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皇帝陛下のわがまま

 父上が死んだ。物心が付いてから一度も会ってないので、実感も何も無いが。

 そして時々顔を見せる男が、次の皇帝はあなただと言った。


「十五で元服するまでは無理なのでは?」

「代行していただく」


 私はまだ十三だが、代行であれば問題ないらしい。

 食事を運んでくる女中に聞くと、あの男は宰相で、全ての政務を取り仕切っているらしい。有能なのは良いことだ。

 身体が弱く日々生きるだけで精いっぱいの私では、政務など出来ようはずもない。そもそも体力以前に、やり方も解らない。


「では本日のお食事です」

「済まぬな」


 持ってきてもらった粟の粥を口にする。一日一回、一皿の粥。量はさほど多くないが、何も仕事をせず、肩書きが皇帝代行だというだけで食べられるのだ。不満を覚えるようなものではない。

 たまに、大根の漬け物が付いてくる時がある。薄い塩味で歯ごたえがない粥に対して、辛さが強く歯ごたえが強い。非常に美味なので毎日でも欲しいのだが、あれだけ濃い味だと身体に悪そうだし、何より高そうだ。仕事もろくにできない無駄飯食らいの身としては、贅沢は言えない。

 食べ終わるまで待っていた女中が、皿を手に部屋から下がる。木造の建屋で、出入りする際は安全のために入り口の錠を外して行う。

 私は錠の鍵を持っていないので自分では出られないが、排泄も含めて部屋から出る必要はないので何も問題ない。この十二畳の中で生きていけるのだから、不満はない。

 狼藉者が入ってこないよう配慮をしてくれるのは、ありがたいものだ。




 十四になる頃、嫁を娶った。残念ながら事前に会っていないし、名前も知らない。


「あなたに何か問題があれば、血筋が途絶えてしまいます。恐れ入りますが、血筋を残すようお励みください」

「そうか、解った」


 私の血筋は重要らしい。私よりも周りの方が解っているようだ。

 言われた夜、寝所に女がやってきた。どうやら、彼女が私の妻らしい。


「陛下、よろしくお願い致します」

「うむ」


 挨拶をして、言われた通りに妻を抱く。

 女を抱くのは初めてなので勝手が解らず苦労したが、妻に手ほどきを受けながら、何とか作業をこなした。

 疲れて倒れるように眠りについて、朝起きた時には、妻の姿は無かった。自分の部屋に戻ったのだろう。

 食事以外で久々に動いたので、筋肉痛になった。軽くもみほぐしながら、やってきた宰相に質問を投げる。


「毎日来るのか?」

「いえ、毎日ではありません。一ヶ月に三、四回といったところです。ただ、彼女だけに負担をかけるわけにはいきませんので、もう一人か二人、側室を持っていただき、同じようにしていただく必要があります」


