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だから君を望む

作者: 佐木 まこと

すれ違いの恋の行方の都賀アキトのお話です。

異性の思考は全く分かりませんが、頑張ってみました。

実際にはこんな男性いないと思いますが、フィクションですので許して下さい。

――ずっと、そんな存在は現れないと思っていたんだ。




人に注目される職業を選んだのは自分。時間に縛られる職業を選んだのも自分。

好きで入った世界、後悔したことは無かった。

毎日が充実していて、全てが輝いて見える世界。

まるで魔法に掛ったようだと、最初の頃は思ったものだ。

画面を通して会ったこともなに人間に好かれたり、嫌われたりすることにも慣れて来た頃、昔からの友人と飲みに行った居酒屋で出会った君は、容易く俺の心の中に入り込み、初めての感情を与えてくれた。

今ではそれが心地良くて、ずっと続いて欲しいと思う気持ち。

また新しい魔法に掛かったような気分になった。

嫌じゃない、むしろ心地良い。

ずっと続いて欲しいと思った。

ずっと守っていこうと思った。

いつの間にかそれが当たり前になった頃、君が突然消えた。





「俺がそんなところ、行けるわけないだろ」そう言って俺が誘うバーには行こうとしない友人。だからいつも飲むのは個室のあるチェーンの居酒屋。

俺もその雰囲気が嫌いじゃなかったし、薄暗い店内、しかも周りは酔っ払いばかり。個室ならなおさらじっくり顔を見る客はいなかった。

その日は仕事で嫌な事があったから飲みたいと誘いがあり、夕方から休みだった俺は二つ返事でOKした。

外で待ち合わせると気付かれるとこもあるので、いつも友人が先に店に入り、後から俺が行く。


「おう、お疲れ~」

「なんだ、貴人たかひともう飲んでんのか」


店員に案内され部屋のドアを開けると、既に飲んでいる友人の貴人がいた。

コイツはあまり強くない。ほろ酔いなら良く笑うだけだが、許容量を超えて飲むと寝てしまう。暴れたり、吐いたりするよりはましだが、意識の無い人間は女でも重い。それが男となれば一人でどうにかするのは至難の業だ。

そういう時は寝る前に冷たい水を飲ませタクシーを呼び、そこまではなんとか起きていてもらう。送り届けた後はしらない。

一緒に住んでいる恋人が出てきて、起きるまで張り手をかます姿を初めて見た時は驚いたが、何度も繰り返されると気にならなくなった。


「聞いてくれよ~。支店で問題があってさ、社員と従業員の揉め事があったんだよ!そこの社員がダメでよ、従業員が言うには研修中に分からないことがあって質問したんだと。だけど社員は新店に移って、その時分からないことがあったらその都度教えるって言ったらしいのさ。だけど蓋を開けてみれば『何で知らないんだ』『研修中なにしてたんだ』『もういい。俺がやる』とか言ってるらしいんだ」


俺は貴人が話している間に注文し、先に来たビールを飲みながら聞いていた。

支店の管理を任されている貴人は、その店に行くたびに従業員から「店を任された社員の態度じゃない」と責められるらしい。

その従業員も自分なりに努力し、マニュアルを読んだりベテランの従業員に訊いたりしているそうだが、新店と言うこともあり、ベテランの従業員が一人しか居ない。その人が休みだと訊ける人が居ないので仕方なく社員に訊くと、ため息を吐かれ、「は?なに?」と返されるそうだ。

