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氷雪の狙撃手  作者: ゆうかりはるる
21/40

3-7

 外からわーっという怒号のような歓声が聞こえて来た。第一試合が始まったのだろう。

 ミサナは出場選手控室で出番を待っている。いわゆる会議室のような一室で、普段の授業の演習のときには開放されていないので、ミサナも入るのは初めてだ。

 特に決められてはいなかったが、皆互いのペア同士で近くに座っている。第二試合のペアはすでに待機所に移動しているので、現在この部屋にいるのは十四チーム二十八人ということになる。

 ミサナとナルルのペアは第四試合に出場する。十六チームによるトーナメントなので、一回戦は全部で八試合行われる。原則として、出場選手は他の試合を見ることはできない。

 と言っても、急造ペアによる新種目の大会である。作戦とか対策を講じるとかそういうのを防ぐために禁止にしているのではなく、単にこの施設からステージまでが遠すぎるせいだろう。

 選手はすでに全員が専用のスーツに着替えている。もちろん全員が女子なので、この部屋で着替えも行った。ミサナはちょっと、ペアの相手の発育に驚きと溜息をもらしたのだが、それはここだけの秘密だ。ふたつも年下なのに…。

 ともあれ、全員が身体にぴったりとフィットした特殊スーツを着込んで寡黙に待っている様子というのは、試合を前にした緊張とは別の緊迫感が漂ってくるようだ。いっそ全員が超最先端の技術で製造されたサイボーグであると言われた方がまだしもリアリティがあるかもしれない。

 競技については選手はもう少し詳しい説明も聞いているが、だからと言って、何か作戦を立てたりするような経験値はない。当然模擬銃は試合直前まで触ることもできないので、練習のようなこともできない。

 ミサナはそれでも、真面目な性質ゆえに、一所懸命試合をイメージするように努めてみた。

 するとわかったことは、これは思った以上に乱戦になるかもしれない、ということだ。

 競技は直径十メートルの円の中で行われるが、その中に敵味方合わせて四人の人間が入るということを考えると、相手はすぐ目の前にいるようなものだ。これは間違いなく、近接銃撃格闘戦になる。おそらく試合時間もかなり短いだろう。

 ミサナほどの射撃精度を持つ生徒は他にいないが、近距離で盲滅法銃を放っても、特殊スーツに埋め込まれた命中センサーは全身で二十箇所もあるのだから、数撃てば必ず当たる。格闘技とは違って銃撃戦には防御というものは存在しないからだ。しかも今大会、一回戦は試験運用も兼ねているため、弾数の制限がない。二回戦すなわち準決勝は、二万発、決勝では一万発までと弾数が決まっている。

 そこまで考えて、ミサナは傍らで緊張した面持ちでじっと座っているペアの相手の下級生ナルルに視線を向けた。学園の生徒は狙撃手訓練もしているので「視線」に対しては一般的な人よりもかなり敏感であるはずだが、ここまでガチガチに緊張していてはまったく気づかないだろう。

 結局のところ、勝ち上がれるかどうかはペア次第だ、とミサナは思う。これはナルルが自分の足を引っ張ると考えているのではなく、この競技の形式が、ペアとしての成熟度、つまり連携や役割分担、意思の疎通といった要素が勝敗に直結するに違いないからだ。それでいて、敢えてペアを抽選で決めることによって、ペアとしての成熟度をいわばゼロの状態にしている。これは競技としての公平性を保つためというよりも、戦場における応用力、咄嗟に連携する柔軟さなどを培うための訓練でもあるに違いない。

 ミサナはこうした一連の思考の結果、いまやるべきことが何であるかを悟った。

 下を向くナルルの項の辺りを見遣り、近い方の手をさっと掲げるや、トン! と肩を打った。

「ひゃっ」

 ナルルはびっくりしたようなしゃっくりをしたような反応とともに飛び上がった。

 半分パニックになりかかりながら、若干見下ろす形になったミサナに向かって、

「な、な、な、何すんですかーーーーっ! わ、わたしすっごく緊張していて、先輩の足を引っ張らないか心配で心配で心配で心配で…」

 とわめきたてている最中に、控室の中の全員が、唖然とした、または微苦笑するような表情で自分を見ている。

 途端に顔をいちだんと赤くしたナルルは、

「す、すみません…」

 と蚊の鳴くような声でもらすと、悄然と元の椅子に腰を落とした。

 ナルルが出場選手中唯一の一回生であるためか、注意してくる者もなく、それからはあちこちで会話が生まれている。そんな中、騒いだ下級生を見る視線に織り交ぜて自分を見てくる幾つかの視線をミサナは感じ取った。が、相手に視線は返さなかった。

 代わりにミサナは、傍らのナルルに謝った。

「びっくりさせて、ごめん」

「とととんでもないです。びっくりしたあたし、…わたしが悪いんです。先輩は悪くないです」

 こういうタイプの子はいくら大丈夫と言っても聞く耳持たないだろう、と思ったミサナは敢えてそれには取り合わず、

「それより君は、一回生なのに選手に選ばれているんだから、すごく優秀なんだね」

 表情こそ氷でできた面のように無表情であるが、静かであたたかみのある声の調子に、ナルルは、これ以上は顔面で赤くなれる部分がなかったため、首まで赤くした。

「そんなこと…ないです、わたしなんか…」

「この競技はね、たぶんペアのコンビネーションが大事なんだと思う」

 ミサナは敢えてナルルの言葉を遮るようにして、そう言った。

「ペアのコンビネーション…ですか」

「そう。だからね、試合が始まる前に、いろいろ話してみたいと思うの」

「わたしでも、作戦とかそういうのは…」

「そうじゃなくて、お互いがどういう人間なのか。何が好きで何が嫌いとか、そういうことを、少しでも知っておいたらいいと思って」

「え? でも…」

「だってさ、一緒に練習することさえできないんだから、この短時間で作戦とか練ることなんかできないよ。それよりちょっとでも気心が知れていれば、きっと何とかなると思う」

