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氷雪の狙撃手  作者: ゆうかりはるる
13/40

2-8

 店内は、夏らしいきらびやかな色彩に溢れていた。

 青い空、照りつける太陽の光、白い砂浜。

 そして、その上を彩る、数々の水着。

 ここは学園都市からほど近い都市の商業地区のファッションビルのひとつ、その中の水着専門店である。

 目の前に展開された大量の水着、水着専門店だとわかっていなければ果たして水着と認識できたかあやしいものがその大半である。フェイクファーの水着とか、はっきり言って陸スイマー御用達であろう。

 折しも夏の盛り。休日であることもあって、店内は短い夏を謳歌しようとする乙女たちの熱気でたぎるようだった。

 と、少なくともミサナには思えた。

 少し離れた場所からノカのわいわい騒ぐ声がする。彼女はいつでもどこでも彼女であるところがすごいなとミサナは思う。それに引き換え、自分の世界はいつも狭すぎて、新しいものを目にするたびに眩暈を覚えてします。そんなことでは、いざ戦場に放り込まれたとき、何の役にも立たないだろう。いくら射撃の腕前がすごくたって、弾を発射できなければ何の意味もないのだ。もっと鍛えないといけない。だから、とりあえずいまは、目の前のことに全力で取り組もう。

 と、ミサナは水着ショップの浮かれた熱気に似つかわしくない暑苦しい感情をたかぶらせ、ようやく目の前に陳列されたおびただしい数の水着に目を向ける。

 ミサナたちが水着ショップに来た理由は、夏のバカンスの準備、ではもちろんない。学生とはいえ軍属の彼女たちが自由に行き来できるのは学園内を除けばこの都市だけであり、それも面倒な届け出をした上で、ようやく許可が降りる類いのものだ。さすがに行動の内容までは詮索されないので、こういうお店に来ることもできるわけだが。

 そして、ミサナたちが水着を選ぶわけはというと、それはもちろん、星流花祭のミス・星流花コンテストの水着審査のためだ。

 つまり、ここに水着を買いに来たのはミサナだけなのだが、店にはいつもの四人でやってきた。

 三回目の速報でのランキング上位十名。それがミス・星流花コンテスト本戦出場者である。ここにいる四名のうちでは、途中経過をふまえてもランク入りしたのはミサナただひとりである。

 ミサナからすると、自分の都合に皆をつき合わせて申し訳ないと思うのだが、大抵の女子は水着を選ぶのが大好きなものらしく、ミサナからお願いするどころか、むしろ「ミサちゃんのために、とびっきりの勝負水着選んだげるし!」と意気込むノカを筆頭に、リーンとエミもミサナの買い物に付き合ってくれると言ってくれた。正直、有難くはあるがノカだけだと心配でもあったので、内心ミサナはほっとした。

 ほっとしていたのだが、現在、気づくとミサナは窮地に立たされていた。

 女達の夏の野望渦巻く店内に降り立って十分ほどたった頃、ようやく自分でも近くの水着を手にとって眺め出したミサナのもとに、ノカとリーンとエミが、それぞれのオススメを携えて結集した。

 有無を言わせず試着室に放り込まれたわけだが、三人の選んでくれた水着を改めてよく見たミサナは、「っ…」思わず息を飲む。

 布が少なすぎる。

 何だろうコレ。ほとんど紐と言ってもいいのではないだろうか。これでは、何というか、大事なアレコレを隠すのがやっとである。

 ミサナは羞恥にからだを朱に火照らせつつも顔は青ざめる。

 数週間前のノカの言葉を思い出す。

「だいたい、ミサちゃん人前で水着審査とか大丈夫なの?」

「え? 水着…?」

「そう。だってミスコンと言えば水着審査、って相場は決まってるじゃん。もちろんださい学校指定のじゃダメだよ? もっとお洒落で、女の子らしいのじゃなくちゃ」

「あたし…そんなの持ってない」

「まあそうよね。しかもあれよー? 審査員の半分は男の先生だよ? わかってる、ミサちゃん?」

 これはインポシブル、不可能だ、とミサナは思う。

 こんな、こんな紐みたいなのを身体に巻きつけただけのはしたない格好で、人前に出ることなど、まして男性の前にこの姿を晒すことなどできるわけがない。これならただの下着姿の方がまだましなくらいだろう。

 ダメだ、次のやつを見てみよう、と思って次に手に取ったものは、逆方向に振りきれていた。

 というか、何だろう、コレ。動物の耳? ネコミミ?

 ミサナが次に手にした水着は、海用というよりはむしろ夜用? と言いたくなるような、マニアックな一品だった。

 黒のフェイクファーのにゃんにゃん水着ネコミミとしっぽ付き、である。

 ミサナは、妙に手触りの良いしっぽを思わず撫でながら、一応自分がこの水着(?)を身につけた姿を想像してみた。

 あかん…。

 キャラが変わりそうなほどに、それはダメな姿だ。

 こんな姿を衆目に晒すなんて、お父様お母様に申し訳が立たないと思うほどに。娘が真面目に訓練と勉学に明け暮れていると信じて疑わないだろう両親が、もし、自分がこんな恥ずかしい格好で人前に出るような恥さらしな暮らしをしているなどと知ったら怒るどころか寝込んでしまうんじゃないだろうか。いや、それよりも、もしかしたら、学園祭のことは実家にも連絡が行っているかもしれないから、学園祭を見に来た両親に見られてしまうかもしれない。そんなことになったら、とてもではないが生きてはいられない…。