 大変そうだが、慣れれば筋肉痛も無くなるだろう。




 十五才になった。元服の儀を行い、正式に皇帝として即位する。

 生活は変わらないが、元服の一ヶ月ほど前から、粥の内容が粟から米に変わった。

 この時に初めて米を食したが、目が覚めるほど美味かった。

 米という食べ物は、一粒一粒に、味があるのだ。噛みしめる程に、味が出る。なんという至高の食べ物か。


「お身体が弱いのは承知しておりますが、あまりに血色が悪いと国民が不安に思いますから。お身体の負担にならないよう注意は必要ですが、こちらで注意してまいりますので」


 米を食べても問題ないのか宰相に聞いてみると、このような返答があった。

 必要な栄養すら摂取できない虚弱体質で、宰相には迷惑をかけている。少しでも宰相の負担を減らせないかと言ってみたが、養生するのが一番だと言われた。

 迷惑をかけたいわけではないので、強く言って困らせるのも憚られる。

 いつものように食べた後は、すぐ床に就く。夜の伽が始まるまでに、少し眠って体調を整えなければいけない。


「お待たせしました」

「いや、問題ない」


 入ってきた正室と、いつものように挨拶をする。

 そして閨を共にして、朝に目が覚めると彼女は帰っている。

 そういえば彼女の名前を知らない。

 いつか機会があれば聞いてみようと思う。




 私が十六才になった頃、正室に子どもが生まれた。

 報告を受けて、そういえばここ数ヶ月は正室を見ていないと思い至った。


「お一人でも生まれれば最低限の改善にはなりますが、二人目、三人目と続けてくださるよう、引き続きお励みください」


 私以外に皇帝の地位に就けるほど血が濃い親族はいないため、子どもが生まれるのは大きな意味があるという。

 初めて宰相の顔が緩むのを見た。多少なりと、宰相の負担が減らせたのであれば、私も嬉しい。


「出ていただく催事も済み、無事に子どもが生まれましたので、お食事は半分、粟に戻させていただきます」


 すべて粟に戻るのではなく、半分は米のまま継続してくれるらしい。非常にありがたい。

 そういえば、子どもの名前はどうするのだろう。


「こちらで名前を付けさせていただきますよ」


 宰相が決めてくれるのなら不安はない。

 少し先の話だが、子どものお披露目会を開くそうだ。

 だが宰相は、私の体調を気遣って、欠席で問題がないように取り計らってくれるという。

 相変わらず迷惑をかけ通しで、役に立てるよう努力せねばならないと思う。




 さらに一つ年齢を重ねて、十七才になった。

 この年、これまでの人生で経験がない大事件が起きた。


 いつものように食事をしていると、大きな破砕音を立てて扉が倒れてきた。

 もう少し座っている位置が近ければ、扉がぶつかって死んでいただろう。私は生来、運が良い。


「お前が皇帝か!」


 入ってきたのは金髪を短く刈り込んだ、若い女。

 ほこりまみれの鎧を着込んで、抜き身の剣が煌々と輝いている。

 顔付きは粗野と言ってもいいものだが、目には意志がみなぎっており、私は圧倒されてしまった。


「貴様のせいで、俺たちは苦しい生活から逃れられない……!」


 これほどの感情をぶつけられるのは初めてで、どもりながら言葉を返すのが精いっぱいだった。


「そうか、やはり私は、民草を不幸に陥れているのだな」

「何を知った風な。というか、本当に皇帝か?」


 女は怪訝な顔で私を見る。

 やはり貧弱な私は、皇帝に見えないのだ。


「そうだ。生まれつき虚弱でな。それでも生きながらえてきたが、お前が私を殺すのだな」


 私には武の心得がない。女の剣を凌ぐ手段はないのだ。


「お前は、何を食べている?」


 粥の入った皿を見ながら、質問をぶつけてくる。


「見ての通り、粟の粥だ。だが贅沢にも、二日に一回は米の粥をいただいている。そんなことより、やるのなら痛くない殺し方を頼む」


 私に恨みがあるのなら、痛く殺そうとするかもしれない。馬鹿な懇願をしたものだと自嘲する。

 目を瞑ってしばらく待っても、なかなか痛みがやってこない。

 不思議に思って目を開けると、女は難しい顔をして立っている。


「皇帝は好き勝手に女を抱き、好き勝手に遊んで食べていると聞いたぞ」

「残念ながら好き勝手ではないな。子どもが必要だから、正室と側室が順番で閨を共にするがな。遊ぶほどの体力はないし、食べ物だけは肩書きだけで働かずに食しているから、お主の言う通りだ」


 外から侵入者だと声が聞こえてくる。はっと我に返った女が、私を見据える。


「また来る」

「今、殺さないのか」

「残念ながら時間がない」


 私の殺害より、自らの退路が重要らしい。命はひとつしかない。私を殺しても、自ら投獄されて死んでしまっては意味は無いと考えたのだろう。

 逃げるのを優先するのは当然だ。


 狼藉者は私の前から消え失せた。

 首尾良く逃げおおせたのか、捕まえたという話を聞くこともない。いつかまた、私を殺しに来るかもしれない。罪悪感に悩まされながら生きるよりも、死ぬ方が楽だというのは甘えだろうか。

