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氷雪の狙撃手  作者: ゆうかりはるる
24/40

3-10

 狭い空間内での高速での攻防は、競技者の時間と空間の感覚を引き伸ばす。

 ミサナは走って移動しながら、相手の次の攻撃を予測する。すぐ後ろをペアのナルルが追走している。これはミサナの指示だ。現在は試合が始まっておよそ三分ほど経過している。

 試合が始まってすぐに、敵の作戦が明らかになった。

 あれほど挑発的な行動をしてきたにもかかわらず、なんとミサナを無視してひたすら一回生のナルルを狙ってきたのだ。とはいえこれは、ミサナの名前と射撃の実力は知れ渡っているのであるから、ミサナに正面から立ち向かわずに弱いもの狙いをするという、スポーツマン精神には則っていないが極めて合理的な判断だ。実際の戦場に立つ場合の最善の策とも言える。

 ナルルが集中的に狙われているということの他に、ミサナたちが苦戦している理由がある。それは、使用している模擬銃の連射性能のせいだ。

 リロード時間三十秒。直径わずか二十メートルという小さな舞台の上で、三十秒間に一回しか攻撃できないのだ。たとえミサナが絶対的な射撃能力を持っていたとしても、連射ができないのでは一度に一箇所しか狙えない。しかも相手は黙って立っていてくれるわけではない。二百メートルくらい離れたところから狙撃する分には幾ら走っていても狙いようがあるが、こうも近くてはかえって正確に狙いを付けることは難しい。その上走りながらではさらに命中率が下がるため、ミサナが選んだ作戦は、撃つときは立ち止まって狙いを付けて、リロードを待つ間は走り回って狙いをつけられないようにするというものだ。

 しかし、状況はかなり厳しい。

 まずこちらは、ナルルがまったく戦力になっていない。というか、辛うじて逃げまわる的という状態だ。実際試合開始直後に相手の作戦が明らかになると、というよりあからさまに狙われていることに早速混乱したナルルは、まだ一度も銃を発射していない。つまり、試合開始からの三分間で、こちらがミサナによる四度の攻撃機会があったのに対し(うち二発命中)、相手は八発を、それもナルルに対してのみ発射している。結果、ナルルの着ている特殊スーツに埋め込まれた全身二十箇所のセンサーのうち、三箇所が赤く点灯したロック状態になっている。数字上は僅差ではあるが、相手は命中精度でミサナに劣る分を作戦でうまく補って有利に進めていることになる。

 すると、ちょうどハルナコワ先輩がミサナの背後のナルルに向けて光弾を発射した直後、

「あうっ!」

 という声がして、振り返るとナルルがべぎゃっという擬音が見えそうな転び方で転んでいる。

 すかさずキラ先輩が数メートル離れたところから発射し、赤ランプがひとつ青に変わった。ヒットである。

 これで相手のリードが拡がった。

 ここから三十秒近くは相手が撃ってこれないので、ミサナはナルルに歩み寄り、助け起こすため手を伸ばした。

 ナルルは、ミサナの手を取って、立ち上がりながら、

「すみません、ミサナ先輩……わたし、やっぱり足を引っ張ってしまって…」

「大丈夫。それより作戦を思いついた」

 ミサナはそう言うと、ナルルの耳元に口を寄せて(キスでもしそうな勢いだったので、ナルルは桃色的にどきっとした)短く何かを告げた。ナルルの大きな目が見開く。ミサナは必要最低限のことしか言わなかったので、完全にはよくわかっていないが、ナルルは気合を入れるように、

「わかりました、やってみます!」

 と叫ぶように返事をした。

 ミサナはそれをいつもの無表情で受け止め、そして、作戦行動を開始した。

 相手のペアも、距離を取りつつミサナたちのやりとりを見ていたので、何か仕掛けてくることはわかったが、それでも予想外のことで、虚をつかれた。

 ミサナは身体能力の点でも学園内でトップクラスだ。ゲーム的なステータスで言うと、敏捷度も高い。

「はっ!?」

 その俊敏さを活かして、ミサナはハルナコワ先輩目掛けて突進し、相手が反応するより先に、飛びついて、転ばせてしまった。相手のからだに触れたので、ミサナの銃はペナルティで五秒間撃つことができない。

