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「あれ? こっちじゃないの?」
とリーンがエミに訊くと、
「うん。バスには乗らないから」
すると横からノカがはしゃいで言ってくる。
「じゃあ、近くってことじゃん。良かったー。てっきり学区の果ての果てまで連れて行かれると思ったー」
もちろんミサナは何も言わなかったが、密かに、「それってもしかして、特訓も兼ねて学区の端まで走って行くことじゃないかな」という普通ではない期待を普通に抱いていたが、エミの、
「歩いて五分くらいだよ」
という言葉にあっさりと期待は打ち砕かれた。ノカには幸いだった上、実際この四人で行動するときはノカのやる気如何にかかっているところがあるので、この場合は近くで良かったというところだろう。
何しろ歩いて五分なので、そうやって四人でぴーちくぱーちくやっていると(実際喋っているのは二・五人くらいだが)、あっという間に着いてしまう。
「ここだよ」
とエミが振り返ってニッコリと微笑んで指し示したのは、どう見ても行き止まり、というかただの生け垣だった。
「ちょっとエミー、行き止まりだよー。もしかしてこれを飛び越えろ、ってことー? そんなのミサたんしか行けっこないじゃんよー!」
指名されたミサナは、「わかった、飛んでみる」と表情を引き締めて助走を取り、二歩分進んだ瞬間に、
「飛んじゃダメだよ、ミサちゃん」
とエミの天使ボイスに遮られ、跳躍に向かってまさに加速をつけようとしていた脚部はしかし、ロボット兵器さながらの制動力で急停止した。軍が秘密裏に開発したサイボーグかアンドロイドが学生のフリして紛れ込んでいるのではないかという疑いさえ抱いてしまいそうな性能だった。先に言っておくと、そういうメガネ帽子んちゃキーン娘みたいな超展開はありませんので。
ともかく見るからにしょんぼりと立ち尽くすミサナに代わって前に出たのはリーンである。
「ミサ、ここはわたしに任せておいて」
リーンはそう言うと挑むようなまなざしをまっすぐにエミに向ける。
「学園の名探偵と呼ばれたこのわたしが、謎を解いてみせる!……………そうか、わかったぞ。スイッチだ。扉を開くスイッチが隠されているはずだ」
リーンはそう叫ぶなり素早くエミの脇を駆け抜け、ようとしたところで、「えい」というエミの声が耳元で聞こえ、次の瞬間、分厚い芝生の上に倒れていた。
何が起こったのかわからない。すぐ側で見ていたノカには見えなかったが、ミサナには見えた。普段のエミからは信じられないような瞬間的な挙動で足をかけたのだ。ミサナは格闘家としての魂がわきあがり「むむむ、なかなかやるな……是非手合わせしてみたいものだが」と内心つぶやいているが、そもそもあなたは格闘家ではない、というツッコミを入れるべき人間は残念ながら草の上だ。
「くっ、宇宙一の頭脳を持つこのわたしを出し抜くとは…」
リーンはまだ演技モードだった。
そうなると、もうひとりのノリのいい人物が黙ってはいない。
「ふっふっふ」
「誰だ!」(リーン)
「名探偵がダメならここは大怪盗の出番というわけじゃんねー! 学園中を震撼させる、話題沸騰中のトラブルメーカー、怪盗アルセーヌ・ノカンがお相手って感じー」ノカン……ゴロが悪すぎる。
「ノカン! ノカンだと! お前は前回の放送でまんまとわたしの罠にはまって今頃は警察の留置場の中だったはずじゃ…」
しかしいつになくリーンはノリノリだ。
「ワザと…」
「なに?」
「ワザと捕まったって言ってるじゃんよー。おかげでホラこの通り、いままで謎とされていた留置場の内部の地図をつくることができたって感じー。これもあんたがあたしを逮捕してくれたおかげだよー、ありがとう、リームズ!」
「何だって! まさか、このわたしを出し抜いてわざと捕まったと言うのか。そんなバカな…」
止める人がいないので、あと十分ほどふたりの演技は続いた。