 いつしか、狼藉者がやってくるのを待っている自分に気が付いた。




 私は十八になった頃、大病を患った。


「これから医者がやってきますが、御身が皇帝だというのはおっしゃらないようお願いします。良からぬことを企む医者ではない、という保証が何もありません」

「……うむ、解った」


 辛うじて言葉を返す。宰相は頷いて、医者を連れてきた。


「ふむ、風邪ですな。体力が無いのが原因で今にも死んでしまいそうですが、栄養を取って安静にしていれば大丈夫でしょうな」


 罪人か何か知りませんがもう少し栄養を与えるように、という医者の言葉に首をすくめる。

 与えられても栄養が取れない自分を恥じていると、医者が帰って宰相がやってきた。


「しばらく、食事を毎日米にさせていただきます。もし何か不都合がありましたら、おっしゃってください」

「不都合はない。手間をかけて申し訳ない」

「いえ、とんでもない」


 ふっと笑みを見せて、宰相が下がっていった。



 それからしばらく夜伽もなく、安静にする日々が続いた。

 米を食べ続けたせいか、一ヶ月もすると体調が戻ってきた。それからも米の生活が続いていたが、さらに一ヶ月もした頃には粟と米が半々の状態に戻った。

 正直なところ、好みだけなら米を食べ続けたいのだが、無理を言える立場でもない。

 他の楽しみといえば、狼藉者が去ってから何日が経過したか、日々数えているくらいだ。


 今日もまた、狼藉者は姿を見せない。




 齢を十九まで重ねた頃、ついに狼藉者が姿を現した。


「二年ぶりか」


 今度は蹴破るのではなく、鉄の錠を剣で切り落とす。素晴らしい切れ味だ。

 詳しくはないが、剣と技術、両方が卓越していなければ、鉄を切るなど出来ないだろう。


「うむ、そんなものだな。今日こそ、私の命を奪いに来たのだな」


 正確には一年と三百十七日だが、そこまで区切る意味はない。

 狼藉者が待ち遠しくて日を数えていたなど、言うつもりはない。


「そのつもりだ」


 狼藉者の言葉に、私は目を閉じる。


「鉄をも切れるその剣で、ひと思いにばっさりとやって欲しい。どうしても痛みを与えたいというのなら、それも甘んじて受けよう」


 狼藉者が舌打ちをしたかと思うと、妙な浮遊感を感じる。驚いて目を開けると、私は狼藉者の肩にひょいと担がれていた。


「死んだものと思って、黙って運ばれろ。いいな?」

「無駄な抵抗はせぬよ」


 それよりも重くないのかと聞くと、軽すぎて拍子抜けだと答える。私は吹けば飛ぶほどの軽さらしい。



 担がれて行った先は、城下町の飯屋だった。

 初めて入るそこは人の声が溢れており、それ以上に嗅いだことのない匂いが辺り一面に漂っていた。

 狼藉者に促されて席に座り、注文をしているのをぼんやりと眺める。


「なんだ?」

「いや、お主は何がしたいのだ?」


 目の前で食べるのを私が見ていても、意味などないだろう。

 しかし私の質問に狼藉者が回答するより早く、店員が料理を持ってきた。


「お待たせ。兄さん細いね。しっかり食べてってよ!」

「あいよ。お代はこれね」


 狼藉者が金を渡して、目が料理へと向き直る。


「食え」

「うん?」

「いいから食ってみろ。俺が奢ってやる」


 そういえば、侍女が話していたのを聞いた覚えがある。罪人を処刑する時、最後に美味い物を食わせるという。

 狼藉者なりの、最後の晩餐なのだろう。


「うむ。いただこう」


 その配慮に感謝して、並べられた名前も知らぬ食べ物を小皿に取り分けて口にする。


「美味いだろ?」


 にやりと笑って告げる狼藉者に、返す言葉もない。美味い以前に何というのだろう、この感覚は。


「辛かったか?」

「そうか、これは辛いというのか」


 その味は、私が初めて知るものだった。辛いというのは不快ではない。匙が止まらない。


「こっちも食ってみろ」


