契約書はちゃんと読もうね!
思いつきで、適当に書いてしまいました(笑)
なんとなく。
そう、なんとなく生きていて。
そしてなんとなく、死んでしまった。
15歳の夏休み前の期末試験の1日目のこと。
僕、鈴木 久は登校途中にクラスメートらしき女の子が車に轢かれそうになったから、それを庇って身代わりに車にはねられた。
単に普通のクラスメートなら関心もなく素通りだったと思う。
それが他ならぬ、隣の家の幼馴染みだったから、勝手に身体が動いて招いた結果だった。
両親を交通事故で無くし、孤児院で育った僕にとって、事故前と同じように接してくれた1人きりの特別な存在だから、こんなことで命を落としたらいけないと思ったんだ。
悲しむ人がいるなら、まだ生きないと。
これで少しでも僕が貰った『ありがとう』が彼女に返せたら……と思った。
学校に行かずに引きこもりたかったけど、孤児院生活の中では出来ないから、せめて心だけは外界から引きこもることで、生きることに折り合いをつけていた。
だが、その必要も無くなった。
そして、真っ白な空間に浮いている光に話しかけられている。
例に違わず、転生の手続きだ。
古き慣わしで、羊革用紙の契約書に適当に条件を選びOKとサインした。
「はい。それでいいです」
「大丈夫ですか? 最後の決定ですからね。
そんなに簡単に決めても本当に大丈夫なのですか?
みんな、2、3日は時間が欲しいとか言いますが……」
目の前の光から真剣に説得されるが、変える気持ちは当然無い。それ以前に面倒くさい。
「じゃあ、……って、あの〜寝てるんですか?
コホン、まぁいいでしょう。
前世は適当に生きたみたいですが、今回は真剣になってくださいね。
これも、最後に人助けした神の温情です。
そうそう、そう言えば今回の転生は、……が特別に与えられます」
んっ、なんか言ってたな?
まあ、いいや。
これ以上、悲惨なことは無いだろう。
◇◇◇
目が覚めたのは、草原の中だった。
見渡す限り、小さく町らしきものが見えるだけで、他には地平線まで見渡せるような広大な草原の中に立っている。
気持ちのいい風が吹き渡る。
髪をなびかせる程に心地よく吹き渡る。
ほんと、気持ちいい。
でも、僕の髪は何時からこんなに長かったのだろうか?
それに……、これってロングスカート?
えっ、それじゃあ!?
思わず胸に手を当てる。
あっ、やっぱり。
性別欄を…………書き間違えた。
まあ、仕方ないか……、契約書をよく見て無かったから自分が悪い。
納得だ。
この世界でも適当に生きるなら男よりも有利かもしれ無いし、なるようになるさ。
その後、かなり遠くに見えていた町らしき場所に重い足取りで移動を始めた。
なかなかスカートというものは、なんと言うか……歩きにくい。
太陽の光が少しの遠慮も無しに僕に降り注ぐ。
大きな樹が繁っている下は、絶好の避暑地となる。
その陰の中の切り株に腰を降ろし、ひと休みしながら持ち物を探る。
ポケットを調べると金貨1枚、銀貨3枚に銅貨が5枚、それにかさばらない長さの短刀と水が入った水筒に1食分の簡易食と何かの薬瓶が3種有るだけだった。
最後に、小さなメモが見つかった。
『これを読まれているなら、さぞかし驚いていることでしょう。では、新たな人生をお楽しみください』
……って、余計なお世話だ。
こんなことよりも、薬の使い方を記しておいて貰いたかった。
まあ、いい。
なんとかなるだろう。
町に着くと、定番というか案の定だった。
門番に許可証を見せなければ入れないらしい。
そして、いまの僕にはそんなものは無い。
お金もあまりないし、使い古された手だが、やる事はただ一つ。
いま来たの方を見ると、丁度遠くから馬車が此方にやって来るのが見える。
見た目、かなり豪華な作りは多分貴族のものだろう。
とりあえず、下手な芝居で馬車の前に横になる。
その芝居は『あーれーっ』ってな感じ。
「ヒヒヒーン!」
ズシャっという音が聞こえ、思ったとおり馬車は止まってくれた。
それからお決まりのように御者に顔を2、3度叩かれる。
痛いよー。
心の中で泣き叫ぶ。
『ガチャ』と続け様にドアを開ける音が聞こえ、僕の傍に誰かが跪いて、僕の様子を伺う気配がした。
腕を取られて、脈をはかる。
「どうやら、生きているようだ」
野太い声は、馬車の誰かに言っている。
これから失敗は許されない。
僕はこの馬車で町に入らなければ、ご飯も水も明日で尽きてしまう。
大概のことは適当でいいけど、苦しいのは好きじゃない。
「君、大丈夫かい?」
目を開けずにまだまだ芝居する。
……この声は30後半から40半ばぐらいかな?
ゆっさ、ゆっさと僕の身体を揺らして起こそうと試みている。
……おっさん、倒れた人を揺らしてはいけないんだぞ。
冷静に突っ込みを入れながら、目を開けるタイミングを計算する。
「あなた、何をしてらっしゃるの?」
……知らない女性の声が聞こえた。
うっ、まずい。妙齢の女の人は、優しいか冷たいかの両極端な性格が多い。
ましてや貴族の女には高慢ちきなのが多いと歴史が物語っている。
このまま、この場に転がされて走り去る確率が格段に高まった。推測としては5割増し越(当社比。データは街角募金の経験値からの出典)
置き去りにされる場合でも文句は言えないが、最低でもこの馬車が走り去る前に荷台にこっそりと潜り込むことだけは許して欲しい。
『ざっざっ』と砂を踏む音がして、誰かが近づく。
たぶん、さっきの妙齢の女性だろう。
喉が渇いて来たが、気絶したフリを続けなければならない。どうせすぐに捨てられるだろうから、あと少しの我慢だ。
……?!
んっ、額が冷たい。
誰かの手が当てられているらしい。
「まあ、なんて可愛らしい娘さんなのかしら?
それに、この豪華なドレスは、もしや……行方不明の王女様かしら? リン降りておいでなさい。手伝って」
んと……。
今の状況は……、『僕の着ている服はドレスで、かつ行方不明の王女と間違われた?』ということかな。
じゃあ、この立場なら僕は否定することが正しいんだろうが、それをカミングアウトすればやっぱりここで『さよなら』になるんだろうね。
それなら、どちらでも無い立場でいるなら罰にもならないだろうから、都合よく記憶喪失になりましょうね。