結局その従業員は半年で辞めたらしい。俺は良く半年も持ったなと思う。

分からないことを解ろうとしている人間に対して、その社員の態度はどうかと思う。従業員を育てる気が無い社員が居るようでは、その店の未来は暗いだろう。


「そうか、大変だったな。今日は俺が奢ってやるから好きな物を頼め」

「お!さっすがアキト君♪」


貴人はいそいそとメニューを見始めた。

使われる人間は大変だな。上からも下からも問題を振られて……。

夢を現実にさせている人間がこの世界にどれくらいいるのだろう。俺はそんなに居ないんじゃないかと思っている。

学力が足りない、お金が足りない、体力が、技術が足りない。色々な理由で諦める人間は多いと思う。

そう考えると、俺は恵まれている。

辛いこともあるが好きな仕事に就くことが出来た。だからそれで充分だ。そう思う反面、どうしても欲しいものが有った。

それは俺を俺として見てくれる人。

でも、テレビに出始めて周りの俺を見る目が変わった。

急によそよそしくなる友人たちに寂しさが募った。

今、付き合いのある友人は貴人のように俺を特別な人間としてではなく、都賀つが暁人アキトとして見てくれる人達だ。

すっかり友人の数は減ったが、より深く付き合えるようになったと思う。


「俺ちょっとトイレに行って来る。……ほどほどにしておけよ、貴人」

「は~い!分かってま~す」

「……」


そろそろノンアルコールに黙って切り替えておくか。

貴人は酒を飲むのが好きだが、それ以上にその場の雰囲気が好きで、楽しめればいいのだ。だから飲み過ぎるだろうなと思う日は、こっそり注文をノンアルコールに替えている。

トイレを済ませ照明の光を落とした廊下を戻っていると、女性とぶつかった。

「ごめんなさい」と言われ、「こちらこそ」と返す。顔を上げた女性が俺の顔を見て一瞬驚いた顔をした。

――叫ばれるか……。

無意識に身構えると、女性は声を出すでもなく俺の顔をじっと見つめだした。

何なんだ……。何かと問えばニコニコと笑い「いつもお疲れ様です」と頭を下げた。

アルコールが入っているのだろう。頬が色付き、酔っ払い特有の陽気さで笑っている。

思わず面白い人だと見ていたが、頭を下げた勢いで前のめりに倒れそうになり、慌てて支えるとケラケラと笑いながらお礼を言われた。


「ダメですよ~、触っちゃ。ん~、それより、貴方の様な人でもこういうお店に来るんですね?私の友人も有名になっても都賀さんみたいに、こういうお店で一緒に飲んでくれるかなぁ」


触らずには支えられないだろうが……。

そんなつもりで言った訳ではないと分かっていたが、俺でもこういう店に来るのかと言われ、来ちゃ悪いかと思った。

女性の友人も俺と同じ世界の人間で、「有名になっても一緒に飲んでくれるかなぁ」と言った顔は寂しそうだった。

今日はその友人を祝っているらしい。寂しそうに言った台詞とは打って変わって、自分の事のように嬉しそうに俺に聞かせる。


それから一緒に飲もうと自分から誘い、戻ってみれば数分で更に酔った貴人が一人で楽しそうに飲んでいた。

俺が連れて来た二人を見て驚き、俺が誘ったと言えばまた驚く。

確かに俺は初対面の人間を自分のテリトリーに入れることはしない。だから貴人が驚くのも無理はない。

女性は高山たかやまさきと名乗った。間抜けに口を開けている貴人を見て笑っていた。友人は佐伯さえき千華ちかと言うそうだ。聞いたことない名だと言えば、「当たり前ですよ」とケロリと返される。