 が、ミサナは撃てなくても、ナルルは撃つことができる。

「い、行けえーっ!!」

 至近距離の動かない的に向かってナルルが光弾を放つ。

 ロック状態の赤ランプの箇所は一箇所しかない上にちょうど隠れていたので狙えなかったが、灰色のセンサーのひとつに命中する。

 相手のペアは互いに距離をとった挟撃作戦をとっていたため、現在リロード待ち中のキラ先輩は助けに入ることもできず、また、ミサナが取った大胆な作戦に驚いて動きが止まってしまう。相手に触っていいのか、と思うが、よく考えたらルールでは相手に触れることを禁止してはいない。ペナルティがあるから何となく禁止されているような気がしていたが、それは組み伏せた上でゼロ距離から撃つことができないだけで、ミサナたちがやったようにペアでうまく連携すればペナルティはマイナスにはならないのだ。

 キラ先輩が髪だけでなく顔まで赤くして冷静さを欠いているのを見て、五秒間のリロード待機から解放されたミサナがキラ先輩の腰の辺りの赤ランプを冷静に狙った。

 これが命中して、状況は、お互い青一赤二を相手から奪ってまったくのイーブンである。

 そうして、試合が始まってから初めて、お互い銃を構えたまま対峙した。お互い相手の出方と隙を窺う。

 ミサナは、こちらがリロードタイムを抜ける前に先輩ペアが攻勢に出てくると思って身構えていたが、相手は動かなかった。頭に血が昇ってがむしゃらに攻めてきてくれるとありがたかったのだが、さすがは上級生というところか。ここはしっかりクールダウンする方を選んだようだ。ミサナがキラ先輩に一撃命中させてから三十秒が経過。リロード完了の微振動がグリップから伝わる。

 相手はまだ動かない。

 さすがに互いに銃を構えて静止している状況では、先ほどのような突進は無理だ。相手との距離を一瞬で詰めでもしない限り、向かっていくだけでいい的だ。当然相手もタックルについては警戒しているだろう。とすれば、逆に言うと、さきほどとは全く違うことをすれば、相手の虚を突く公算が高い。

 実はミサナは、さっきハルナコワ先輩に組み付いて自分が犠牲になってナルルに狙わせたときに、この競技の本質にようやく気づいていた。だが、その思いつきを実行するためのプランがなかなか思いつかない。こういうところがぶっつけ本番だときついところだ。

「五分経過」

 ステージの脇の審判席で実際エミール教官補佐がマイクを通して時間を告げる。試合開始後五分からは一分ごとに時間がコールされる。

 あと二分。とミサナは考える。

 おそらく相手も気づいたはずだ。この競技は、七分過ぎてからが本番だ。

 そう、勘違いしてくれたらいい。

 相手の意識をそこに向けるためにはこのままあと二分弱をやり過ごして、そこから動き出すのがいいのだが……。

 ミサナはそこで視線は動かさないものの、周囲を、ステージの外の観客を意識する。

 これほどの観衆を前にして、このまま膠着したまま向い合っていることなど、許されないだろう。さすがに野次とかが起こることはないだろうが、だんだんと観客が静かになってきているようだ。そろそろ動くべきか……。

 と、不意に傍らのナルルから、

「ひゃっ、あっ、しまった…ですっ!」

 という声がして、ミサナの目の前にナルルの模擬銃が滑ってきた。神が起こした奇跡とでもいうのか、何もしていないところでナルルがこけていた。

 当然相手はすぐに反応して光弾の発射音がふたつ響く。外れた。助かった。

 相手もさすがに動揺したのかもしれない。あるいはこれも奇襲作戦の一種と思われたかもしれない。

 こちらから動かなければならないと思っていたところに相手が動いてくれた。いや、ナルルがこけたのが起点なのだから、こっちが動いたのか。

 とにかく、これで作戦を実行できる。

 ミサナはさっとナルルに歩み寄ると耳元で素早く指示を出す。

 そして、ナルルが頷くより先に、もうキラ先輩に向き直って、そして、すたすた、と数歩歩いた。

 相手はそれに釣られ一歩下がる。

 すたすた、と今度は別の方向に、また数歩歩く。

 キラ先輩はまた一歩下がる。

 ミサナはもちろん銃を構えたままだ。

 三十秒という時間はこういう競技においては無限に思えるほど長い。

 ミサナは先ほどと同じく数歩、今度はさっきよりも一歩多めに歩く。キラ先輩は二歩下がった。

 ミサナは足を止め、腕をそらして構えた銃をより相手に近づけるようにする。

 今度はミサナは動いていないのだが、先輩はまた一歩下がった。

 キラ先輩の足首の辺りのポイントが、灰色から赤に変わった。しかしポイントの灰色から赤色の変化の際にはコール音とかは鳴らないので、足首ということもあって、先輩は自分が場外にいることには気づいていないらしく、そのままもう一歩下がってさらに赤ランプが増える。

