荒野のニャンコロモチ-4
ようやく名前が出てきます。
「…おいっ! 中の人がっ!」
「見殺しか…」
正面入り口を固めていた騎士達から声が漏れる。
誘き寄せたグール達を閉じ込めた防御陣から火柱が消えると、外側から順に防御陣が消えて行く。
最後の風の防御陣が解かれると同時に肉の焼けた匂いを散らしながら白煙があたりに立ちこめる。
一陣の風が吹き白煙をさらうと、先程までと同じ場所に立つ小柄な黒マントが確認できた。
まるで何も無かったかのように、佇む姿に騎士団員達は声を無くす。足下の炭化したグールであった物体をつま先でつっつくと、
「臭いっ。ホント臭い。」
しゃがれた声でそう喚いた。
* * * * * * * * * * *
執務室のソファーには赤いマントをまとい不機嫌さを顔に出した「暁の不死鳥旅団」団長と、その隣にちょこんと腰掛け何を考えているかも解らない鉄仮面の「黒猫旅団」団長、それぞれの背後に団長補佐が並び立つ。正面に一人腰掛けたシルヴェライトは一人こっそりと溜め息をつく。
「俺がこの東砦の騎士団をまとめている団長のシルヴェライト・ヘイデンだ。」
そう言って鉄仮面に右手を差し出すと、少しの間、逡巡した後に手を握られた。
握る手を見ればシルヴェライトの大きな手で包み込める程に小さく白い。「暁の不死鳥旅団」団長に聞いていた魔女という情報と、先程のしゃがれ声の影響で勝手に仮面の下に老婆を想像していた為に驚く。と、その時握った手から何かを引っ張られるような、背筋を腰から頭に抜けるような感覚に驚き咄嗟に手を離す。
何だ、今の感覚は。一瞬の事だが静電気なんかとは全く違う、例えるなら快感に近いような。自身の手を見つめて訝しげな視線を鉄仮面に向けるが、仮面越しでは相手の表情は解らない。
すると、鉄仮面の後ろに立つ団長補佐の背の高い赤毛の男が仮面に顔を寄せ不機嫌そうにささやく。
「団長、何やってるんですか。」
「うるさいなぁ。挨拶の握手でしょ。知らないの?握手。」
しゃがれ声でからかうように答えると、おもむろに仮面に手を伸ばしそれを外した。
鉄仮面、いや「黒猫旅団」団長の隣にいた「暁の不死鳥旅団」団長が息を飲む音が聞こえる。仮面を外し、フードを払い
「ニャンコロモチ旅団団長のジルです。」
場に沈黙が落ちる。抜けるように白い肌に艶やかな黒髪と大きく光る黒目、少し尖った唇は透明感のあるピンクに色づき全体に幼い印象を与えながら、どこか危うい色気を感じさせる。団長に、導師にしてはあまりに幼く見える。仮面越しにしゃがれた老婆の声だと思っていた声は、艶のあるハスキーボイスで思わず声を無くす男達。の間にゴッという鈍い音が響く。
「何がニャンコロモチですか。何が。黒猫旅団でしょ。協定は成立してるでしょ。」
拳を握り込んだまま赤毛の男が低い声で呟く。頭の頂点あたりを押さえたまま小さくうめく美少女にあっけにとられる。
「失礼しました。こちらが黒猫旅団団長のジル・ベラ・ジーラ、私は団長補佐のトルエ・アロンソです。」
何事もなかったように微笑み、赤毛の男が紹介をするのを、下から涙目で睨む団長ジル・ベラ・ジーラ。
気を取り直したように「暁の不死鳥旅団」団長が顔を作り笑顔を振りまき自己紹介を始める。
「こんなかわいらしい団長とは驚きましたね、私は暁の不死鳥旅団の「別にいい」」
「は?あの、私は「別にいいから」」
二度も途中で遮り言い放つ。
「あんた、暁のなんちゃらの何だかしらないけど、聞きたくない。」
みるみると顔を赤くする「暁の不死鳥旅団」団長に冷笑を向けジルは続ける。
「さっきさぁ、あんた達怪我人以外いなかったよね。」
さっきとは、入り口前でのグールとの戦闘の事だろう。
「全滅でもしてたのかと思えば中に赤マント、避難してたし。怪我人置いたまま。」
「それは…部下達が…」
赤い顔のまま言葉を詰まらす暁の不死鳥旅団」団長に追い打ちをかける。
「あんたもいなかったじゃん。まあ、もうすぐ元団長になるから自己紹介されても無駄だし。早く帰れば?」
暴言とも言えるだろうが、言い返す事も出来ず、「元団長」という言葉に顔色を白くしてそのまま無言で立ち去る「暁の不死鳥旅団」団長にひらひらと手を振り鼻で笑うジルにトルエが溜め息をついた。
「暁の不死鳥旅団」団長は結局最後まで名前は不明。
その内出てくる予定ですが。