「そう…でしょうか」

 ミサナの言葉にまだ納得がいかないらしく、ナルルは自信がなさそうに呟く。

「そうだよ。とにかくちょっと話をしてみよう。じゃあ、私から言うよ」

 ナルルが頷いて、ミサナは、

「じゃあ君は、この大会で、どこまで行きたいと思ってる?」

「え、それはもちろん優勝です…だって、学園で一番上手な、ハイクリフ先輩と一緒ですから…だから、私、先輩の足を引っ張りたくないです」

「ふーん。本当に? 私はね、別に優勝目指してるわけじゃないよ」

「えー!?」

「ただ出場してみたかったから、出場しただけ。勝ち負けは、お客さんもいる以上、結果として必要だと思うけど、私たちがするのは命をかけた訓練なんだから。戦場では、生き残った者が勝ちなんだ。命のかかっていない競技でかけるのはきっともっと別のものだよ」

 いきなり戦場の話に飛躍したせいで、ナルルはついて行けず、ますます慌てふためく。

 が、そんな後輩に構うことなく、真面目モードのミサナは自分の考えを丁寧に述べていく。

「でも、まったくモチベーションがないわけじゃないよ。自分の力を試してみたいっていう気持ちもある。自分がこれまで学園で学んできたことをきちんと発揮できるようにしたい。それが、普段私たちを指導してくれる教官たちへの恩返しになると思う」

 どこまでも真面目だった。普通の人間だったらこれを聞いてやる気が出ることはまずないが、幸いにして、緊張度マックスのナルルには、かえってちょうどよい薬になったらしく、ミサナの話には曖昧に頷いたものの、幾分冷静さは取り戻したようだ。そういう意味ではミサナのおかげと言える。案外いいコンビなのかもしれなかった。

 そうこうしているうちに、前の組、第三試合の選手たちまでが、すでに控室を後にしていた。予想通り試合のペースは早いようだ。もっとも、決勝までの試合数は相当あるのでそれくらいのペースでなければとても今日一日では終わらないだろうから、なかなかいいペースで進んでいるということだ。三分の一以上が消えたことになるので控室の人数もかなり減ったように感じられる。

 ミサナは視線だけを素早く部屋全体に走らせたが、自分たちの対戦相手が誰なのかはわからなかった。四回生同士のペアだということは覚えているが、あいにくと顔や名前はまでは覚えていない。実際四回生は出場選手全体の半分に達しているので、そもそも多いのだ。

 相手は同じ学年同士ということは、仮に友人同士とかではなかったとしても、普段から演習などを一緒に行っている関係ということだ。一緒に演習をやっているから即コンビネーションがいいということにはもちろんならないが、試合どころかまず自己紹介から始めなければならなかった自分たちよりは幾らか有利な部分もあるだろう。その上相手は上級生だ。平均的な実力ではやはり経験がものを言うだろう。まして今回は一人の戦いではない。そういった部分でも、四回生同士と、三回生と一回生のペアとではかなり違う。苦戦を強いられると見るべきだ。

 そんな負けフラグのような余計なことを考え始めたミサナに、幾らか落ち着いた様子のナルルが話しかけてくる。

「一回戦の対戦相手のペア、とっても強敵ですけど、わたし、頑張りますから、絶対勝ちましょう」

「相手の選手、知ってるの?」

「はい、四回生のハルナコワ先輩とキラ先輩です。お二人とも四回生ではトップクラスの実力者です」

 まあ出場選手に選ばれているのだから実力は当然あるだろう。

「それにしても、三つも上の先輩の名前とか、よく知ってたね」

「えっと、クラスに新聞部の人がいて、教えてもらったんです」

 新聞部は、非公認のサークルのひとつだ。ただし、正式名称ではない。

「そっか、なるほど」

「あ、でも、もちろん学園のアイドルであるハイクリフ先輩のことは、以前から存じておりますけれどもっ」

 ナルルは妙に慌てながらそうつけ加える。

 しかしミサナは自身がアイドル呼ばわりされたことには気が付かなかったのか、難しそうなというか神妙な顔つきのまま、まだ何か考えている様子だ。放置されたナルルがあのと声をかけようとして、ミサナの視点が一点に定まっていることに気がついた。ナルルがそちらを向くと、まっすぐにこちらを見ている四つの目があった。

 ミサナは視線は逸らさず、ナルルに訊ねる。

「もしかして、あれが私たちの一回戦の相手かな」

「はい、そうです…」

 というナルルの返事は消え入るほど小さい。

 それもそのはずで、こちら、というよりミサナを見つめる彼女たちの表情は、睨むような厳しいものだったからだ。

 しかしミサナは欠片も動揺した様子もなく、呟くように言った。

「そっか……結構激しい勝負になるかもしれないね」

 その瞬間、「外」で大きな歓声が沸き起こった。

 第二試合の決着がついたのだ。

 控室のドアが開いて、係の教官が、

「第四試合出場選手は待機所へ移動してください」

 と告げる。

 四回生の二人は立ち上がると、いまいちどミサナを睨みつけ、ついでにちらっとナルルにも視線を向け(ひいいっ、という声)、それから開いたままのドアから出て行った。

 それを見送ってから、ミサナは彼女なりの最大限の笑顔で(つまり、ほとんど無表情で)ナルルに向かって言う。

「じゃあ、私たちも行こう」

「ハイ…」

「大丈夫、一所懸命やれば、それでいいんだし」

「……はい! がんばりましょう、先輩」

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