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氷雪の狙撃手  作者: ゆうかりはるる
14/40

2-9

「ハイ、ワンツーサンシー、ニイニッサンシー、ワンツーワンツー、サンサンシーシー」

 手拍子を入れながらカウントをとるリーンの前で、ノカとエミとミサナがスピーカーから流れる音楽に合わせてステップを踏む。

 ここはあの、秘密の練習場所である。

 ほどよい広さの方形の空間であり、かつ他に訪れるのはせいぜい鳥たちと猫やネズミくらいという、のど自慢レベルであろう星流花祭のステージに立つには充分な練習環境が整っていると言える。

 しかしもちろん、不便なこともないわけではない。

 まず、屋根も何もない完全な屋外なので雨が降れば練習は中止にするしかない。

 それともうひとつ、ここはすべての壁面が鏡張りのダンス・スクールでも何でもないので、なかなか自分たちの演技を客観的に見ることが難しい。

 そのため考えだされたのが、このように、ひとりがカウントを取りながら動きをチェックするという方法である。

「ノカ! ちょっと遅れてる! むにゃむにゃになってる!」

「ミサ! 全体的に硬すぎる!」

 リーンの声が飛ぶ。

 本来、このコーチング・ポジションも交代しながらやることで個人個人が客観的な立場から修正点問題点を洗い出していくことが望ましいのだが、マイペースのエミ、主観しかなさそうなノカ、人に教えるには語彙不足のミサナという人材が結集してしまっているため、結局いつも通り舵取り指揮者の役割は唯一無二リーンの仕事となっている。

 そのリーンの立場でなくとも、練習がいまひとつうまく行っていないことは明らかだった。

 特にリーンも加わって四人全員でやると、途中から互いのポジションがずれていって、最後にはバラバラの動きになってしまう。フリ付けは元々それほど難しいものではなく、普段から軍事教練に慣れている四人にとっては周りと合わせて動くことも簡単なはずなのだが、ダンスナンバーだとさすがに勝手が違うらしい。

 幸いにして、今回歌は口パクなのでまだしもだが、これで歌まであった日には、出場目標を来年まで延ばさなければならないところだ。

「ストップ! やめやめ!」

 まだ曲の途中だったが、リーンの声で皆動きを止める。

 というか、先に脱落していた約一名に向かって、リーンは厳しい調子で言う。

「ちょっとノカ、しっかりしなよ! 本番まであと二週間しかないんだよ? こんなんじゃ、絶対間に合わないって」

 しかし、ノカはステップの途中でコケた状態でつぶれた姿勢のまま微動だにしない。

 ケガでもしたのではないかと心配になったミサナが駆け寄ると、小さく、

「もうヤダ…」

「え?」

 ミサナが聞き返すと、ノカはガバっと起き上がり、ミサナは驚いて身をのけぞらした。

 ノカは天に向かって、

「もうヤーダー!!!!!」

 と盛大に叫ぶと、突如走りだし、信じられないようなスピードでリーンの脇を駆け抜けるとそのまま走り去ってしまった。

「な…、え、ちょっと」

 呆気にとられ動けないリーンの脇を、ミサナとエミが走りだし、遅れてリーンも二人の後を追う。

 リーンの視界にはすでにノカの姿はどこにも見えないが、ミサナはノカの逃げた方向がわかっているのか、迷うことなく緑の迷路を駆け抜けていく。そして、意外にもエミがそのミサナにぴったりとくっついて行っている。

 そう言えば、普段のマイペースさから忘れがちだが、エミはミサナという規格外品を除けば、身体能力は三回生ではトップクラスだった。実際、エミだけは、すでにダンスをマスターしており、いつでもステージに立てそうなレベルになっていた。

 前を行く二人にこれ以上離されると見失ってしまいそうだ。リーンは必死に膝を前へと交互に出し、訓練で使う土嚢を三個くらい背負っているように重たく感じる身体を運んでいく。

 どれくらい生け垣の迷路を曲がったのか、最初から数えていなかったから想像もつかないが、十回や二十回ではないはずだ。

 本来、ノカの性格と体力では、これほどの逃亡劇を繰り広げることなどできるはずがないのだが、こと「逃げ」となると、途端に普段とは別人のようなスペックに変身するのだ。

 リーンはこれまでにも何度か、ノカが逃げ出して、そして結局逃げおおせたというのを目の当たりにしている。あのミサナにすら追いつかれない逃げ足は、もはや特殊能力と言ってもいいのじゃないだろうか。

 ともかく、リーンはいままた、ミサナとエミの二人の背中が消えた、生け垣で縁取られた小径を曲がった。その先はすぐまた右へ折れていて、もう二人の姿はない。

 緑でできた迷宮に、ひとり取り残されたような気がして、足元の凸凹の土を強く蹴りつけて次の横道へと飛び込む。

 結局そこからはひとりきりで、ジグザグに曲がりながらも、ほぼ一本道の、ふた手に分かれていてもほとんどはすぐに行き止まりになっていることがわかるような迷路の中を駆け抜ける。

 そして、不意に、視界が開けた。

 秋を忘れたような太陽が白熱して空を真っ青に染め上げていたが、ここにはその熱は届いていないようだった。

 そこは静かで、そしてどこか陰っているような、古びた空気が漂っているようだ。

 リーンは下草を踏みながらゆっくりと進み、立ち尽くす三人の背中に近づいた。

 その足音に気づいたエミが振り返り、いつも通りの、感情の振れ幅のない、中質の笑みを見せる。

 エミの二メートルくらい左にミサナがいて、そして、ちょうどふたりのあいだ、数メートル先にノカが立っていた。静かに佇むノカの後ろ姿は、なんだか別人のように見えて、リーンは急に息苦しさを覚える。

 まるで、皆が絵本のなかに閉じ込められて、それを外から見ているようなそんな疎外感を感じる。声をかけたいのに、なぜだか喉がそれを拒否している。

 すると、リーンの思いが通じたのか、ノカが、呟くように言った。

「なんだろ、これ……」

 それは、皆の思っていることを言葉にしたものだった。

 そこには、朽ち果てた、一台の戦車が、巨大な亡骸を晒していた。

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