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氷雪の狙撃手  作者: ゆうかりはるる
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1-5

 しかし、その後は別に、先輩と顔を合わせることもなく相変わらずに毎日は過ぎていた。

 そんなある日の昼休み。午前中の選択実習を終えたミサナとリーンは広場でノカとエミを待っていた。

 そこへ、ノカが大急ぎで走ってくるのが見えた。エミの姿はそのかなり後方に見える。どうやらノカだけがものすごく急いでいるようだ。

 声が聞こえそうな距離まで来ると、ノカは、

「大変、大変ー!」

 ノカの大変にはあまり取り合わない方がいいと経験的に知っているミサナとリーンは早くも聞き流しモードになっている。

 よっぽど急いで走ってきたのか、はたまた軍人のタマゴとは思えないほど体力がないだけか、ノカはミサナたちの元へ辿り着くと、完全に息を切らして下を向いてはあはあと膝に手をついて急いで酸素を補給していて、そこへかなり遅れてエミがやってきた。こちらは息を切らした様子もないので、どうやら真面目に追いかけてこなかったらしい。

「はやいよ〜、ノカ」

 エミがそう言ったところでノカが復活した。

 顔を上げたノカに向かってリーンが渋々口火を切った。

「で? 何をそんなに慌てていたの?」

「あれ、ノカってば、まだ言ってないの?」横でエミがハテナマークを浮かべる。

「いまから言おうとしてたの! えっと、それでね、なんとっ!」

 ノカが人差し指を立てて、言おうとするその瞬間に、横からエミが、

「学園祭、やるんだって〜」

 ほんわかと言ってしまった。

 一瞬、固まる四人。が、いち早く我に返ったノカが喚いて時が動き出す。

「もうーぅっ、エミってばぁ、あたしが言うとこだったのにぃ」

「だって、ノカなかなか言わないんだもん」

「勿体つけてただけなのにぃ」

「わたしはふたりに早く知らせたかったし」

「もうーっ、マイペースなんだから」

 マイペースな人は大概自分に向けられたその言葉を無視するのが仕様なので、取り合う様子もなくニコニコとしているエミの顔を見て、ノカはまだ何か言いたそうではあるものの、言葉は呑み込んだ。

 そして、やりなおした。

「あのね、五年ぶりに星流花祭が復活するの! 伝説のフェスティバルが帰って来るんだよ!」

 ノカはミサナとリーンの顔に頭突きでもしようかという勢いで身を乗り出して勢い込んで言うが、二人の反応は、

「え? せいりゅう…さい?」

「………」

 と、ひどくあっさりしている。

「星流花祭! だから、学園祭だよ! 授業は一日潰れるし、準備期間中は課題も補習もないことで有名な、あの救済措置と書いて安息日と呼ぶ、赤点常連者の伝説の理想郷が開催されるんだってばーっ!」

 ミサナとリーンの反応がいまひとつだったのには、それぞれの理由があった。

 リーンの場合は、

「それって本当? こんな軍事機密だらけのキャンパスに人なんか呼べないんじゃないの? それとも内輪で盛り上がろう、ってこと? でもそれで本当に盛り上がるかな」

 とノカとエミのもたらした情報そのものを疑ってかかっている。しかし、そう言いながらも考えていたらしく、

「あでも、そうか、軍事施設だからこその対外的パフォーマンスが必要ってこともあるか。ここは安全な施設ですよー、でもいざとなったら皆さんを守って戦いますよー、というアピールを周囲に向けて発信する、という目的には、なるほど確かにうってつけかも」

 と、急に肯定論に転じたリーンであったが、

「何言ってるのか、意味わかんなーい」

 というノカのダダ声で台無しである。

 と、そのノカは、リーンの隣で黙ったままのミサナにロックオンした。ミサナは学園祭というのがどういうものかよくわかっていない様子だ。

「ミーサちん」

 ミサナへ腕の悪い詐欺師のような口ぶりでノカがまつわりつく。

「ミサちんもきっと楽しいよ〜? ミサちん好みのイベントも盛りだくさんだよ、絶対。あ、そうだ。確かあれだよ、射撃大会があるんじゃなかったっけ」

 射撃、という言葉にピクン、とミサナが反応する。

 これを好機と捉えたか、ノカはミサナの耳元で悪魔の言葉をささやく。

「きっと学園最強の狙撃手を決める大会だよ〜。景品も出るよ〜。

「わたしも、大会出る」

 決然とミサナは言った。

 その横顔を、リーンは呆れた顔をして見ている。ミサナが言葉を続ける。

「そして、絶対優勝する」

「そうそうその息だよ! 大丈夫、ミサちゃんなら絶対超優勝できるよ!」

「うん、頑張る。今日から特訓す」

「ダメ!」

 特訓する気満々のミサナにリーンがダメだしする。

 途端にシュンとなるミサナ。

「まあまあ、もしそういう大会があるなら出るのは別に構わないからさ」

「だったら特訓」

「ミサならそんなことしなくても優勝できるって」

「たしかに」とノカが言う横でエミもうなずいている。

「それよりさ、古来より学園祭ってのはもっと文化的なことをするものだよ」

「文化的ってー?」とノカ。

「うーん、たとえば四人でバンド演奏するとか」

「えー、あたし楽器できないよー」

「わたしはバイオリンなら、ちょっとできるよ。楽器もある」とエミ。

「えっ、マジで? エミって実はお嬢様だったの?」

「そんなんじゃないよ。お祖母ちゃんが音楽好きだったから。わたしもお祖母ちゃんに習っていただけで、そんな上手でもないけど」

「へー、でもすごいじゃん。わたしはギターなら少しできるんだけど、ミサは?」

 ミサナは黙って首を横に振る。

「へえー、リンちゃんのギターって見てみたいかも。なんかカッコよさそう」

「しかしギターとバイオリンだけじゃ、さすがにバンドは無理だね。じゃあ、いっそダンス主体のアイドル路線かな。これならちょっと練習すれば一曲くらいは何とかなるっしょ」

「いいねー、アイドル。じゃあじゃあ、SSCの曲にしようよ! あたしMVとか持ってるし」

「わたしもSSC好き」とエミ。

「いいかもね。SSCなら誰でも知っているだろう、し?」

 とリーンが振ったのはミサナで、ミサナは首を横に振りながら、

「わたし…聴いたことない、かも」

 SSC。実際のグループ名は、シュガー・ストロベリー・クリームス。その名の通り、コテコテ甘々の正統派歌って踊れるアイドルグループである。

「じゃああたしディスク貸してあげるー!」

「わたし、プレーヤーにダウンロードしてあるから、いま聴けるよ? 聴いてみる?」言いながらエミは鞄の背面についたポケットから携帯音楽プレーヤーを取り出した。「えー、あたしが貸すのにー」と喚くノカを無視してイヤホンを外して液晶を操作すると、液晶画面を三人に向けてかざした。

 液晶にはピンク色主体のディスクのジャケットが表示され、音楽が流れだした。

 派手な前奏に続けて歌声が始まると、ミサナの瞳がかすかに見開かれた。

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