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「ええっ! 堕天使と会ったって? どこで? どうして?!」
リーンとミサナは夕食後、寮の部屋に戻ってきていた。ちなみにこの二人は相部屋であるが、ノカとエミは別々だ。その二人はいわゆる幼なじみという間柄である。
リーンの過剰な反応に少し戸惑いながら、ミサナはぼそぼそと今日の出来事を話した。
「ほんとに? それだけ? 変なことされなかった?」
変なことって何だよと思いながらも「別に」と短く答えると、この話題は終わりとばかりにミサナは鞄から出した今日借りてきた本のページを開いて活字に目を落とした。そこへ、フリーズしていたリーンが再起動を終えて再びミサナに詰め寄ってくる。
「ね、ミサ、あんたは少し無防備なところがあるからさ、絶対油断しちゃダメだよ。ていうか隠れて会うのも禁止」
「だって、偶然会っただけだし」
「そんな偶然あるわけないじゃない! きっとミサナの後をつけていたんだよ、図書館からずっと。いや、たぶん教室から、ううんひょっとして、今日の朝寮を出るときから、いっそ昨日の…」
「そんなわけないって」
ミサナはなおもわあわあ騒いでいるリーンを無視して活字を目で追い始めるが、途端に昼間間近で対面した堕天使先輩サリアの強い力を宿した瞳が思い出されて、結局その後も消灯時間まで読書には集中できずじまいだった。同居人が延々うるさかったということもあるが。しかも途中からなぜか、年頃の娘に恋人ができてあわあわと禁則事項をこれでもかと増やし続ける父親のようになっていた。当分ひとりでの外出は禁止になった。訓練でも図書館でもトイレでもどこでも着いてくるそうだ。
もっとも、ミサナとしてはリーンの過保護ぶりを迷惑とは思っていない。ただ、なぜゆえ先輩が堕天使と呼ばれるのかはさすがに気になった。褒め言葉とは言えないだろうし。
なのでそれについてはリーンに訊いてみた。
「ねえ、なんで堕天使?」
簡潔なミサナの問いかけにも、リーンは慣れたもので、その足りない部分を脳内で補って質問に答える。
「それはやっぱり、堕落してるからだよ、きっと」
なんだやっぱりあんたも知らないんじゃんと思ったがもちろん声には出さない。
「だって天使が堕ちてるんだよ? あんたは宗教には興味ないと思うけど、天使ってね、何というか、言ってみれば神の命令ならどんなにひどいことでも冷酷に実行に移す戦闘サイボーグみたいなもんなのよ。要は何をやっても神様がその行動の根拠を保証してくれるという究極の無敵野郎ってことね。堕天使っていうのは、そういう、善なる存在としてさえ強力な存在が、神の庇護なんてもう結構、これからは勝手にやらせてもらいます、って反抗期を迎えて家出しちゃうってことなんだから、もうきっと、やりたい放題なのよ」
これはもう完全に話が逸れていたが、ミサナは敢えて指摘せず、
「ふーん」
と呟く。内心では、リーンのこの数十分が水の泡になるようなことを思っていた。
すなわち、
『今度あったら、もう少し話、してみたいな』
「父」リーンは、本人がそれと知らぬ間に敗北していた。