キツイことを言った筈なのに気にしないとは……。なかなか強い女性のようだ。


高山咲が言うには、夢を叶えて前に進む友人を見ていると寂しさを感じるそうだ。それに貴人が「分かる!」と頷く。

酔った高山咲は佐伯千華との関係の不安を次々口にする。その度に貴人が同意していた。

それを聞きながら「気にし過ぎ」「そんなことない」「大丈夫だから」と佐伯千華がフォローするのを見ていた俺は、昔の俺を叱りつけたくなった。


周りが勝手に離れて行ったと思っていた。

でも、離れた友人は高山咲と同じように寂しさを抱えていたのかもしれない。

今まで同じ世界に居た俺が急に知らない世界に足を踏み入れ、どうすれば良いのか分からなかったのかもしれない。

だから俺が佐伯千華のように「俺は俺だから」「気にすんなよ」と言ってやれば良かったんだ。

欲しい欲しいと子供の様に駄々をこねていた自分が恥ずかしい。欲しかったら自分で動けば良かったのに……。


アルコールが入った俺は気持ちを吐露した。すると高山咲は「これからすればいいんですよ」と言って微笑んだ。

救われた気がしたんだ。そしてその笑顔に惹かれた。

「高山さん」から「咲」と呼び方が変わるのに時間は掛からなかった。

隣に居るのが当たり前になって、一緒の空間に居るのに近くに居ないと不自然に感じる。

普段は何気なく見ているテレビも、咲が「面白いね」と笑えばどんな番組も最高のエンターテイメントだった。

咲には咲の仕事がある。しかも貯金をしたいからと実家暮らしの咲と会えるのは週末だけ。毎週金曜日になるとそわそわし出し、月曜の朝にはもう会いたくなる。

家に帰って咲が居ると、普段より部屋の中が明るく見えた。咲が待っていてくれると思うと辛いことも頑張れた。

自分の中にこんな感情があると初めて知った。

以前なら気付かなかったことも、咲とだと驚きと発見があり、日常が楽しくなる。

そんな日々がずっと続くと良い……。いや、続けたいと願った。

しかしそんな思いもいとも容易く崩れるのだと思い知った……。





やっと待ち焦がれた週末。帰る時間をメールすると、夕食を作って待っていると返信があった。

逸る気持ちを抑え、自宅のドアのカギを開錠する。何かあるといけないから、一人で居る時は必ず施錠するように咲には言ってある。だからこの瞬間、開けた先に暗闇が広がっているのを目の当たりにし、理解が追い付かなかった。


人の居る気配の無い室内。パチンと電気を点け、「さき……?」と声を掛ける。

待ち疲れて寝てしまったのだろうか。そう思ってかけた声に反応する者は居ない。

おかしい、何かあったのか?

全ての部屋を回り、電気を点けていく。しかし、どこにも咲は居なかった。

それどころか咲の物が無くなっている。

咲が選んで買ってきたお揃いの食器。咲が俺を待って居る間に良く読んでいた本。咲と一緒に観たDVD。その全てが消えていた。


「さき……?」


明るい自宅。でも、そこに咲は居なかった。





気が付くと随分時間が経っていた。俺はスマホの着信音で我に返る。

咲かもしれない。そう思った俺は誰から掛かって来たかも確認せずに通話ボタンを押す。


「咲!?」

『おわっ、吃驚した。なんだよいきなり。日本人なら「もしもし」から始めろよ』

「あ……、貴人か。わるい……」

『お前なんかおかしくないか?……大丈夫かよ』


言って、良いのだろうか……。

だけど不安で、突然のことで頭が働かなくなっていた俺は貴人に縋りついた。

誰でもいいから教えて欲しかった。咲は、どこ?


『はぁ!?咲ちゃんが居なくなった!?』

「そうなんだ。どこにもいないんだ。咲の物も無くなっていて……」

『馬鹿か!文明の利器を使えよ!電話はしたのか!?』

「電話……?そうだよな、忘れてた。掛けてみるよ、ありがとう」


俺らしくも無い。貴人に言われるまで忘れていたなんて。

電話を切ると咲希に掛けた。でも聞こえて来たのは『現在使われておりません』の声。

無情な声に通話状態のままスマホを手に途方にくれた。


嘘だ……。何でこうなった?

何で突然居なくなったんだ……。

けど、何で咲が居なくなったのか分かったんだ。


「なんで許可を出したんですか!」

「許可は出していない。間に合わなかったんだ」

「そんな……」


テレビの芸能ニュースでは、俺の熱愛が報道されていた。

もちろん相手は咲じゃない、それなら出て行ったりしないはずだ。帰った俺に相談するだろう。

報道の相手は共演者の女優だった。以前にも共演経験があり、そのときのキスシーンをご丁寧に流しながらの報道……。

咲はこれを観たんだ。そして誤解したまま、消えてしまった。

最初に怒りが来て、悲しさが来て、寂しさが来て、後悔が来た。


何で俺を信じてくれなかった。

何でなにも言ってくれなかった。

何で傍に居てくれないんだ。

咲に何度でも「好きだ」と言えば良かった。


「いつか外でデートしたいね」そう言った時、直ぐに叶えてやれば良かった。

貴人以外の友人にも、紹介しておけばよかった。そうすれば、連絡が取れなくなることもなかったかもしれない。

デートしたくなかった訳じゃない。友人に紹介したくなかった訳じゃない。どこから俺達の事が知られるか分からなかったから。もし知られたら、咲と居られなくなるのではないかと思ったら、怖くなった。