 動きを遅くしたことで、相手は逃げまわるよりも後退することを選んだのだ。

 そろそろ相手のリロードタイプが切れる頃か、と思った矢先、キラ先輩の銃身が一瞬震えるのが見える。

 ミサナは間髪入れず、光弾を発射。命中。すねのあたりのセンサーが青に点灯する。これで、キラ先輩は青二。いよいよ後がない。が、背後で「ひょうっ」というナルルの声がして、命中のコール音が鳴った。当たったのはどちらか。ナルルか、ハルナコワ先輩か。確かめたいが、キラ先輩が撃ってくるはずなので振り返ることはできない。

 ここで、「七分経過」という声が聞こえ、同時に、目の前のキラ先輩のポイントがひとつ赤に変わった。確かめるわけにはいかないが、ミサナの方もどこかのポイントが赤く灯ったはずだ。

 キラ先輩が撃ってこない。ミサナはそれで、先ほど命中させたのはハルナコワ先輩だと確信した。これでキラ先輩とナルルが青二のリーチ状態だとすると、下手に無駄弾を撃ってミサナに逆襲されるのが恐いし、逆にハルナコワ先輩のリロード時間をかせぐという意味もあるだろう。たぶんナルルについては何となく、ハルナコワ先輩と同時に撃ち合ったような気がする。リロードから復帰してくるのもほぼ同時と見た。

 つまり、ミサナがリロードから回復するまでの残り数秒間は、キラ先輩は無敵状態だ。しかし、ミサナのリロードが終われば三箇所目を命中される可能性が高い。何か動いてくると考えるべきだ。

 と、そのとき背後から、ナルルの声が。

「よけてくださいっ、ミサナ先輩!!」

 反射的に振り向くと、数歩先に、ナルルを押し退けて飛びかかってくるハルナコワ先輩が目に入る。リロードは、まだだ。

 ミサナはハルナコワ先輩のタックルを、横に飛んで躱し、そのまま尻もちを付いていたナルルに飛びついて押し倒した。

「なっ…先輩、どうして…」

 そこでミサナの背中で命中を告げるコール音が鳴る。キラ先輩に背中を撃たれた。七分ルールによってロック状態になったポイントが背中にあったのだ。

 ミサナは瞬時に上半身を起こし、からだを無理やりねじって、視界の隅に走って逃げるキラ先輩の姿を捉えると、遅れて着いて来た腕を止めずに、ただ動くキラ先輩の着る特殊スーツに埋め込まれた赤く灯ったポイントだけを目で追い続け、そして、着弾予想ができた瞬間に光弾を放った。

 直後、命中のコール音が鳴る。

「しゅうりょーーーーう!」

 エミール教官補佐の決着を告げる声が高らかに響き、めまぐるしい攻防に言葉を失っていた観客が一斉に沸いた。

 ミサナは、勝利にほっとした様子で、相変わらずの無表情ながら、微かに笑ったように見えた。

「み、ミサナせんぱい〜」

 下からナルルの声がした。

 忘れていた。あのとき無敵状態のキラ先輩が狙ってくるのは自分ではなくナルルだとわかったミサナはハルナコワ先輩のタックルを躱した勢いを殺さずにナルルに飛びかかって守ったのだ。現在は何だか組み敷いたようなかなり恥ずかしい状態になっている。

 慌てたかどうか表情からはわからないが、ともかくミサナは素早くナルルを助け起こした。

 ステージにエミール教官補佐が上がってきて、

「第四試合の勝者は、ミサナ・ハイクリフ選手とナルル・ナミル選手のペアでしたーーっ」

 再び大歓声が沸き起こる。

 ステージを降りていくエミール教官補佐に着いて歩いて行こうとすると、割りこむようにキラ先輩が近寄ってきた。ミサナが何も言わずに足を止めてキラ先輩を見ると、

「ふん!」

 とひと言発すると、そのままさっさとステージを降りてしまった。最後まで無言のハルナコワ先輩がそれに続いた。

 ナルルがミサナの横に並び、一緒に先輩の背中を見送る格好になる。

「勝ちましたね、ミサナ先輩」

「うん。最後はナルルの声で助かった。あれがなければ負けていたかもしれない」

「わたし、次こそ頑張りますから」

「普通に頑張ろう。勝ち負けは問題じゃないから」

「でも、やっぱりミサナ先輩と決勝まで行きたいです」

「そうだね、じゃあ次もよろしくね」

「はい」

 こうしてミサナとナルルは何とか一回戦を勝ち抜いた。

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