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十数人のマスク集団たちは手に持った銃器類を突きつけ、ステージの上にいた四名のミスコン出場者たちを手早く無力化していた。
両手を後ろ手に縛り上げ、皿に腕と胴周り、そして足首に紐を回して身動きを不可能にした上で、元の位置に立たせる。これは、古の戦場において、捕虜に対して行われた残酷なゲームのやり方に倣ったもので、人権という概念がない時代、家畜以下の扱いしか受けなかった捕虜は全裸でこのように拘束され、的当て、と呼ばれる、戦場で兵士たちが憂さ晴らしするためのゲームの的にされた。
数百年前のその残虐なゲームになぞらえたやり方で人質たちを拘束したのはおそらく彼らなりのブラックジョークだろう。さすがに全裸に剥くことまでは再現していないが。
奇妙な点は、果たしてこれが、学園に対して行われようとしているテロ行為なのか、ということだ。
仮にも、正規の軍人である教官が、全員かき集めれば一個中隊に匹敵するほどの人数がいる。たかだか学園祭の一野外ステージを占拠したところで、すぐに鎮圧されるのがオチだ。
つまりこれは、テロではない。
事実、これは、神聖アイドルラボラトリー、通称神研による、パフォーマンス、星流花祭の演し物だった。
神研こと神聖アイドルラボラトリーは、ミスコン実行委員会として機能している現代アイドル研究会、通称アイドル研と対立している団体でもある。彼らが対立する理由は、思想や主張によるものではなく、ただ政治的な理由によるのみであることは一般には知られていない。普通の生徒から見れば、どちらも似たような存在なのだから当然だろう。
そして、政治的な理由というのもよくある話で、二つの組織は元々一つだった。正確には、元からあった現代アイドル研究会から、(主義主張ではなく)政治的に追放された者たちで立ち上げたのが神聖アイドルラボラトリーである。創設されてから既に十年以上が経っており、現在のメンバーは全員最初から神研に入った者ばかりだが、その理念はいまなお、脈々と受け継がれている。
すなわち、現代アイドル研究会を撲滅し、復讐を果たせ。
これこそが彼らの唯一の行動理念であり、また存在意義である。
組織の名前に「アイドル」という単語が入っているにもかかわらずアイドルに全く興味を持たない者たちの集団、それが彼ら、神聖アイドルラボラトリーなのだ。
もしも彼らがアイドルを崇め、応援し、共に歩もうとする求道者であるならば、捕虜捕縛用ロープ(授業の道具である)でミスコン出場者、すなわち学園のまさにアイドルたちを縛り上げるなどできたはずがない。彼らの目にアイドルは映らず、ただアイドル研のみが、忌々しい眼の上のこぶとして映っているに過ぎないからこその所業である。
ここまでの流れ、すなわち、白けムードになりつつあった待ちぼうけのミスコンのステージに謎の覆面集団が現れ、瞬く間にミスコン出場者である四人の少女たちを拘束するに至るまで、会場はいたって落ち着いていた。賊は皆銃器の類を抱えていたが、それらはすべて演習用の空弾砲であり、身体に押し付けて発砲でもしない限りほとんど殺傷力はない。もちろんそんなことは学園の生徒はともかく一般客にはわかるはずもないのだが、神研の、その「いかにも」なチープ感が、一連の出来事がパフォーマンス以外の何物でもないということを自然とわからせていた。
ステージ中央の、おそらくこの作戦というかパフォーマンスのリーダーと思われる覆面が、拡声器を通して繰り返す。
「我々、神聖アイドルラボラトリーは、完全にミスコンを包囲した」
そこで言葉を区切ってしまったために、そらぞらしさが倍加した。野次すら大して飛ばないのが痛さを増してもいる。覆面が続ける。
「我々の要求は、星流花祭ミスコンの中止と永続的な廃止、並びに、現代アイドル研究会の解散である。これらの要求が満たされなかった場合、現在我々が拘束している、ミスコン出場予定選手であるミサナ・ハイクリフの安否を保証しない」
途端に、咆哮が沸き起こった。
ミサナ・ハイクリフ。
たったそのひと言で、様子を見守っているだけだった観客たちに衝撃と怒りと興奮が駆け抜けたのだ。
ミスコンの大本命のミサナがいつまでたっても現れなかった理由が、この突如ステージに乱入してきたふざけた一団のせいだったと知らされた観客たちは、募らせていた倦怠感を全て怒りのボルテージに一瞬で置き換わり、マグマのように吹き出すことを止めることはできなかった。
会場が一瞬で沸騰した溶岩の海と化したことで、リーダー覆面は明らかに怯んだ。それまでのヒーローショー的な堂々たる役者ぶりは消え、収集不可能な事態を前にして小刻みに身体を震わしている。覆面団員たちもまた、いまにもステージに上って来そうな勢いで吠え立てる観客たちを前にして完全に腰が引けている。
だがそんな彼らを、意外な声が救った。
「そこまでだ! ワルモノども! もうお前たちの好きにはさせないぞーっ!!」
ミスコン会場の端々に取り付けられたスピーカーから、やたらとノリノリなセリフが響き、ひとつの影がさっとステージに飛び上がった。
それは、謎のヒーロー戦士の登場だった。




