水が指間から溢れるように!
この世界の地形と国々の特産品、国力や領土を調べていたら、寝るのは夜中になった。
このところ毎日だから、気を遣ってルナやアルテミスは起こしには来ない。
昨日などは目の下にクマが出来ていることでルナから怒られてしまった。アルテミスが涙を堪えていたのが僕の良心にはかなりこたえた。
『たかが、クマだけだから心配すんな!』って言いたいが、アルテミスは優しすぎる性格だから我慢した。
言ったが最後、あとが面倒だからに決まってるので。
そんなだから、今日の朝はゆっくりと休んでいた。
ベッドの上で大きく伸びをして、布団をはねのけて、木の無垢な床に裸足で降り立つとひんやりして、心地よい。
再び、ここに寝転びたい気持ちを抑えて、まず顔を洗う。ゴムなんて便利なモノが無いから、髪の毛は幅広い布で後ろで結んで左側に垂らしているのだが、やっぱり伸びて来たと自覚してしまう。
……髪の毛が伸びたら自由を剥奪されてしまうという恐怖感があるのだが、あんな父王でも、いきなり婚約という暴挙に出るとは思えないし、みんなからも伸ばせと言われている手前、またもやばっさりと切れば嵐のような文句が言われることだろう。
しっかり顔を洗うと、やはり美少女としか思えない顔に見つめられる。
その相手は僕だとは未だに思えないし、自覚もない。
前の世界ならば、即芸能界からスカウトされることだろう。
コットンに似た素材のタオルで顔を拭いて、寝巻きから飾り気のないラフな姿、1番のお気に入りの格好のタンクトップにホットパンツに着替えると同時にアルテミスが部屋に入って来た。
ルナとアルテミスが僕の部屋に入るのにノックは必要無い。
「シャルロット様、お目覚めですね。おはようございます」
2人の挨拶も初めはぎこちなかったが、いまでは恭しく頭を下げる仕草や言葉も板に付いてきた。
「ええ、アルテミス。おはよう」
アルテミスからお冷やを貰いながら返事をする。
これは朝一の僕の日課となっている。
一応、お母様から習った美容方法でもある。
「ルナが朝食を用意して待ってますわ」と僕からグラスを受け取りながら伝えてくれた。
「あら、本当!? 待たせたわね。すぐに行くわ」
僕は素足のまま、朝食を食べにダイニングに顔を出すと、見知った顔が待っている。
近衛師団の面々であるのだが、グレイ以外に5名の小隊長が揃っている。
アーレン、トム、ロバート、レイ、ガルフといった面々でこちらはイケメンというよりも、一騎当千なイメージが伝わって来る。
しかし、それがわかった時点で僕もドアに顔だけ出して再び引っ込めた。
あーっ!、顔だけで本当に良かった。
急いで部屋に戻って、他の服を見繕う。
年頃の乙女が、アレでははしたない。
僕からフラグが立つようなことをするところだった。
急いで、ブラウスとフレアスカートに着替えてから、薄っすら化粧をする。
1人暮らしの条件に王族の威厳を崩す真似だけは禁止されているから、かなり真剣になる。
……さては、アルテミスはお客様がいることを知っていて、わざとやったな!
部屋の中でベッドメイキングをしているアルテミスを一睨みすると、待ってましたというようにアルテミスが口を開いた。
「シャルさま。だから常々、私は注意申し上げていましたのに、聞き入れて頂けないから、こんなことになるのです。
だ・れ・が・わ・る・い・の・で・し・ょ・う?」
静かな怒りが伝わって来る。
謝っとかないと、あとで怖いよ。
「はい、悪いのは私です。
アルテミスが正しかったわ。ごめんなさい」
「なら、いいのです。次からは気をつけてください」
「はーい」と間延びした返事をして、ダイニングに向かった。
そんな僕をちろっと横目で睨むアルテミスには、なんとなく嬉しさを感じている。
1人の寂しい暮らしとは、まるで違うと思わせてくれて、とても幸せだと実感できる。
「お待たせしました。皆さん、ごめんなさいね」
軽く頭を下げて謝るが、僕が謝ると相手の方が恐縮してしまう。
グレイ以外のみんなが一斉に俯いてしまう。
「急に押し掛けてしまいすみません。
実は、私達に新たな命令が下りました。
王宮に配置されました。
つまり、護衛は今日までです」
重苦しく言葉を述べるグレイは心なしか寂しく見える。しかし、僕の気持ちの中ではそれどころでは無い。
えっ、そっ、それは……。
そそ、それってー!
みんなとのお別れということになるのだろうか?
「じ、じゃあ私の護衛はどなたがなさるのですか?
私はみなさんがいないと心細いわ。
寂しくなるし、聞きたくないお話しですね。
…………でも、命令ならば仕方ないのでしょう。
今夜は簡単な晩餐会を開かせてください」
「シャルロット様。ありがとうございます」
そう言って彼らは帰って行った。
グレイを始め、揃っている面々にお礼を言われるが、そんなものは要らない。いままで僕を守ってくれた力強い味方にたった1食を食べて頂くことだけでは、気持ち的に到底足りはしない。
特に僕の無茶に付き合ってくれたグレイには何を言っていいのかわからないし、これから誰に頼ればいいかはもっとわからない。
少しパニックになって来た。
色々考えると子供達の先生をしてくれた騎士もいて、グレイの部隊には感謝してばかりだ。
ええい、まずは行動が大事だね。
じゃあ、急がないと時間が無い。
「ルナ、アルテミス。来て、早く!
大変なのよ。急いでっ!」
ルナもアルテミスも僕の気持ちがわかってくれた。
お昼を食べずに、買い出しに行って、それからクッキーを焼いて、ハムを切って、シチューを煮込んで、フルーツを切り分けて、葡萄酒を冷やす。
でも、まだまだ何かが足りない。
ふと良い考えが頭に浮かんで来た。
厨房を2人とメイドに任せて、僕は部屋に戻ると、ベッドの下から中くらいの箱を取り出して開ける。
僕のための宝石が所狭しと並んでいる。
これをみなさんの恋人や奥様にプレゼントして貰いましょう。
このぐらいしか僕には持ち物が無いことが気持ち的にもどかしい。
とても感謝しているグレイには僕が1番身に付けていた真珠のネックレスを差し上げよう。
他意はないけど、本当に貰ってくれるなら嬉しいのだけど……。
プレゼントを僕なりに、綺麗な色紙でラッピングして並べてみると、お別れが急に現実感となり、その寂しさを思い知る。
だから、今日は大切な日だね。
泣かずに最後まで、お互いに笑って『さよなら』をしよう。
だって、永遠の別れでは無いし、泣くよりも少しでもみんなとのお話しをしていたい。
さあ、ガンバだね!
2話書いて、どちらもボツりました。
やっと更新です。
お待たせしました。
……えっ、待って無い⁇
失礼しました(笑)




