大事なプレゼント!
晩餐会の用意が済む頃には、夕方に差し掛かっていた。ギルバートにお願いして、ギルバート邸の庭を使い、立食パーティー形式にしている。
所々にランプを配置して、灯りは確保した。
館の周囲警備はギルバートの私兵が担当することになるが、わざわざ近衛師団を相手に襲って来ることもないだろう。
テキパキと準備をしているメイドの集団に目を向けると、若い娘さん達は寂し気な顔をしている。
近衛師団の中には、メイドと恋仲になっている者がいると聞いたことがある。今からって人もいただろうし、そう考えると寂しい気持ちでいるのは僕だけでは無くもっと多くの人々の心に残念な気分をもたらす出来なのだと気付かせてくれた。
みんなの気合が料理の盛り付けやテーブルに飾る花に表れている。騎士が非番の時には僕の館に出入り出来るようにしてあげよう。
もう全員の顔も覚えているから、何も問題はない。
晩餐会の始まりは、僕の門での歓迎から始めた。
一人一人と握手して、この場では、開けないでくださいという一言を添えて、ラッピングした小さな袋を渡す。
みんなが葡萄酒が入ったグラスを持つと、僕の感謝の言葉を述べてから、ギルバートの乾杯の言葉で宴は始まった。
さすがに若くてまだ育ち盛りな騎士も少なくないため宴会が始まると無言で食べ始める。
しかも、分隊長以下は全ての人と言える。
騎士の習慣であるのだろうか?
時間がある時に色々なことを早く行う訓練を積んでいると聞いたことがある。
今日は、ゆっくり味わって食べて欲しいのに……。
お代わりの要求で、メイドが忙しく働いている姿を見ながら開催して良かったと自然に嬉しさで頬が緩む。
食べることに集中していた騎士達もアルコールがまわったのか、かなり冗舌になっている。
歓談していたり、肩を組んで歌い始めたり、酔っ払って木の下で寝転んでいる人もいる。
夜も更けて、月明かりに照らされる。
オーケストラの演奏でムードも満点になってきた。
今夜は無礼講としているから、交代でメイドも参加している。カップルを見つけると『がんばれー!』という気持ちになってしまう。
いい雰囲気のカップルがいたから思わずじっと見つめていると不意に声を掛けられた。
「シャルロット様、ガン見してたら変態ですよ」
僕は声の持ち主に軽くデコピンして反論開始。
「ルナにアルテミス。あなた方も何方か良い方はいないのかしら? これでは、私も心配で王宮に戻れませんね」
「いまは、シャルさまの側に居たいから彼氏さんは必要ないんですよ。それよりもシャルさまの方こそ、婚約しないのですか?」
だから、ルナ。
僕は婚約したら負けなんだよ。
お願いだから黙ってくださいね!
「そうですよ。もう婚約の申し込み写真の保管場所がありませんし、観念してください。だから、さっさとグレイ様に話し掛けて頂きたいのですよ!」
うるさい、アルテミス。
お前達が僕を付けていたのは、知っていたよ。
だから余計にグレイを避けてたというのに。
お前にはあとでお仕置き決定ね!
「ルナ、私は婚約はしないから。アルテミス、写真は捨てていいわ。それにグレイにも選ぶ権利があるのだから騒がないの。それより、私も喉が渇いたから冷たい葡萄酒が欲しいわ」
「すぐに持って参ります」と近くにいたメイドから返事が返ってきた。
「あっ、そこのメイドさん。待ちなさい。
私がちょうど冷たいヤツを持っているから、これをシャルロット様に差し上げる」
って、避けてた相手がやって来た。
気を抜いてはいたのだけど、こうまで見事に近づくとは、やはり一流の騎士ということか……。
「あら、グレイ。ありがとう。
でもこれはあなたのお酒じゃないの?」
とは言え、既にグラスを受け取っているのだが……。
「いえ、いいのです。それよりシャルロット様、私を避けていらっしゃいましたか?」
急に真剣な表情でグレイが僕に聞いてきた。
「……あら、わかりましたか?」
僕は涼し気な表情で答えるのだが、グレイの顔には思い詰めた感が見て取れる。
「あの、僕は……」
何かを言おうとしているグレイの唇に僕の飲みかけのグラスを押し当てて言葉を遮る。
「はい、半分だけだけど、あげるわ。
私があなたを避けていた理由は簡単です。
私には、まだ決心ができないから……。
これ以上は話せません」
「そうですか。
私をお嫌いになられていないのなら、それだけでいいのです。今日は、私共のためにこんな素晴らしい晩餐会を開いて頂き、ありがとうございます。
騎士達もとても楽しんでいて、私としても有り難い限りです」
「グレイ、あなたには伝えておくわよ。もし、あなたの配下の者が非番の時に、私の館の者に会いに来ても許してあげる。でも、館の中ではなく外に連れ出してあげてください」
左目で軽くウィンクしてその場を離れようとするが、グレイから呼び止められた。
「シャルロット様、これを受け取ってください」
そう言って突き出されたものは、以前に僕が借りたサバイバルナイフ。
かなり無骨なプレゼントで女の子ならば、『なにこれ』というレベルだろうが、僕にはとても嬉しかった。
命を守るための相棒を僕に与えてくれるという意味はとても大きい。
しかも、そのナイフはかなり手入れを欠かさずにされていることも前に手にした時にわかっている。
「こ、コレは受け取れません。あなたの命と言ってもいいモノじゃない」
「私は、命令とは言え、お守りしたい方を離れないといけません。ですから、私の代わりに守ってくれるように神殿で祈りを込めて頂いています。だから、是非収めてください」
ここまで言われたら受け取らない訳にはいかない。
「ありがとう」と言って受け取り、アルテミスを呼んだ。
どうせ近くで見ていることだろうし。
案の定、すぐにやって来たから、ナイフを渡す。
アルテミスも何をすべきかは察したようで、ナプキンで綺麗に包んで、それを私に渡してくれた。
パーティには物騒なモノは似合わない。
グレイも理解したみたいで、僕も安心した。
宴は夜中過ぎまで続き、最後にグレイ以下、小隊長のお礼の言葉を私に告げて解散すると面々が帰途に着いた。
メイド達が忙しそうに片付けをしている中を僕は1人部屋に帰るとさっきまでの喧騒が嘘のように思えてしまう。
ベッドに転がって、ナプキンで包まれたナイフを取り出して、鞘から抜くと鏡のように磨き上げられていて、そこには赤い顔をした僕の顔が映っている。
その顔は葡萄酒のせいと割り切って、ナイフを鞘に収めて、枕元に置いた。
緊張が解かれたためか、急にかなり疲れていたことを自覚して何もする気が起きない。
ドレスを脱いで、下着のままシャワーも浴びずに寝るなんて、ルナやアルテミスからこってり怒られるだろうが、そんなことはこの際、どうでもいい。早く眠りたい。
横になると夢の中に入るには1分もかからなかった。




