表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドイツさんと私  作者: 吉田
番外編と後日談
25/32

日本女性のドイツ語的愛情 《オリーと麦子》



 すみません、てひとこと言うのに「エントゥシュルデグング」ってどうなのよ。

 さよならなんて、「アウフ ヴィーダァーゼーエン」……って舌噛むわ!

 極めつけは数字。

 なんで3489が「ドゥライタウゼントゥフィアフンデァトゥノインウントゥアハツイッヒ」って。どこの魔法少女の呪文なの!

 もういや。全部いや。ドイツ語なんて嫌い。

 それで、今目の前でドイツ語を話している美人ふたりも、それににこやかに答えているどこぞのゴリラもみんな嫌いなんだから!



「Alles Klar?」

「Ja! Danke Olli!」

「Olli, Gehen wir etwas trinken!」


 どこからどう見ても、見事なアルプス山脈を胸にお持ちの美人さんふたりは、それを有効に生かすべく、さっきからぐいぐいとオリーの腕にそれを押しつけている。

 わあすごーい。私じゃあ、絶対にあんなことできないもんね。やったとしてもきっと、「鳩胸?」って聞かれるだけだもんね。ていうか、それってただ胸板押しつけてるだけだよね。

 地図を挟んでまだまだ続いている三人のやりとりを、側に立っていた私は表面上の笑顔で聞いている。


「Leider nicht.」

「Schade……」


 困ったように笑ってオリーが彼女たちから腕を取り戻すと、美女二人はものすごく残念そうに眉を下げた。


「Gute Reise」


 オリーがそう言って手を振ると、彼女たちは渋々と、それはもう渋々と私たちに背をむけて歩き去って行った。去り際、私に鋭い視線を投げることは忘れなかったけれど。

 そうして私に聞こえるように、表面上は小声っぽくして何事かを囁きあう。漏れ聞こえてきたのは、「ha"sslich」「kindisch」「Schlampe」。

 悔しいことに意味は理解できなくても、悪口だってことはフィーリングで伝わるんだな、これが。ふふふふ。


「コムギ、ごめんなさい。待たせましたですね!」

「……ラッタ」

「なんですと?」


 満面の笑みで私に向き直ったオリーに、私は幾分かひび割れてしまったような笑顔で答える。そうね、オリーはドイツ語も英語も日本語もできるもんね!

 言語的に残念な私が今味わった屈辱は、一生わからないよね !

 きょとんとその青い瞳を丸くして、どこか可愛らしく感じる仕草で首を傾げたオリーに、私は思いっきり叫ぶ。


「バケラッタ、バケラッタ、バケラッタ!」


 言葉の通じないこの気持ち、思い知るがいいよ!



***



 ということから一週間。

 今日も、私たちのディスコミュニケーションは続く。


「モルゲン、コムギ! 今日もマックロクロスケみたいに可愛いですね!」

「バケラッタ」

「カフェ飲みますか、ミルヒカフェーにしますか?」

「バケラッタ、バケっ」

「了解ですよ。ミルヒたっぷりでカフェーしますね」

「バケラッタ!」


 なんだろう、このスムーズな流れ。ねえ、どうしてなの!?

 通じちゃってない? 私のこれ、まったく意味なく、オリーに通じちゃってない!?

 むっとして、キッチンで忙しく朝の支度をしてくれているオリーを睨み付ける。その視線に気がついた彼は何を勘違いしたのか、とろりと胸焼けするほど甘い笑みを浮かべたかと思うとちゅっと私にキスをかました。ちちち、違うっ、何か違う!


「バケっバケっ」

「コムギ、Ku"sschenしてほしいは、きちんと言いましょう。オリー、いくらだってあげますね!」

「バケラッタァアアアアアアアアアアっ!」


 するり、と両腕で私の腰を拘束し、何度も小鳥のようなキスをかましてくるオリーに、私は叫び声をあげながら抗議する。言ってない。誰もそんなこと言ってない!

 そんな私の抵抗なんかまったくお構いなしに、オリーは額に鼻に目元に頬にと、どんどんとキスを降らせていく。く、くすぐったいっ。

 ぎゅっと目を閉じてひたすらそのこそばゆさに耐えていた私の腰で、今度はオリーの大きくて厚い手のひらが不穏な動きを始めた。こ、こらあっ。


「コムギ、可愛いです……」

「んっ」


 さわりと尻を撫でられたところで、思わず出てしまった「バケラッタ」以外の声に、私は顔全体が真っ赤になってしまうのがわかった。オリーを見てみれば、そんな私の反応にそこはかとなく満足げに笑みを浮かべている。こ、この万年発情ゴリラがあっ。

 そのまままたちゅうっと頭のてっぺんにキスされ、たまらなくなった私は目の前にあるオリーの胸板をぼこぼこと容赦なく叩いた。

 こんな抵抗、彼にとっては蚊に刺されたくらいのものなんだろうけど。


「シット」

「バケ?」

「コムギ、この間のフロイラインにシットですね。オリー、愛されてますね。でも、オリーの全てはコムギのものなのですよ。わからないですか?」


 低く、身体の芯まで震わせるような声が、甘く耳元に吹き込まれる。

 それにびくっと反応した私の身体を、オリーはますます深く抱き締めて、これ以上ないっていうくらいに密着。あああああ朝だよっ、オリー、朝ですよ!