 にやにやと笑みを絶やさず、別の皿から料理を取り分けて渡してくる。私は拒まず、受け取る。


「美味い。美味いが、何というのだろう。先ほどの辛いとは違って、ずっと口の中にあると厳しいような」

「それはすっぱいというんだ。米と一緒に食ってみろ」


 米を口に入れて、続けて赤い実を口に含むと、米の旨さを一層引き立てるような味になる。


「凄いな、これは。最後の晩餐とはいえ、良い物を食わせてくれて感謝する」

「ああ、最後? 何言ってんだ?」


 狼藉者はそう言ってから、忘れていたという風情でそうだったなと頭をかいた。

 何を言っているのか解らないのは、間違いなく私ではなく狼藉者の方だ。忘れっぽいにも程がある。


「簡単に殺しゃしねえよ」

「そうか」


 もう食べられないというほど食べた。残った料理は全て狼藉者が食べた。私の五倍は胃袋が大きいに違いない。


「最後はこれだ」


 もう食えぬと告げた私に、意地の悪そうな笑みを浮かべたまま、狼藉者が食えと言う。

 逆らう意志はないが、食えないものは食えない。だが今のところ、食堂に入ってから言う通りにしていて悪い事態になっていない。

 薄い黄色の物体に、茶色の液体がかかったそれを口に運ぶ。


「お、これは……」


 また表現の仕方が解らない味が口に広がる。特に茶色の液体が、えも言われぬ刺激を与えてくる。


「甘いだろう」

「そうか、これは甘いというのか」


 今までの十九年間で一度も口にしていなかった味を、一晩で何度も味わった。


 狼藉者は私を殺そうとはしない。苦しめるつもりなのか、どうなのか。

 一切が解らないが、狼藉者の後ろについて町を歩く。町を歩く者は総じて破れかかった服を着て泥にまみれているが、顔色は決して悪くない。


「それなりに、元気にやっているだろう?」

「え? ああ。町の者の話か。そうだな。少なくとも、私より日々を精一杯生きているように見える」

「お前は、生きている意味ないもんな」


 ただ、生きるために生きる。それが私だ。返す言葉もない。

 しばらく黙って歩いていると、狼藉者が一つの店を指さす。店には小さな子が何人も集っており、年老いた男性が何やら菓子のようなものを笑顔で配っている。


「あの爺さんな」

「うむ。子どもが好きなのか」

「嫌いなわけじゃないだろうがね。昨日、連絡が来てな。唯一の肉親である孫が、戦争で死んだんだそうだ」

「戦争……どこかに攻められているのか」


 宰相は何も言わなかった。言われたとしても、剣を持って先陣も切れないし、後方で作戦を練ったりも、何もできない。


「いや、周りの国は穏健派が多いからねえ。どこからも攻められてないさ」

「でも、お主は先ほど、戦争と言ったぞ」


 狼藉者の話は矛盾している。

 指摘すると、狼藉者は冷めた目で私を見た。


「ふん。あんなところに押し込められて、教育もされず、馬鹿のままか」

「私が馬鹿なのは否定せぬが、お主の言っている意味が解らん」

「攻められてなきゃあ、攻めてるに決まってるだろうが」


 攻めている。言葉だけは把握しても、意味が解るまで、数秒かかった。


「内戦ってのもあるけどな。この国は、侵略戦争をしてるんだよ。奪うために、攻めているのさ」


 そんな話は、一度も宰相から聞いていない。


「それは、宰相は関わっているのか?」

「あ? 宰相が指揮を取ってるんだよ。娘にお前の子を産ませて、今や次期皇帝の後見人も兼ねてるからな。放っておくと、そろそろお前も消されそうだから、忍び込んだのさ」


 前回と違って、連れ出す必要があったという。意味が解らず首を傾げると、狼藉者に頭を掴まれた。


「お前を使って、内戦を起こすのさ。国外を攻めてる場合じゃねえって、思い知らせてやらねえとな。貧民街も広がる一方だし、町を出れば野盗が我が物顔でのさばってる。本当に、偉いさんには現実ってもんが見えてねえんだ」


