段着を手にして、お風呂場に入って行った。
後ろの方からまだギャンギャン言っているが、無視を決め込む。かなり汗っぽいと自分でも思うからあながち2人の言うことは正しいのだろう。
前世からのズボラな性格は治らないものだね。
僕がシャワーを終えて、部屋に戻ると見慣れないドレスが用意されていた。
すかさず頭の中に『なんだコレは?』という言葉が浮かぶのだが、たぶん王宮からの呼び出しかなんかだろう。
このところ、王宮には戻っていなかったから、ナターシャ様かリーナお母様からの呼び出しだろうか?
となれは、途中でフィズをお迎えしてから行った方が身のためだろう。1人で行く時の話の内容は火を見るよりも明らかなのだ。
つまり、僕のお見合いについて……。
「シャル様、お手紙が届いています」
さっきまでの雰囲気は微塵も無く、ルナが僕に手紙を差し出す。それを摘んで、テーブルに置いてタオルで髪を乾かしていると、迎えの者が待っているということを聞かされた。
ということは、手紙の発信元は母達ではない。
……父王だろうか?
髪を乾かしていたタオルをアルテミスに渡すと僕は手紙を開いた。
『すぐに王宮に来い』
事務的で無機質な手紙とは、僕としても構えてしまう。というのも手紙を書いた主は限られているからだ。
そう、僕が苦手な兄上殿下、つまりアリエス兄様からの呼び出しだった。
ご丁寧に、馬車まで用意して、僕には断る権利はないということを示している。
「ルナにアルテミス。私は王宮に参ります。
恥ずかしく無い姿に整えてください」
「「はい」」と2人が勢いの良い返事が重なって返ってくる。
髪を纏めてくれるアルテミスにごめんと謝り、ベッドの枕元のナイフを摘んで、鞘から抜くとまじまじと眺める。
意を決して、ナイフを差すための腰ベルトを調達するようにルナに耳打ちする。
ルナがアルテミスに後を任せると言い残して、急ぎ、館の外に駆けていくのが窓から見えた。
多少の時間稼ぎが必要だろうから、アルテミスに僕の気分が優れない旨を使者に伝えてもらった。
ほぼ着替えが終わる頃に、ルナが戻って来てくれた。
息を切らし、汗を額に光らせている姿を見て、僕はキッチンに行き、自ら3つのグラスに冷たい水を用意して部屋に戻る。
「はい、お冷をどうぞ」
2人にグラスを渡すと心を落ち着けるために喉に流し込んだ。
「2人ともちょっと聞いてください。
ルナ、アルテミス。いままでありがとう。
もしかしたら、 私は王宮に行ったら最後、帰れないかも知れない。
私の生き方はね……。
本当は悲しくて、悔しいけど、もう決まっているのよ。
だから、ここの生活は楽しかった。
あなた達から怒られることさえも私にはとても嬉しく感じていたんだから……。
私の可愛い妹達、ルナとアルテミス。
あなた達のことは忘れない。
だから、言える時に言っとくわ。
ありがとう。
もしも、私が1週間以内に帰らなかったらここを出て、新たな生活を始めなさい」
僕が本気だと伝わったのだろう、2人ともとても困惑している。
「シャル様、あの……」
「ルナ、質問はダーメ!
もしかしたら帰って来れるかも知れないし。
でも、伝えられる時じゃないとダメなのよ」
僕は机の中から小さな袋を2つ取り出して、ルナとアルテミスのそれぞれに手渡すとルナが買ってきたナイフホルダーにナイフを差して、太腿の内側に巻き付けた。
その他、ナイフホルダーの横のポケットにこの世界に飛ばされた時に不思議な光から持たされた小さな薬の瓶3つと30枚程度の金貨が入った皮袋を押し込んで捲っていたドレスのスカートの乱れを戻して鏡で全身をチェックする。
髪に付けられた華やかな髪飾りや花柄のドレスは僕の気分とは反対に素晴らしく綺麗なもので、着飾ることとはこんなことと今更ながらに教えられる。
いつもはつけない香水を軽くつけて、客間に待つ使者の元に向かった。
使者の言うがままに馬車に乗り込むと、門までルナとアルテミスが浮かない顔で見送ってくれる。
1度馬車から降りて、ギュっと2人にハグしてから、再び馬車に乗り込むと馬車はすぐに走り始めた。
窓を開け、2人に向かい手を振るが、しばらくすると2人の姿はみるみるうちに小さくなり、遂には見え無くなった。窓を閉めて馬車の座席に座ると、ふと涙が頬を伝わる。
根拠はないが、僕には、どうしても最後の別れに思えてならない。
馬車の着いた先は王宮だったのだが、裏道を歩まされて、誰にも会わずに謁見の間に通された。
そこには会いたくない人が待っていた。
「やあ、シャルロット。元気にしていたかい?」
満面の笑みを浮かべているが、隙も無く冷淡な感情が見え隠れしている。
やはり、この兄上は苦手だと再認識してしまう。
「はい、私は元気です。お兄様はいかがでしょうか?」
「そうか安心した、私も元気だ。
唐突だが、シャルロットもいい歳になったのだから、そろそろ婚約して我が国の将来に貢献して貰わねば困るのだ。近々決めてみてはどうだろうか?」
他人事と思って簡単に言ってくれる。
お前も僕の立場になってみろよ!
「ええ、素晴らしいお方がいらっしゃいましたら」
「ふーん。僕の意味が理解出来なかったようだね。
僕は決めろと言ったんだが?」
アリエスの目が異常に光って見えるのは、僕の気持ちの影響からだろうか?
「アリエス兄上こそ、ここは皇帝しか使えない場所なのではありませんか?
このことを父王はお許しなのでしょうか?」
僕は淡々と聞きたい言葉を紡ぎだして告げる。
アリエスを刺激しないように、細心の注意を払って。
「ええい、そんなことはどうでもいい。
お前は私の言うとおりにしていれば、妹ということに免じて命だけは助けてやろう。
だから、早々に隣国の王子と婚約して貰うぞ!
では、ナディア、後は任せる」
「はい 、お兄様。
お姉様もアリエス兄様に逆らうなんてバカなことを。
じゃあアンリエッタ、よろしくね」
くぅ、ナディアが隣国の留学から帰っていたのか?
しかも、アリエスに加担しているみたいだし、殺されることは無いみたいだが、僕の身の危険が一気に跳ね上がったと思わなければならない。
ナディアはゲームの中のキーマンだったことが思い出される。
アンリエッタと呼ばれるメイドの身体つきは女子プロレスラーさながら。
こいつとまともに闘っても負けるだろうと観念して大人しく後手に両手を縛られた。
それから、お約束のように口を何かの布で塞がれるとそのまま意識が遠のいていった。




