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ところで、すでに忘れられてるであろうノカのフルネームはノカ・ミラという。パッと見どちらもファーストネームっぽいが、それもそのはず、ミラは元々はノカの母親の名である。ノカの一族は国内でも辺境と呼ばれる地域で閉鎖的に暮らす少数民族であり、家族という概念が一般とは少々異なり、部族全体に及ぶ。そのため、いわゆる氏族としての「姓」を持つ必要がなく、その名付け方は、同性の親の名をもらい、それと新たに親が付けた名を組み合わせる、というものだ。辺境の少数民族の例に漏れず、ノカの故郷もまた閉鎖的な社会を形作っているが、それは、古い因習に縛られているといったことではなく、単に地理的に、余りにも都市から隔絶しているがゆえの、あくまで地理的な理由による。事実、ノカの世間一般から見てもくだけすぎている性分は、実はこの部族出身のものに共通の特徴であり、若いうちには積極的に村の外に出て行って見聞を広め、自由気ままに人生を謳歌する気持ちのいい一族なのである。
そんな陽気な地方出身者であるノカが軍直轄の学園に在籍している背景には、この辺境部族出身者という出自が関係している。この国の長い歴史の中では、現在は辺境部族とされている少数民族たちもまた、大陸中に点在する氏族のひとつとして、現王家の祖先にあたる一族ともいわば対等の立場であった。
しかし、大陸平野部における文明の勃興が急速な氏族統合、すなわち国家の誕生を促すと、巨大な国家という枠組みに呑み込まれることを嫌った氏族たちは肥沃な平野部から未開の山岳地帯や密林地帯へと追われるように移動を開始する。ノカの一族もまた、そうして辺境へと追われた氏族であり、辺境部族のほとんどは同じような歴史を背景に持っている。
破竹の勢いで大陸中央の平野部を統合した国家は、その中心となった氏族の名前をとって、ウル・スルラ国と名付けられた。これが、現代まで連綿と続く、ウル・スルラ国の起源である。ウル・スルラ国は、人類が開墾してから千年以上が経過している平野部分を完全に掌握すると、それ以外へ逃れた氏族を追うことはしなかった。それは、短期間で広大な領土を支配地域としたことで、内政を充実させることが急務だったためである。王権国家において、国家的な戦略は王の意向によって大きく変わるため、その後のウル・スルラ国の辺境部族政策は、強硬と柔軟が情勢によって繰り返し変動することとなり、その結果、長い年月を経る間に、少しずつ、辺境部族たちの力は弱められていった。
さて、歴史の勉強はこのくらいにするとして、学園の堕天使との不意の遭遇の、その後のノカを、追ってみることにしよう。