 こき使うから覚悟しろ。言って、狼藉者は野性味溢れる笑みを浮かべた。

 内戦といえば国を荒らす行為だが、目の前に立つ狼藉者は、国そのものではなく、住んでいる人々に目を向けているのだと直感した。


「うむ。お主の言葉を全て信じたわけではないが、まずは言われる通りにしよう。選択権は、ないのであろう?」

「へっ、解ってるじゃねえか。逆らうなら叩き斬ってやるさ。まずは仲間のところに連れて行く。来い」


 そうして私は、地下組織「鼠の牙」の本拠地へと足を踏み入れた。




 私が反政府の地下組織「鼠の牙」に拉致されて、一年ほど経過した。

 その間に様々な事実を学んだ。傀儡として都合よく使われていたこと。唯一の理解者だと思っていた宰相が私の行動を制限していたということ。


「いいか。今日は俺たちが全滅するか、宰相の首を取るか。二つに一つだ。行くぞ!」


 私を連れてきた狼藉者は「鼠の牙」のお頭だった。確かに狼藉者、いやお頭の、人を惹きつける魅力は桁違いだ。

 それに武力でも一番らしい。だからこそ、私を殺しに来たのも彼女だったのだろう。

 そして今日、「鼠の牙」が王宮を落とす。隣国への根回しも済んでおり、邪魔が入る心配はないそうだ。その際に、私の存在が役に立ったという。

 一年間、まともな食事をするようになって、病気はほとんどしなくなった。だが、戦争になると単なる足手まといだ。


「お前には、俺の後ろの特等席で国が滅ぶところを見せてやる」

「私は足手まといにしかならぬよ」


 私の言葉に、お頭は凄みのある笑みを浮かべる。


「俺の後ろにいたら、何とでもしてやるよ」



 そして城攻めが行われた。とは言っても正面から攻めるような真似はしない。

 陽動で注意を逸らして、隠し通路を少数精鋭で攻め込む。

 隠し通路なるものを見つけた手腕は大したものだ。私は必死で、お頭の後ろを付いていく。

 長めの通路が行き止まりになっていて、お頭は手振りで周りの連中に明かりを消させると、地上への隠し扉を開く。


「ここは……」


 出た先は、王宮の中庭だった。私が以前に住んでいた部屋からも見える範囲。

 人の気配はなく、狼藉者たちは中枢に足を向ける。

 途中で女中が通りがかり、私たちを見て悲鳴を上げる。見た覚えのない粗野な連中がいるのだ。悲鳴を上げるのは当然だ。


「急ぐぞ」


 お頭が急かして、全員が駆け出す。私が遅れていると、気付いた一人が横に付く。


「お前、もうちょっと速く走れや」

「うむ、すまぬな。これでも全力なのだ」


 私が謝ると、男は舌打ちしつつ手を貸してくれる。何だかんだと、誰もが気を遣ってくれる。

 お頭の教育が行き届いているのだろう。


 私が少し遅れて目的地である玉座の間に到着すると、すでに何人もの人が倒れていた。

 たくさん倒れている中、私はお頭の剣舞に目を奪われた。

 命のやり取りをしているというのに、舞っているように見える。

 そうやって私が見惚れているうちに、勝負が決したようだ。

 守る側の衛兵がすべて倒され、相手側の陣営で立っているのは宰相のみとなった。


「くっ、貴様ら、何をしているか解っているのか」

「ああ。逆賊の宰相を斬り捨てて、本来の王様に玉座についてもらうのさ」


 お頭の言葉に、宰相が笑い出す。


「何を言うのかと思えば。国王なぞ、とっくにこの世におらんわ」

「はん。貴様の目は節穴か?」


 怪訝そうに宰相が周りに目を向けて、私と目が合う。


「……これは驚いた。まさか生きていらっしゃるとは」