俺は臆病で、卑怯だ。

自分の不安を咲にも強いて寂しい思いをさせた。

メールだって電話だって、好きな時にしていいって言えば良かった。連絡はいつも俺から。生活時間帯が一般の人達と違う俺に合せると大変だと思ったんだ。

……なんて馬鹿だったんだ、俺は。

後悔しても遅いのに、次々考えてしまう。


また貴人から連絡が来た。どうやら日本人としては「もしもし」から始めて欲しいのでそうしてみた。でも、貴人の第一声は違うものだった。


『……何やってんだよ、アキト』

「ああ、あの報道か?真実じゃないから安心しろ」

『俺に言ってどうすんだ。それにそんなこと分かってる』

「だよなぁ……。なぁ、貴人。咲を知らないか?」

『まだ連絡取れないのか?』

「どうやら番号を変えたらしい……」


どこに居るんだ、咲。

俺は君がいないと、不甲斐ない男になるみたいだよ。


『千華ちゃんには訊いたのか?』

「佐伯さん?いや、訊いてなかった」

『馬鹿か!いい加減頭を動かせよ!』

「そうだよな……。貴人、ありがとう」


貴人の言う通りだ。言われないと分からないのか、俺は。

それだけいつのも自分じゃないってことだよな……。


佐伯さんに連絡すると、自分も咲と連絡が取れないと言った。

彼女が知らなかったら、もうどうすることも出来ない……。

目の前が真っ暗になって、耳元の佐伯さんの声も何処か遠く聞こえる。


『実家……そうだ!咲の実家の電話番号なら分かります。私掛けてみますね』

「ありがとう、助かる。俺が掛けても信用されないだろうから……」

『しょうがないですよ。大丈夫、私に任せてください』

「……よろしくお願いします」


実家か……、全然考えてなかった。ホント、ダメだな俺。

もし連絡がつかなかったら、咲の実家に行ってみよう。会いたいなら諦めちゃダメだ。そう自分に言い聞かせるが、夜になるとどうしようもない不安に駆られた。



咲が居なくなりすっかり眠れなくなった俺は、漸く眠ることが出来ても微かな物音で目を覚ます。気が付くと、いつも隣に寝ていた咲を探して手がシーツの上を彷徨っていた。

無くなったのは思考力だけじゃなかったらしい。食欲も無くなり、みるみる痩せていった。

自分の所為で周りに迷惑をかけるわけにはいかない。だから体調には人一倍気を付けて来た。仕事に穴をあけるようなことは無いが、見かねたマネージャーが何とか食べさせようとしている。

体が弱ると、おかしなことを考えるようだ。


咲が居なくなったのは、あの報道を観たからだ。これから先も同じようなことで不安にさせるかもしれない。その度に咲を傷つけて良いのか……?

俺と一緒に居ない方が、咲は幸せになれるんじゃないだろうか……?

離れた方が咲のためになる?


だけど何度考えても、辿り着く答えは同じだった。

俺が咲が居ないとダメなんだ。俺が俺らしくあるためには咲が必要なんだ。


――だから俺は、咲を望む。



数日後、佐伯さんから咲と連絡が取れたと知らせがあった。

今すぐ会いに行きたい気持ちを抑え、必ず連れて行くと言う佐伯さんの言葉を信じた。

映画の制作発表会場、そこに咲が居た。俯き、俺を見ようとしない。

もうダメなのか?君はもう、俺を諦めたのか……?

出演者が下がり、俺は再び壇上に戻った。

佐伯さんが必ず連れて行くと言った。だから俺は上と掛け合い、この場を設けてもらった。

もう逃げないし、隠さない。


咲、聴いて。俺の言葉が本当だから。

顔を上げた咲と目が合う。目を赤くさせて泣いていた。


「僕、都賀暁人には大切な人が居ます。泣き虫なくせに我慢して、負けず嫌いで……。そのくせ勝手に僕を諦めた世界で一番大切な人です」


ハッピーエンドの映画でも「良かった」と言って泣くくせに、テレビゲームでもトランプでも負けると必ず「もう一回」って言う咲。


「その人は最初から僕を僕として見てくれました。初めて会った僕に『お疲れ様です』って言った時の笑顔は一生忘れられません。抱きしめると腕の中で真っ赤になる。キスをすると僕の胸に顔を埋める。手を繋げば『恥ずかしいね』って照れる。そのどれもが僕には宝物で……。だから今まで言葉なんて要らないと思って言わなかった事を後悔しています」


初めて会った時、君は驚き笑った。自分とはちがう世界で生きていると分かっていても、普通に接してくれた。嬉しかった。

抱きしめると照れながら抱きしめ返して、キスをすると隠すように顔を胸に埋めてくる。「何で?」って訊いたら「恥ずかしいから」って言う顔が愛おしくて、ずっとこの腕に閉じ込めておきたいって思ったんだ。