 想像だけでノックアウト寸前まで打ちのめされたミサナは、最後の一枚を手に取った。

 …普通だ。

 前の二つがすごすぎたからだろうか。

 全然普通、全然大丈夫そうだ。

 それは、セパレーツのビキニ中心の店内のラインナップの中では数少ないオーソドックスなワンピースタイプで、腰回りもスカート風になっていてあまり下着感もない。もしもミサナがもう少し冷静に考えられれば、それはスカート丈としては異様に短いのだが、店内の布面積の少ない水着の数々に完全に感覚を麻痺させられたミサナはそのことに気づいていない。

 せっかく試着室に入ったんだから、せめてこれくらいは試着してみようと思う。どうせ、一着は買わなければならないのだから、もうこれでいいんじゃないだろうか。

 年頃の女子とはいえ、彼女たちは学生でありながら軍人でもあるので、着替えはとにかく早い。印象では支度の遅そうなノカですら、実習前後の着替えは素早い。まして、生粋のアーミーっ娘であるミサナの着替えスピードは学園でも随一である。

 そうして手早く着替え終わったところで、カーテンの外から、

「どう、ミサナ、大丈夫?」

 とリーンが声をかけた。

 大丈夫、って訊くってことは、大丈夫じゃない水着を選んだ自覚はあるってことか、とミサナにしては珍しく、友人をほんの少しだけ咎めるような感情が芽生えるが、いけない、彼女たちを自分の用事につき合わせているんだ、という事実を思い起こして慌ててその環状を振り払う。

「ミサナ、着替えたんなら、開けてもいい?」

 とリーンが返事も待たずにカーテンを開けようとする。いくら店内に女性しかいないからって、着替え途中を見られたら恥ずかしいというのに。

 ミサナは、

「ま、待って…いま開ける」

 と言いながら、もう一度鏡で自分の姿を見て、これなら大丈夫…、だよね、と思いながら静かにカーテンを開く。

 そこには、エミ、ノカ、リーンの三人が揃っている。

「お!」

 とノカが声を上げる。

「いやー、まさかミサちゃん、それを選ぶとはね」

 あたしの勝ちだ、とノカが左右のエミとリーンにほくそ笑む。

 え、と動揺したのはミサナである。

 てっきりこのいちばん普通な水着はリーンが選んだものだと思っていたのだ。

 ところがこれはノカが選んだものだという。ノカには悪いが、はっきり言ってノカが普通の水着を選ぶはずがない。

 とすればこれは普通の水着じゃないのだ。大丈夫じゃないやつなのだ。

 ミサナが言い知れぬ恐怖に震えていると、エミが助け舟を出してくれた。

「あのね、ミサちゃん。その水着ね、スケルトン、ていうシリーズなの」

「スケルトン?」

「そう。それね、水に濡れると透けるんだって。もちろん、全部は透けないよ? 大事なとこはちゃんと透けない生地でできてるみたいだから」

 ミサナは想像してみる。

 一見すると清楚なワンピースタイプの、淡いスカイブルーの水着に身を包んだ自分が常夏のビーチに降り立つ。

 波打ち際で仲間とふざけあっていると、不意に大波が押し寄せ、全身びしょ濡れだ。

 もちろん皆はおおはしゃぎ。自分も楽しくなって、積極的に波へと向かって走り出し、走り出したところで、ふと自分の姿に目が行く。そこに見えたのは、先程までの清楚なワンピースではなく、ギリギリ大事なところだけ辛うじて隠れている他は完全に透けているという大胆な格好をした自分だった。

 ミサナはそこまで想像して、羞恥で露出した白い肌をピンク色に染めた。目の前では、ノカが、いやーやっぱりミサちゃんはムッツリだわ、隠れ痴女だわと好き勝手言っているがミサナの耳にはほとんど届いていない。本来、ノカの暴走はエミとリーンが止めてくれるのだが、水着ショップの熱くたぎるようなテンションにアテられたのか、選んできた水着を見る限り、今日のふたりはアテになりそうもない。自分の身は、自分で守るしかない。

「もうさー、これで決まりでいいんじゃないー? ちょっと肌の露出が少ないけど、清純な感じがミサちゃんに似合っているしー。水に濡れたら透ける、って言っても、ミスコンのステージでは水に入るわけじゃないし」

 とさっぱりした笑みを浮かべてノカが言ってくるが、言葉通りに受け取ってはいけない。ノカならコンテストの最中にうっかりを装ってホースで水を浴びせてくるくらいのことはやりかねない。

「わたし…もう少し他のも、見てみる、かな」

 ミサナがそう言うと、ノカは案外あっさりと引いて、

「あ、そう? いいよいいよ、まだまだオススメはいっぱいあるしー」

「あ、わたしもわたしも」

「わたしもあるよ」

 なぜか今日に限っては、本当に全員敵に回ったみたいだ。

 その後もぎゃあぎゃあと果てしない攻防を繰り広げたのち、何とか一着買った。なぜか他の三人も、いつの間にかそれぞれ一着ずつ買っていて、ようやく水着ショップをあとにする。サバイバル実習の訓練よりも疲れた、とミサナは思った。

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