「私も驚きだ。外に出て、自らの浅はかさを痛感したものだ」


 自嘲気味につぶやく私に、宰相は馬鹿を見る目を向けてくる。


「確かに死体がないせいで、今もまだ代行しか立てておらぬ。だが、あなたが戻ったとして、国を納められるとは思えぬな」

「貴様が、幽閉して、何もさせなかったんだろうが!」


 私が口を開く前に、お頭が怒鳴った。

 私としては宰相の意見と完全に一致していたので怒るところではなかったが、お頭は違うらしい。

 お頭は言い終えると剣を振るい、宰相に斬りつける。宰相は避けられずに、肩を斬られて膝をついた。

 どう見ても致命傷で、膝をついただけで倒れ込まないのは賞賛に値する。私なら確実に倒れるだろう。


「さて、言い残したことはあるか?」

「この期に及んで……いや」


 苦しそうにしながらも冷めた目をしていた宰相が、何かを愛おしむ顔になる。今まで見たことのない顔だ。


「私の孫は、どうなる? 私もろとも殺すのか?」

「お前の孫というと……こいつの子どもか?」


 お頭が私を指差して、確認を取る。つい先日、失礼だから人を指差してはならぬと、他ならぬお頭に教えられたのだが、指摘すると怒るので黙っておく。


「私の孫は、一人しかおらぬよ」


 お頭が振り返り、私に答えるよう顎で指図してくる。


「あなたの孫かどうかは、関係ない。私の子は私が育てるとも。子育てなどしたことはないし、今がどう育っているのかも解らぬがな」


 私の言葉に、宰相は笑みを浮かべた。


「甘いな。反逆者の血が混ざっている者は、見せしめに粛正するべきなのに」

「誰の血が混ざろうが、私の子だ。私が決める」


 考えを述べると、宰相は口の端から血を噴きながら、嘲笑をする。


「何も出来ぬくせに、言葉だけは一人前だな。どれだけ足掻けるか、地獄で見ていてやるさ」


 それが、宰相の末期の言葉となった。

 宰相が息を引き取り、周りがお頭と仲間だけになると、私は大きくため息をついた。


「お頭、あれで問題なかったか?」

「上出来じゃねえか。あれだけ演技ができれば、あとはもう、問題ないな」


 お頭が剣を納めて、今までにない優しい顔をしている。

 私は慌てて、お頭に声をかける。


「お頭、ここで去られては困る。私は国を動かすには、右も左も解らぬ。一つの組織を運営していた手腕で、私を手伝ってもらいたい」


 お頭は私の言葉に舌打ちをするが、私の言い分を否定はできないようだ。

 何もできないという事実に信頼を置かれるのは悲しいものがあるものの、今はまだそれにすがるしかないのだ。


「しょうがねえな。一年だけだ。後は、自力で立て直せ」


 一年と、先回りして宣言されてしまった。

 たった一年では、できることも限られる。私は頷き、大急ぎで準備をしなければと気を引き締め直した。




 一年間、お頭に手伝ってもらい、ようやく軌道に乗ってきた。

 お頭以外にも頼れる腹心が出来て、息子の教育も、信頼できる仕組みを作れた。


「お頭のおかげで、国が立て直せた。礼を言う」

「お前も思った以上に頑張ったんじゃねえか。もっと愚図かと思ったが、いや実際にすっとろいんだが、気概だけはあるってのが解ったぜ」


 お頭は、用が済んだので王宮を去るという。何とか引きとめられないかと思案したが、良い案は出なかった。

 恥を覚悟で副頭にも相談したが、お頭が決めたら覆らないという。知っている。それがまた、お頭の良いところなのだ。


「どうしても駄目か」

「ああ。俺は国に仕えるっていう柄じゃねえからな。まあ、何かあったら、来てやるよ」