 せっかくの日曜日、こここ、これで終わらせられてたまるかあっ。


「バケラッタあっ!!」

「Aua!」


 身長差を生かした見事な頭突きがオリーの顎にメガヒット。

 さすがの巨人も鍛えられない場所ということもあり、彼は私の身体を離すと床にしゃがみこんで悶絶した。なんか、ごめん。

 私は悪くない悪くない、と思いつつも痛みに耐えるその姿があんまりにも不憫で、私はそっと丸くなったその巨体に近寄り、頭を撫でてあげる。すると。


「ホカク!」

「ぎゃあ!」


 膝裏に腕が回ったかと思うと、いきなりすくい上げられ、目線がぐんと高くなる。

 今度こそマイルールのバケラッタ言葉なんて置き去りに、私の身体を担いでいるその大きな身体にしがみついた。私は米俵か!

 そのままゆっくりと見慣れたルートを移動していく背中を、私は無駄だと悟りながらもぼっこぼこ叩いてやる。なんだこの、鎧の如き筋肉はあっ。

 背中を叩いても駄目。手を伸ばしてお尻をつねっても駄目。……ていうか、お尻つねったらちょっと嬉しそうな悲鳴を上げるって。助けてえええ、変態がっ、変態がいるうう!

 私の重みも抵抗もなんのその、危なげなく階段を上がって嫌な予感通りに寝室へとむかっていくオリーに、私はもう意地も何もかも捨てて日本語で叫んだ。


「にっ、日曜日はいろいろやりたいことがあるのーっ!」

「Ja. オリーもヤリたいこと色々あるですね」

「なんか違う! それなんか絶対に違うから!」


 優しくベットの上に降ろされて、その上から逃がさないように覆い被さってくるオリーに、私は最後の抵抗を試みる。


「わっ、私っ、今日は一日ドイツ語を勉強しようかと思ってるの! そしたら、オリーだってもっと自由に会話できるでしょ!? だから、ねっ?」


 思い詰めたように真剣な顔で、多少獲物を前にして舌なめずりする肉食獣のように私を見つめていたオリーが、その言葉にふわっと笑顔になる。

 とんでもなく甘ったるく、情けないくらいにゆるんだその顔に、ああ助かったと息を吐いた――んだけど。

 いつもよりも乱暴に口づけられて、私は驚きに目を見開いて固まった。

 全部、自分の全部を飲み込まれ、それでも足りなくて。もっともっとと、どこからか引きずり出されていくような、そんなキス。無理矢理入ってきた舌が、私のそれを絡め取ってちゅっと吸い上げる。空気がほしくてあえぐ私に、オリーはまったく手加減なし。

 助けを求めるように、溺れた人が海面へと伸ばすようにした手。それを大きさのまるで違うオリーの手が握りしめ、ベットへと縫いつける。そうして、それとは違うほうの手がベットと私の間に入り込み、腰より少しだけ下のあたりでくるくると円を描いて私を試す。

 なんでっ、なんでっ、なんでえええええええ!!

 心の中の悲痛な叫びが伝わったのか、その激しいキスをふっと中断したオリーが、苦しくて涙目になった私の顔を覗き込んだ。なんか、すんごい満足げなのがまた腹立つんだけど。


「コムギはドイチュの言葉、必要なのはあまりないですね」

「はあ?」

「必要な言葉、ひとつだけですね」


 なんのことだろうか。

 「はい」と「いいえ」はわかるけど。

 突然投げかけられた疑問に頭をぐるぐると回している私に、オリーは再び唇を寄せてささやいた。重なるか重ならないかのその距離で、優しく動く唇の動きに私はもどかしい何かを感じて、発熱する。


「Ich liebe Dich. これだけでオリーはとっても幸せなのです!」


 それは私が彼から何度も何度も聞かされている言葉。

 『あなたを愛してます』

 そう言って心の底から幸せそうに微笑むオリーに、私も仕方なしに笑みを返す。

 身長は全然釣り合ってないし、彼は有名人で私はただのOLで。あんなばいんばいんな美人さんたちに誘われるくらい素敵で、優しくて、時々ちょっと可愛らしい人。

 私は彼の手にあまるほどの胸もないし、自分で言って傷つくけど幼児体型だし。それでも、通りすがりのファンなんかには、負けないくらいにこの人が好き。

 オリーがいない日常なんて、もう考えられない。だから――。


「オリー、イッヒリーベディッヒ!」

「Ich bin glu"cklich、コムギ……」


 返事の意味はわからなくても、彼の青い瞳が全部全部伝えてくれる。

 今度は自分からオリーの頬に手を伸ばし、その優しくも激しい口付けを受け入れながら、私はなんで彼に「バケラッタ」が通じていたのか、ようやく思い至ったのだった――。



突然降ってわきました。

例によってドイツ語は適当です。フィーリングでお願いします……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