4-4
人の声で目が覚めた。
と言っても、いきなり起き上がったりしたわけではない。
意識がまず引き寄せられて、それから、遅れて思考が追いついてきて、安眠を妨げる要因が最後に特定されたということである。
というか、ここは本来、ツッコミ担当のリーンが、「せやからなんで寝とんねん」としばくべき場面であるが、残念ながらツッコミは不在。
そういうワケで、ノカはそのまま再びまどろみに身を預けるように、たぐり寄せた意識の糸から手を離そうとする。が、すんでのところで、ノカの意識は藁の一本を掴んだ。
「ミサナ・ハイクリフ」
声は、確かにそう言った。
ノカは反射的に、「誰の声?」と思う。疑問を抱いたというよりも、友人の名前が聞き覚えのない声で発せられたことに対して条件反射しただけである。まだ意識そのもの完全な覚醒には至っておらず、従って、いきなり起き上がって「えっ? ミサちゃんがどうしたってー?」といつものテンションでぶちまけるということができなかった。お陰で助かった、という場面である。
なぜなら、「声」による、次の言葉が、かなり穏やかではなかったからだ。
「ミサナ・ハイクリフ、ヤツには舞台から消えてもらう」
舞台と言えばもちろんこれから開催されるミスコンのことだろう。
いや、それよりも自分は寝ていたみたいだし、もしかしてとっくに始まってるんじゃない? ということにノカは気がついた。
とすればこの祭りの喧騒から外れたいかにもな場所で行われている穏やかならざる会話の意味するところは、ミスコンのステージへの乱入もしくは会場の制圧などの武力行動であるに違いない。このくらいはスラスラと思いつくところは、いくら脳天気とはいえ、さすがに軍人予備生といったところか。
とにかく、聞いてしまったからには行動しなければ。たとえこれが、愉快犯によるドッキリだったとしても、友人の命に万が一の危険があるというのなら、何とかその芽は摘み取りたい。
とはいえ、ノカにできることはほとんどない。ほとんどというか、すくなくとも、制圧行動方面は全滅だろう。近接戦闘の実技の評点は一年のときからぶっちぎりの最下位である。悪い方向に自慢できるレベルである。
ノカにできることと言ったら、制圧してくれそうな実力者、要するにミサナか教官連中を捕まえて連れてくるくらいだ。そして、現在ミスコンのステージでまさかの着痩せタイプな凹凸の激しい水着姿を衆目に晒しているであろうミサナを呼んでくることは当然不可能だ。そもそも守りたい相手を積極的に戦場にぶちこんでどうするという話でもある。とはいえ、戦力的にはミサナはこういった荒事にはまさにうってつけの要員ではあるのだが。
というわけで結局は一択で、通りすがりの教官を捕まえてくるのがてっとり早いだろう。もっとも、何か事件が起こりそうなのに警備担当が持ち場を離れてはそれこそ何かあったときになんの役にも立たないから、警備中の教官はなるべく避けた方がいいだろう。
ちなみにここまでのノカの思考は半ば無意識のなかで行われていたため、例えるなら余計なアプリケーションが起動していない状態とでも言ったらいいだろうか、本人の体感とは関係なく、ほんの一瞬のことである。
だから、さっきの「声」の言葉に対する別の「声」が聞こえて来たのは、このすぐ後だ。
「よし、ではこれより作戦開始」
やばい。誰か呼んでくる前に「敵」が動き出してしまった。
こうなったら、仕方がない。
多少危険な気もするが、何気ない通りすがりの在校生を装って|(実際その通りでもあるのだが)、さりげなく敵の顔を見るなり後をつけるなりするしかない。
とにかく、他ならぬ親友のためだ。ここは気張るところに違いない。