 お頭は獰猛な笑みを浮かべる。八重歯が、まるで牙のようだ。


「お前も今まで苦労してきただろうし、わがままのひとつくらい聞いてやってもいいんだがな。こっちでしか役に立てないけどな」


 言いながら、腰に佩いた剣を握る。

 すがるとしたら、今しかない。


「わがままか。ひとつ、あるな」

「言ってみな」

「聞いてくれるか?」

「そんなこたぁ、聞いてみねえと解らねえよ」


 確証を持てないまま、口にはしたくない。きっと怒って去っていくだろう。


「国には仕えないのは解ったが、他に駄目な条件はあるか?」

「あ? 面倒くせえな。俺の自由を束縛しない限り、聞いてやるよ」


 微妙だ。私の願いは、束縛だろう。

 考え込むうちに、お頭の顔に苛立ちが増してくる。危険な兆候だ。


「済まぬ、考え込んでしまった。では、わがままを言わせてもらいたい」

「さっさと言え」

「私と、結婚してほしい」


 お頭が呆気に取られた顔になる。意味は、通じているようだが。


「お前、馬鹿だろう」

「利口とは言えぬが、今、言うことか?」

「結婚なんざできるか」

「何故だ。結婚をしたとして、お主は自由にすれば良い。ただ、帰る家を私の部屋に。それくらい、できるだろう」


 お頭が困ったような顔で剣を握る。


「俺には、剣しかないんだ。食うに困ったから、剣で国を動かした。まあ実際にできたのは、あいつらのおかげだけどな」

「お頭も彼らも、大したものだと思う」

「俺は、剣しか振れねえんだ」

「ずっと横にいて欲しいわけではない。ただ、離れてどこで何をしているのか解らないと、心配だ」


 私の本音だったが、お頭は怒ったような顔をする。


「お前に心配されるほど、落ちぶれちゃいねえよ。しかし、正気か?」

「当然だ。酔狂でこんなことは言わぬよ」

「参ったな……」


 どうやらお頭は、本気で嫌がっているようだ。困った様子で、頭を掻いている。

 意に沿わぬのなら、無理強いしても良い結果にはならないだろう。

 せめて、笑顔で別れるとしよう。


「無理を言って悪かった。撤回する」

「はあ?」

「いや、どう断るか、考えているのであろう? 配慮してくれるのは嬉しいが、お頭に悩み顔は似合わぬよ」


 私の言葉で、お頭は渋面を作る。また何かやらかしただろうか。


「本当にどうしようもねえな、お前は」

「言葉もない」

「お前みたいな奴には、言いたい放題ずけずけとものを言う無頼者が横にいるのも、悪くないかもしれねえな」


 お頭の言葉に、私は首を傾げる。


「察しが悪いな。つまり、俺が横で言いたい放題、文句を言ってやると言ってんだよ」


 若干耳を赤くさせながら言ったお頭に、私はようやく、承諾してくれたのだと理解する。

 私が言葉を返すより早くお頭が近付いてきて、口付けをされた。


「悪いな。俺は、自分で奪う主義なんだ」

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― 新着の感想 ―
[一言] あっさりした語り口が主人公の性格をよく表していて、引き込まれました。 面白かったです。 素敵な時間をありがとうございました。
[良い点] 色々ありすぎて書ききれないので一つだけ この短い文章の中で魅せられたお頭の魅力 たぶん読んだ人なら大抵はお頭に気持良い人間だと好感を抱くんじゃないかな? [気になる点] 特に…
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