荒野のニャンコロモチ-9
うっすらと凍る床の上に対峙するジルとトルエ。
二人とも牽制の為か魔力をだだ漏らしている為、シルヴェライトとコルナリは、言いようの無い圧迫感を感じ身体が強ばる。それでも只成らない量、特にジルの膨大なソレを間近に感じながらも、膝を折る事もプレッシャーに身を竦める事も無いのは、流石は実戦で幾度となく潜ってきた第四騎士団のトップ二人である。
間に入り取りなすべきか、魔力の暴走事故の巻き添えにならぬよう退避するべきか、無言で睨み合う二人に、コルナリは白い息を吐きつつ逡巡する。
「ニャンコロモチとは何だ? 先程の就任挨拶でも言っていたな。」
シルヴェライトが問うのを切っ掛けに部屋を覆っていた緊張感と魔力がとけ、少しづつ室温が戻ってゆく。コルナリがシルヴェライトへと謝意を込めて目礼を送る。
シルヴェライトの問いかけにトルエは肩を落とし、何かを諦めたように、遠くを見るように目を細め、今日一番の深い、深い溜め息をついた。
「ニャンコロモチっ!!」
トルエの頭上、宙の蝋燭もランプの灯りも届かない、天井付近の暗闇に向かってジルが唐突に呼びかける。突然の行動にシルヴェライトとコルナリがジルに視線を向ける。
「ニャー「うっぐ…」」
猫の鳴き声と共に何か重量感を感じさせる落下音、うめき声がほぼ同時に聞こえる。
「これが我が旅団のマスコット、ニャンコロモチです。」
顎を上げ、綺羅きらしい笑顔のジルが両手で示す先には、項垂れて立つトルエ。と、その頭上に漆黒のずだ袋…のような毛玉。毛玉の黒にトルエの赤毛がよく映えている。
先程の鳴き声からどうやら猫と思われるそれは、猫にしてはあまりに巨大な毛の塊で、鼻先と前足はトルエの額のすぐ上にあるにも関わらず、後ろ足は鎖骨の前にぶら下がり、まるで小さな子供のように肩車をされている。
「ナゥっ」
ジルの差し出す両腕に向かい、黒い毛玉が一声上げてトルエの頭を蹴って飛び込む。瞬間、鈍く骨の鳴る音がした。
「ぐぅっっっ…」
飛び込んで来たニャンコロモチの重さと勢いに耐えられず、ジルの小柄な体がソファーに向かって倒れ込みかけたが、背中が壁に当たった。振り向けばいつの間にか背後に回ったシルヴェライトがジルを支えていた。
「ありがとうございます。さすが騎士団団長。危険を予測し気配なく動くってやつですね。」
ジルが述べると何故かコルナリが唖然とした顔でシルヴェライトを凝視していたが、数秒後に我に返り慌ててトルエに駆け寄る。
「大丈夫ですか!? トルエ殿!」
踞り頭を抱え唸り声を上げていたトルエが、よろよろと立ち上がりジルに抱えられたニャンコロモチに詰め寄る。
ジルの小さな身体ではニャンコロモチを抱え込む事が出来ず、ニャンコロモチは胸の辺りを両腕で抱え込まれ、後ろ足と長い尻尾は床に着いている。
「こんの…クソ猫がっ! 今すぐその腹をかっさばいて中身取り出して団長のマントに仕立ててやろうかっっ!」
先程までの冷静かつ丁寧な言葉使いを殴り捨て、目を剥いてニャンコロモチに詰め寄るトルエの姿にシルヴェライトもコルナリも言葉を失う。
「ウルサイ。シネ。ハゲチラカセ。」
幼い少年のような声で呟かれた言葉に目を見張るシルヴエライトとコルナリ、マントの内に手を入れ、短剣を手にするトルエ。
「マント…ぽぁぽぁのモッフモフのマント…。」
うっとりとしたジルの声が響く。あまりに場違いな声音に皆の動きが止まり、ニャンコロモチは素早く跳躍しジルの腕から逃れてソファーへと降り立った。
やっとニャンコロモチを出せました。