気持ちは伝わっていると思っていた。だけどそれは驕りで、言わないと分からないことだってあるよね。「もういいよ」って言うくらい「好き」と伝えれば良かった。

気持ちを言葉にするのが恥ずかしかったんだ。


「いつまでもずっと傍に居てくれると当たり前に思っていた。貴女の優しさに甘えていました。貴女が僕の傍から消えて、自分の弱さに初めて気付きました。世界が色付くのは貴女が居てこそ。ずっと僕の傍に居てください。そして僕に「好きだ」と「愛している」と言わせて下さい」


傍に居るって当たり前じゃないんだって、咲が居なくなって知った。

自分が弱いって、気付かなかった。

俺は咲が居ないと不安で夜も眠れないし、食事だって満足に取れなくなるんだ。知らなかっただろ?

「好き」「愛している」と飽きるくらい言わせて欲しい。そして言って欲しい。

涙を流す咲を見ていたら、俺まで泣きそうになった。その眼はまだ、俺を想っていてくれているって分かったから。


楽屋に下がった俺に、マネージャーが言った「もう後戻りできないよ」と。そんなこと分かっているし、覚悟もしてきた。

失う恐怖より、得たい想いの方が強い。

じっと見つめる俺に頷いたマネージャーは「分かった」と一言。何が分かったと言うのだろうか。

ドアに向かって行く。ノブに手を掛けようとして、その手を止めると振り向いた。


「お前、頑固だからな。その眼をしてる時は何言ってもダメだろ?それにどれだけ高山さんを大切にしているか、必要としているか、痛いくらい分かったよ。アキトがこの世界に入ってからマネージャーとして傍に居たんだ、それくらい分かる」


この世界に入って一番傍に居て支えてくれたのは、間違いなくマネージャーだ。だからここまで頑張れた。


「だから……、俺が連れて来てやる」


誰も居ない室内で、マネージャーが出て行ったドアに向かって一礼した。

咲が来る。そう考えると嬉しいけど、同時に不安もあった。

会場での咲の眼は変わらず俺を見てくれていた。でも、実際会ったら拒絶されてしまうかもしれない。

握り締めた手に汗が滲み出る。緊張するなんて珍しいな……。

大丈夫だ、諦めるな。欲しいなら手を伸ばして掴みとらなきゃ何も始まらない。

何度も言い聞かせた。奮い立たせた自分は開いたドアから見えた顔を観た瞬間、小さくしぼんだ。


「さき……?」


ああ、咲だ。本物の咲が居る。

夢に見た、何度も。何度名前を呼んでも振り向かない咲じゃない、体温を持った咲が。

引き寄せられるように歩き出した足は、咲の言葉で止まった。

ごめんなさいと謝る。自分が居ない方が俺の幸せのためと辛そうに言う。

そんなことあるわけないだろ?それに謝るのは俺の方だ。


「違う!勝手にアキトの気持ちを勘違いして逃げたのは私よ!アキトの想いに気付かないで逃げて、そんなふうに弱ってることも知らなかった……!」


うん、でも咲が逃げたのは俺の所為だし、思いに気付かなかったのは俺も一緒。弱ったのは自分が悪い。咲が気に病むことないんだよ。


「……好き。好きなの」


「好き」と聞こえた瞬間、抱きしめていた。

変わらない咲の体温と纏う香り。さらに強く抱きしめると、ようやく緊張が解けて来た。

俺に分からせるように、まるで自分で確認するように「好き」と言い咲は続ける。


「うん、……うん!俺も、大好きだよ。……ずっとこうしたかった。咲が居なくなってから眠れないんだ。やっと寝られても勝手に手が咲を探してる。何を食べても味なんかしないし、このまま会えないのならいっそ……。そんな馬鹿なこと考えてしまうくらい会いたかった」


毎日一緒に居た訳じゃないのに逢えないかと思うと不安で、一人で寝るベッドはいつもより広く感じた。

「少しでもいいから食べろ」とマネージャーに何度も言われ、無理やり口に含んだ。味もしないそれはただの栄養補給物。

夢でなら咲に逢えるって分かってから、このまま眠り続けてしまおうかなんて事を考えたこともあった。

どれだけ馬鹿なんだと思いながらもそんな想いが消えることは無く、無理して笑う日々が続いた。


気付くと頬を涙が伝っていた。大人になるにつれ、プライベートで泣くことは無くなっていたのに。

泣いている俺の顔を初めて会った時みたいに咲がじっと見ていた。その咲も泣いている。

俺は咲の頬に流れる涙を指で拭った。柔らかな頬はお気に入りで、思わず突きたくなるんだ。


「言って欲しい。何が咲を苦しめたのか。俺は咲の事になると上手くいかないことばかりだ……。だから言って欲しい」


咲の口から出る言葉は、今までどれほど咲を不安にさせていたかよく分かった。聞きながら心の内で謝り続けた。

辛そうな表情で様子を窺う咲希は、今にもまた消えそうに見えた。

咲が傷つく必要なんてないんだよ?言わなければ良かったなんて思う必要ないんだ。


「俺は言ってくれて良かった。これからは前より咲を大切に出来る……。二人で出かけなかったのは、誰にも邪魔されたくなくって、ずっと咲だけを感じたかったから。誰にも紹介しないのは、どこから俺らの関係がばれるか分からないから。マンションに呼んでいたのは、咲が家に居てくれると思うと、どんな仕事も頑張れたから」


分かって欲しい。信じて欲しい。


「信じられない?」


そう訊くと、黙ったまま俯いてしまった。

咲の信じる心を弱らせてしまったのは、他ならぬ自分。

一緒に居たら、もっと傷つけてしまうかもしれない。でも、それでも一緒に居たいんだ。


「高山咲さん」


俺は咲の左手を取り、ポケットから指輪を取り出した。サイズは知ってる。なかなか同じ時間を過ごせないから、せめて何か繋がりを持ちたいと最初に送ったのが指輪だった。それはシンプルなシルバーのリングだったが、これは違う。

可愛らしい小さな石が嵌められたリングは、咲の左手薬指で光っていた。

驚き、角度を変えて見ている。

それだけじゃなく、言葉も受け取って欲しい。だってこっちが本命。


「ずっと大切にすると約束します。だから俺と結婚してください」


傷つけることもあると思う。

泣かせることもあると思う。


「……私、馬鹿だからまだ疑ってるんだよ?こんな気持ちのままじゃ一緒になれない。アキトを苦しめるだけだもん……!」


それでもいい。そんなの、どうにかしてみせる。

断ろうとしている唇を塞いだ。

深い口づけはそのまま俺の心だから。咲を想う心そのままだから。

トロンと溶けた目で「アキト?」って言うから、またしたくなった。

何度でも咲を味わいたいし、抱きしめて腕の中から逃がしたくない。

咲が居ないと俺はホント駄目なんだよ、知らなかっただろ?カッコ悪いからわざわざ言わないけどさ。


「それでもいい。……いや、違うな。咲の不安が無くなるまで俺が待てない。今すぐにでも籍入れて、咲は俺のだと言ってまわりたい。咲を苦しめた俺が言うのもなんだけど、咲の傷は俺が治すから!不安な事があったら言って欲しい。今度は言葉で伝えるから……、何度でも、咲が信じるまで」


もう隠したりしない。手を繋いで外に行こう。

行きたいって言っていた美術館も水族館も、好きなだけ連れて行ってあげる。

「夜の海を見てみたい」って言葉も叶えてあげる。

困るくらい「好き」って伝えるから。

不安が消えるまで傍に居て、どれだけ俺が咲を欲しているか分かるまで抱きしめるから。

だから俺と……。


「結婚してくれますか?」


涙を流す咲が「このまま流れ続けたら、体中の水分が無くなって死んじゃうんじゃないかな」なんて可愛いこと言うから、「咲が嫌がっても口移しで水分補給してあげる」って言ったら楽しそうにクスクス笑った。

その笑顔のまま「はいっ!」って嬉しい返事をくれたから、また抱きしめてキスをした。





「あのね、デートもしたいけど、アキトと一緒に居られれば、私どこだって嬉しいんだよ?」


帰り支度をしていると咲がそう言った。

振り返った俺に「知ってた?」って悪戯っぽく問いかけてくる。

そんなの知っていたし、咲だけじゃなく俺だって同じ想いだ。

「俺もだよ」そう言ったら「一緒だね」って幸せそうに笑った。


ずっと守るよ、その笑顔を。想いを。

だって君は……。



俺が望んだ人だから。


読んで頂きありがとうございました。

最後の方はぐちゃぐちゃしてしまいました、すみません(-_-;


また作品を書いた際、読んで頂けたら嬉しいです。

お付き合いくださりありがとうございましたm(__)m

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